6 騎士と伯爵1

 SIDE ミカエラ



 王立騎士団、三番隊隊長──ミカエラ・ハーディンは執務室に一人でたたずんでいた。


 その右目に緑色の輝きが宿っている。


「これは──」


 眼前に広がる光景を見て、ミカエラは戦慄した。


 場所は、商社か何かの建物内だろう。


 漆黒のマントをまとった少年が、巨大な槌を振り回し、次々と人を殺していく。

 人間の限界をはるかに超えた速度で動き回り、一方的な惨殺を繰り返す。


「常人なら反応することさえ難しい超スピード……!」


 普通の学生の動きではない。

 いや、普通の人間の動きではあり得ない。


 だが、ミカエラの右目にははっきりとその動きが映っていた。


 彼女の持つクラスA神器『真実の魔眼』の力だ。


 少年が殺しているのは、いずれも『鮮血の牙』の構成員のようだ。

 最初に受付嬢を殺害した際、その場にいた商人たちには手を出さなかった。


 狙いは、『鮮血の牙』自体なのだろうか。

 だとすれば、敵対組織の『黒魔風デモンゲイル』辺りの襲撃かもしれない。


「止めに行かなくてはなりませんね。これだけの大量殺人を許すわけにはいきません」


 ミカエラは『魔眼』による探知を終え、ため息をついた。


「確かに『鮮血の牙』は非道な犯罪組織。ですが、悪だからといって一方的に殺していいことにはなりません。まずは法に基づき、裁きを──」


 言いながら、ふと空しい気持ちがこみ上げる。


『法に基づいた裁き』なら、『鮮血の牙』の構成員は何度も受けているのだ。

 だが、そのたびに証拠不十分として釈放され、あるいは軽微な罪状のみで裁かれている。


 すべては、彼らの背後にいるフォス公爵の影響だろう。


 フリージア王国を二分する第一王子派の筆頭リオネル伯爵や、第二王子派の筆頭フォス公爵の影響力は、それだけ絶大だ。


 彼らの傘下にあるものは、そう易々と裁くことはできない。

 あの黒衣の少年は、まるでそんな裁きから逃れる悪を独自に断罪しているようにすら、見えた。


 心のどこかでは、彼に共感する自分がいることを認めざるを得ない。


「ですが」


 ミカエラは大きく息を吐き出した。


 それでも彼女は王国の騎士。

 法の下、それを犯す者は──何人たりとも捕まえる。


 そして裁きを受けさせる。


「そう、裁きを……裁きを……」


 自らに言い聞かせ、ミカエラは部屋の出口に向かって歩き出す。


 動きからして、あの少年は間違いなく神器使いだ。

 並の騎士が行っても殺されるだけ。


「私が一人で──行くしかありませんわね」

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