3 レナとの日常

 ──以来、レナは俺のことを何かと気に掛ける様子を見せた。



「おっはよー、ミゼルくん!」

「……おはよう」

「返事がくらーい! もっと明るく! 元気に! さん、はい!」


 本当に元気な女の子だ。


「──って、ちょっとうっとうしかったかな? ごめんね、あたし……ついはしゃいじゃって」

「いや、うっとうしくはない」

「嫌だったら言ってね。自分でも気を付けるけど……」

「問題はないよ」


 急にしおらしくなった彼女に、俺はいちおうフォローの言葉を投げかける。


「そっか、よかった!」


 たちまちレナの表情が明るくなった。


「……もしかして、俺が落ち込んでいると思って、慰めようとしたのか」

「えっ!? べ、別にそんなこと、別に別にないよっ」

「思いっきり目が泳いでるぞ」

「や、やだなー、ちょっと泳ぎたい気分だっただけだよ」

「泳ぎたいって、目を?」

「目を」


 言いながら。なおも目を泳がせるレナ。


「目が疲れないか?」

「うん、疲れる」

「じゃあよそう」

「だね」


 俺たちは他愛もない会話を交わした。


 元来の俺は、無口な方だと思う。

 必要がないことはしゃべらない。


 だけどレナが側にいると、不思議と言葉が口をついて出る。



 ……そんなふうにして。

 俺はそれほど人付き合いが得意な方じゃないけど、積極的で明るいレナにほだされたのか、少しずつ打ち解けるようになった。


 そして、一か月ほどが経った。

 俺は以前より彼女と仲良くなっていた。

 もちろん親友とか恋人という関係ではないが、学園の生徒の中では彼女が一番よく話す相手だろう。


 そんなある日のこと、


「ミゼルくんって、二つ向こうの町に住んでたんだよね?」


 レナがたずねた。


「確かフォス公爵領の──」

「……ああ。ここに入学が決まって寮に引っ越してきたんだ」


 答える俺。

 騎士学園に入学するのを機に、俺は故郷を離れた。


「寮で一人暮らしって寂しくない? あたしも隣の市から引っ越してきて、今は女子寮にいるけど、やっぱり家族が恋しくて……」


 レナが言った。


 家族……か。

 俺には、もういない。


 だけど、そんなことをレナに伝えれば、優しい彼女はきっと俺に何度も何度も謝罪するだろう。

 もしかしたら、同情して泣き出すだろうか。


 けっこう涙もろいところがあるからな、レナって。


「俺は──寂しくは、ないな」


 レナに対して微笑む俺。


 そう、寂しくはない。


 父さんや母さん、姉さんとの思い出がたくさんある場所。

 何よりも大切な場所だ。


 父さんや母さん、姉さんが無残に殺された場所。

 何よりも忌まわしい場所だ。


 いずれは決着をつけなければならない。


 この相反する想いに。

 奴らを討つことで。


 いずれ、必ず──。





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