10 王立騎士団にて3

 ミカエラはジークリンデから、当時の状況を聞いていた。


「一瞬の出来事でした。ノエルさんは、突然飛んできたナイフに胸を貫かれて……」


 説明しながら、ジークリンデは大粒の涙を浮かべる。


「ノエルさん……」

「私にとって彼女は部下であり、後輩であり、そして友人でした。今でもその悲しみは癒えません」


 ミカエラはジークリンデをまっすぐに見つめた。


「でも、だからこそ──残された私たちは、彼女の分まで騎士として戦わなければなりません。あなたもいずれ王立騎士団に入るであろう人材です。どうか、彼女の志を継ぎ、ともに戦いましょう」

「はい」


 ジークリンデはミカエラを見つめ返した。


 澄んだ湖を思わせる瞳──。

 強い意志をたたえた、良い目だ。


「その後、私も殺人者たちに襲われて……」


 ジークリンデの声がか細くなった。

 体が震えている。


「ジークリンデさん……?」

「体を、汚されました」

「っ……!」


 ミカエラは息を呑んだ。


「彼らは、自分たちとの性行為を条件に命を助けてやる、と言ってきました。私は殺されたくない一心で、自分から股を開きました」

「そいつは……辛かったな」


 普段は豪放なデルフィナも、さすがに悲痛な表情だ。

 同じ女性として、彼女の受けた苦しみと屈辱は想像するに余りある。


「辛さよりも、悔しさが勝っています」


 ジークリンデが首を左右に振った。

 いつの間にか、彼女の体の震えが止まっている。


 気丈な少女だ、と感嘆した。

 自分が同じような年ごろで、同じような目に遭ったとしたら──とても立ち直る自信はない。


「あんな連中に、心が屈してしまった……屈辱でした。それに比べれば、体を汚されたことなど……」

「無理はなさらないで」


 ミカエラは彼女を抱きしめた。


「その殺人者はお前が倒したのか?」


 デルフィナがたずねる。


「いえ、その、通りがかった傭兵の方が──」


 ジークリンデがうつむいた。


「傭兵?」

「え、ええ、傭兵です」


 彼女の瞳は微妙に揺らいでいる。

 まるで動揺しているように。


 まるで──何かを隠しているように。


「暗くて顔つきも年齢もよく分からなかったのですが、とにかく恐ろしい強さでした。あっという間に彼らを倒し、その他の殺人者たちも次々に──」

「ノエルをあっさり殺すような奴を簡単に倒しちまうような凄腕か……そういえば、この町にはあの世界最強の傭兵ガイウス・イーファスがいるんだったな」

「傭兵ガイウス……ですか。先日、謎の死を遂げたという話が入っていますが」

「組織の報復ってやつじゃないか? 『殺戮の宴』には、まだ他にもメンバーがいたとか、な」

「あり得ますわね……」


 ミカエラはデルフィナと顔を見合わせた。


 ガイウスは、『虐殺伯』と異名を取るリオネル伯爵の客人だ。

 この辺りも、何か関係があるのだろうか。


 確か『殺戮の宴』はリオネル伯爵とつながっているのではないか、という噂を耳にしたことがあるが──。


「ただ、ガイウスさんの得物は剣のはず。『殺戮の宴』のメンバーたちの殺害状況とは一致しないのが気になりますわね」


 ミカエラはふたたび眉を寄せた。


 それ以外にも、最近ラグル市では連続殺人事件が起きている。

 被害者の大半は、殺人事件を起こした者だ。


 そうでない者もいたが、調べたところ、過去に起きたとある殺人事件の被害者の知人だった。


 これは仮説だが──たとえば、その者が実はその事件の真犯人だったとしたら。

 最近起きている連続殺人の犯人は、過去に殺人を犯した者ばかりを狙っている……?


(いえ、少し発想が飛躍しすぎですわね。確たる証拠がないのに、仮説に仮説を重ねるのはいけませんわ)


 ミカエラは首を左右に振って、自説をいったん打ち消した。




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