10 伯爵と英雄2

「あなたを失望などさせません、閣下」


 ガイウスはプレッシャーを押し殺し、胸を張って答えた。


「私の力は閣下もご承知のはずでしょう」

「ふむ。いずれお前も──私のように『次なる段階』へと至ると信じているぞ」

「無論です」


 くぅぉぉぉぉんんんっ!


 突然咆哮が聞こえた。

 声の出どころは、伯爵の背後に浮かぶ狼に似た影だ。


 その中からきらめく何かが飛び出した。


「ちいっ!」


 ガイウスは手元の剣を引き寄せ、抜き放つ。


 飛来したのは、銀色に輝く矢だった。

 音速を超えて迫るそれらに向かって、ガイウスは手にした剣を旋回させた。


「うなれ、『鬼王剣きおうけん』!」


 刃からほとばしった閃光が、無数の光の矢と化して銀の矢をすべて撃ち落とした。


 クラスA神器『鬼王剣』。

 破壊エネルギーを操り、不可視の斬撃を放つ強力な神器である。


「ほう。やはり神器を扱えば、さすがの強さだな」


 リオネルが楽しげに笑った。


「ミゼルとの戦いでも、これを持っていれば後れを取ることはありませんでした」


 言い募るガイウス。


 だが、声が震えるのは止められなかった。


 はたして、そうだろうか。

 自問する。


 たとえ、この剣があっても、ミゼルに勝てただろうか──?


 あの信じられないほどの敏捷性に、自分は対応できただろうか。


「どうした、ガイウス。顔色が悪いぞ?」

「恐れながら、気のせいではないかと」


 ガイウスはひきつった笑みを浮かべた。


「だろうな。お前は世界最強の英雄だ。学生風情に、万が一にも敗北することなどあり得ん」

「無論です」


 内心の不安を伯爵に悟られてはならない。


 失望され、見限られるわけにはいかないのだ。

 金払いのいい伯爵は、ガイウスにとって最高のパトロンなのだから──。


「まあ、目的は彼を倒すことではなく、あくまで身辺調査だ。私の敵なのか、あるいは味方に引き入れられる人材か──その能力から人となりまで、可能な限り詳細に調査してくれ」

「閣下の望むとおりに」


 英雄と呼ばれる傭兵は、震える声で答えた。


    ※


 俺は寮の中庭で、突如現れた死の女神ヴェルナと再会していた。


「ねえ、これからデートしない?」


 ヴェルナが俺にささやきかける。


「デート?」

「そ。夜のデート」


 微笑むヴェルナ。


「神が人間界に降りられる時間って限られてるし。ね? ね? ボクと一緒にめくるめく一夜を送ろうよ」

「いかがわしい言い方をするな」

「あははは、照れてるんだ?」

「照れてはいないが……」

「ボクがミゼルくんと一緒にいられる時間は限られてるんだし、いいでしょ? 神様が人間に会うのって大変なんだからね」


 ヴェルナが、ぷうっ、と頬を膨らませる。


 ……まあ、神器をもらった恩もあるし、いいか。




※ ※ ※


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