8 騎士と伯爵3

「ほう、いい反応だ」


 リオネルの笑みが深くなった。


「調査した通りの──いや、それ以上だな。『眼』系の神器で攻撃を読み取ったか、あるいは身体能力を増加させる『衣』系の神器で避けたか──いずれにしても一流の使い手のようだ」

「いきなり攻撃とは穏やかじゃありませんわね」

「攻撃ではない。今のは試験だ。私は強者を求めている。我が野望をともに叶えてくれる仲間を、な」


 リオネルが首を左右に振った。


「ゆえに、君を試した。我が同胞になりうるか否かを……気を悪くしたなら謝罪しよう」

「命を奪いかねない攻撃をしておいて、謝罪で済ませるおつもりですか」

「……伯爵に対して口が過ぎますぞ」


 リオネルの背後にいる老執事が、ミカエラを見据えた。

 濁った瞳は、静かな怒りの炎が灯っている。


「よい。ガストン」

「はい、リオネル様」


 伯爵が右手を軽く上げると、老執事ガストンは恭しくうなずき、一歩下がった。


「話を元に戻そう。このリオネルが相手に謝罪するというのは、破格の行為だ。そなたをそれだけ評価している、という証と思ってもらいたい」

「答えになっていませんわね。誰であろうと、今の行為はれっきとした犯罪──殺人未遂ではありませんか?」

「だったら、どうする?」

「捕縛します」


 ミカエラが身構えた。


「ほう? この私を捕縛?」


 伯爵の口の端が笑みの形に釣り上がる。


「私はリオネル・ラバン伯爵だぞ。それを理解しての発言か、ミカエラ・ハーディン?」

「相手が誰であろうと、私は正義を貫くのみ」


 告げて右手を掲げるミカエラ。


「我が神『正義の神アル・レーア』よ。邪悪と対峙するための力を、私に!」


 表面に「1」と刻まれた宝玉が手のひらから飛び出し、閃光とともに一本の剣へと姿を変える。


祝福を灯す正義の剣アルジェラーダ』。

 クラスS神器である細剣を手に、ミカエラは一分の隙もなく構えた。


「ほう、神の名の一部を冠した神器──ということは、クラスSか」


 リオネルがうなった。


「だが『次なる段階』には進んでいないようだな」

「えっ……?」

「それでは、私はおろかクラスAの神器持ちであるガストンにさえ勝てんぞ」


 伯爵はふたたび微笑を浮かべる。

 威圧感が、さらに増した。


 ミカエラは騎士として、数多の戦場を駆け巡った。

 彼女自身の剣腕に加え、各神器の力も相まって、『戦乙女』と国内外から畏怖されるほどの活躍を見せた。


 その彼女でさえ──リオネル伯爵の気配に戦慄を禁じ得ない。

 今まで出会ったことのない種類の迫力であり、不気味さだった。


「リオネル様、よろしければ私が彼女を無力化いたしますが?」

「ふむ、それもいいかもしれないな」


 リオネルと老執事が顔を見合わせ、笑う。


 明らかに見下されていた。

 騎士である自分が、戦闘訓練も受けたことのなさそうな二人に。


 それがミカエラの誇りをいたく刺激する。


「正義の神よ、悪を縛る鎖を」


 祈りを捧げ、新たな神器を召喚する。

 前方の空間が揺らぎ、そこから無数のいばらが飛び出した。


「──ほう」

「拘束系の神器、ですか」


 同時にうなる伯爵と老執事。

 茨は彼らの全身に巻きつき、身動きを封じる。


「クラスA神器『戒めのいばら』。私が効果を解かないかぎり、その茨はあなたたちを半永久的に縛り続けます」


 言いつつ、ミカエラは細剣を構え直した。


 これくらいで彼らを無力化できるはずがない。

 必ず反撃が来るはずだ。


(だけど、私は負けませんわ)


 どんな反撃だろうと必ず打ち破り、捕縛してみせる。


 正義の、名のもとに。

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