16 神器継承1

 ガイウスはゆっくりとミゼルに近づいた。


 身に着けた甲冑が、がしゃ、がしゃ、と音を立てる。

 その音で接近に気付いたのか、ミゼルが振り返った。


「──お前は」


 表情がわずかに引き締まる。


「また会ったな、小僧」


 ニヤリと語りかけつつ、ガイウスはさらに歩みを進めた。


 彼我の距離は、約10メートル。

 常人離れした身体能力を誇るミゼルであれば、まさしく一瞬で詰められる距離だ。


 ガイウスは警戒を強めつつ、さらに進んだ。


(二度も下手は打たんぞ。奴を侮るな。己を過信するな。対応を誤れば──死ぬのは俺だ)


 手にした剣を握り直す。


 己の力に対する絶対の自信と、敵を過小評価せずに分析する冷静さと。

 その両方を保ちつつ、闘志と殺意を高めていく。


「頼むぞ、『鬼王剣きおうけん』──」


 高まる緊張感のまま、己の神器に語りかけた。

 今ではすっかり手になじんだ長剣。


 だが、これはもともとリオネル伯爵の神器だった。

 それを譲り受けたのだ。


(伯爵様々だな。この剣さえあれば、俺は無敵だ)


 ガイウスはリオネル伯爵に初めて会った日のことを思い起こす──。




 それは、フリージア王国と他国の間で小競り合い的な戦いが起きたときのことだった。

 傭兵として、ガイウスはフリージア側に参戦した。


 内政が腐敗しているとはいえ、軍事力なら大陸でも三強に数えられる大国だ。

 勝つのは間違いなくフリージアだろう、と踏んでのことだった。


 その最前線に、豪奢な馬車に乗って一人の貴族が現れた。


「お前が最強の傭兵、ガイウス・イーファスか」


 彼はまっすぐにガイウスの元までやって来た。


「誰だ?」


 訝しみ、彼をにらみつけるガイウス。

 相手が貴族であろうと、精神的にひるむことなどない。


「私はリオネル。フリージアで貴族をしている」

「リオネル……? まさか、『虐殺伯』か」


 思わずつぶやくガイウス。


『虐殺伯』という呼び名にも、伯爵は涼しい顔で、


「ふむ、そう呼ばれているらしいな。確かに私は多くの命を奪ってきた」


 かすかに微笑む。


 ガイウスはその瞬間、全身が凍りつくような恐怖感を覚えた。


 伯爵の瞳に浮かぶ光──。

 特段の闘気も殺気も宿っていないその眼光は、戦場で相対してきたどんな強敵の威圧感よりも強烈な威圧感を放っていたのだ。


「……で、その虐殺伯様が俺になんの用だ?」


 ガイウスは気圧されないように眼光を強め、伯爵を見据える。


「お前を誘いに来たのだ、ガイウス」


 リオネルは最強の傭兵の眼光を平然と受け止めていた。


「どうだ、この戦争が終わったら──私の元に来ないか?」

「何?」

「客人として迎え入れたい。基本的にはお前の自由に過ごしてもらって構わないが──いざというときは、お前に『仕事』を頼みたいのだ」


 リオネルが笑う。


「私はいちおう貴族なのでな。表立って動けない事案も存在する。そんなとき──腕の立つ者が必要なのだ。私ほどではなくとも、それなりの戦闘能力を持った者がな」

「……その言い草だと、あんたは俺よりも強いと言っているように聞こえるが」

「そう言っているのだが?」


 リオネルは平然と答える。


「なかなか面白いことを言う」


 ガイウスは獰猛に笑った。


 半ば無意識に全身をたわめる。

 いつでもリオネルに飛びかかれる構えだ。


 武人でもない伯爵に『自分の方が強い』と言われたことは、ガイウスのプライドをいたく刺激していた。


「場所を変えようか、英雄殿」


 伯爵は笑って、人気のない場所までガイウスを誘導する。

 そして──。




「ざ、斬撃が見えん……!?」


 一瞬にして、ガイウスは地面に倒れ伏した。


 戦いにすらなっていない。

 リオネルに近づくことさえ、できない。


「私自身の戦闘能力ではない。これは『神器』の力」

「じん……ぎ……?」


 伯爵の言葉を、ガイウスは呆然と繰り返した。


「これは私よりもお前が使う方が力を発揮できるだろう」


 伯爵はその剣をガイウスに突きつけた。

 普段使っている鉄板のような大剣に比べれば、いかにも細身な剣だ。


「クラスA神器『鬼王剣』。私が破壊の神ジャハトマから授かった五つの神器の一つだ──」

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