12 始まる夜

「正義の道──それは、あまりにも険しく厳しい道程です。そして果てがない。ですが、ともに歩んでいきましょう。ジークリンデさん。覚悟を背負って──」

「覚悟を……背負う」

「そう、命すら捨てるほどの覚悟です」


 ミカエラが戦っているのは、この国の暗部そのものだ。


 たとえば、己の欲望や嗜虐心のまま、多くの民を手にかけていると噂される『虐殺伯』リオネル・ラバン。


 たとえば、ひそかに敵国と通じ、この国を売ろうとしているとひそかにささやかれる『黒影王子こくえいおうじ』ガーラ・フリージア。


 たとえば──。


 いずれを思い浮かべても、簡単に勝てるような相手ではない。


「私は正義を貫くため、誰よりも強い力を欲しました。その一端が──これです」


 ミカエラは、ふうっ、と軽く息を吐いた。


 集中する。

 脳内にイメージを描き出す。


 弾ける稲妻。

 逆巻く風。


 濃密に、イメージを描く。


 砕け。

 砕け。


 さらに、濃密に──。


 砕け!


「『ブラスト』」


 澄んだ声音で、ひと声告げる。

 とたんに、轟音とともに壁の一部が爆発した。


「ひゅうっ」


 デルフィナが口笛を吹いた。


「相変わらずの威力だな、隊長」

「こ、これは──」


 ジークリンデは驚いた顔だ。


「私の階級は『魔法騎士ルーンナイト』で」


 ミカエラは若き少女騎士を見据えた。


 神器だけではない。

 ミカエラにとってもう一つの力。


 この国で三本の指に入る──いや、神器の力を含めれば、あるいは世界最強かもしれない力だ。


「あなたも正義を背負う覚悟があるなら、力を磨きなさい。誰よりも──誰よりも、ね」




 聴取を終え、ジークリンデはデルフィナとともに執務室から去っていった。


「ふう……」


 残されたミカエラは椅子に座り、息を吐き出した。


「彼女は、何かを感じ取ってくれたでしょうか」


 ジークリンデのことを思い返す。


 魔法の力を示した自分を、彼女は憧憬のまなざしで見つめていたように思える。


 自分のようになりたい、と思ってくれたのだろうか。

 あるいは、ミカエラを超えたい、と。


 それでいい。


 ミカエラとて、この国の暗部を暴く過程で、いつ殺されるとも分からない。

 同じように正義に燃える者は、多ければ多いほどいい。


 そのつながりが、いつかフリージア王国の腐敗を一掃する力になってくれるはずだ。


 ジークリンデは、きっといい騎士になれる。

 そう感じたからこそ、ミカエラは自らの思いを彼女に語ったのだ。


「さて、と。次の仕事を始めましょうか」


 執務机に置かれた書類を手に取る。

 バーグル町での犯罪組織同士のいざこざが書かれた報告書だ。


「確かフォス公爵領でしたわね。組織の名前は……『鮮血の牙クリムゾンファング』と『黒魔風デモンゲイル』ですか」


    ※


 ──夜になった。


 俺は町の裏通りを歩き出した。


 夜風に漆黒のマントの裾がたなびく。

 すでに『死神の黒衣』は完全解放状態だ。

 さらに、俺の存在を周囲の人間が気に留めないように『認識阻害の指輪』を作動させる。


 いよいよ、本格的に行動開始だった。


 アジトの場所は、すでに聞き出してある。


 標的は、犯罪組織『鮮血の牙クリムゾンファング』。


 父さんや母さん、姉さんの無念を晴らすために。

 そして、同じく殺されていったであろう多くの人の魂の安らぎのために。


 復讐と、正義を為すべきときだ──。




※ ※ ※


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