9 伯爵と英雄1

 SIDE ガイウス



「ああ、ガイウス様ぁ……」

「なんてたくましい……」

「もっと……もっとぉ……」


 ガイウスの周りで幾人もの美女が裸体をくねらせている。

 彼女らを手当たり次第に抱きながらも、気分は晴れなかった。


(この俺が──世界最強の英雄ガイウスが、あんなガキに……)


 脳裏には、ミゼルとの戦いの光景が焼き付いていた。

 異常な速度で動く彼を前に、ガイウスはまるで対応できなかった。

 あのまま続けていれば、負けていただろう。

 仮に戦場なら、自分は死んでいた。


「くっそおおおおおおおおおおおおおっ!」

「きゃあっ!?」


 自分にしなだれかかる美女の一人を跳ねのけ、ガイウスは絶叫した。


 裸のまま立ち上がり、壁に向かって拳を叩きつける。

 轟音とともに、壁面の一部が砕け散った。


「ひ、ひいっ……」


 美女たちはおびえたように後ずさる。

 それをじろりとにらみ、


「あんなガキにこの俺がぁぁぁぁぁっ!」


 また絶叫する。


 伯爵の居城に戻ってきてから、腹立たしさを抑えるためにこうして女たちを抱いていたが、怒りはまるで収まらない。

 屈辱感ではらわたが煮えくり返りそうだ。


「こんなことなら、こいつを持って行けばよかったぜ……くそっ!」


 かたわらに立てかけた長剣を見つめる。


 クラスA神器『鬼王剣きおうけん』。

 所持者に絶大な力を与えてくれる武具だ。


 とはいえ、これがあったとしても──勝負の行方は分からなかったかもしれない。


 それほどまでに、ミゼルの運動能力は化け物じみていた。


「荒れているな、ガイウスよ」


 振り返ると、リオネル伯爵が立っていた。


「……これは閣下」


 ガイウスは厳粛な顔で一礼する。


 今日の出来事は、伯爵には報告していない。

 報告できるはずがなかった。


 騎士学園生に最高ランクの傭兵である自分があしらわれた、などと──。

 面子にかけても、絶対に知られたくない恥だ。


「ミゼル・バレッタ……だったか。私の手の者から報告は受けている」


 伯爵が冷然とガイウスを見つめた。


「っ……!」


 思わず表情をこわばらせる。


「何を驚いている。私には『破壊の神ジャハトマ』から授かった神器があるのだぞ。その力の一部を与えたのは、お前だけではない。その者にお前の動向を探らせたのだ」


 笑うリオネル。


「しかし、完全な油断だったな。お前ともあろう者が『鬼王剣きおうけん』を持って行くのを忘れるとは。あの神器があれば、結果は違っていただろう」

「……一生の不覚です、閣下」


 ガイウスは苦々しい顔で言った。


「報告によれば、彼は異常な運動能力を発揮したとか。妙な格好をしていたし、あれが身体能力を倍加させる特性持ちの神器なのだろう」

「神器持ち……ですか」

「おそらく、な。あるいは『殺戮の宴キリングパーティ』を殺したのは、彼かもしれん」


 と、リオネル。


「とはいえ、軽々しい断定は危険だ。他にも神器持ちはいるかもしれんし、私を狙ってくることもあり得るだろう。ミゼル・バレッタだけでなく、調査は慎重に進めてくれ」

「はっ」

「私を失望させるなよ、ガイウス。お前には期待しているのだから──我が右腕よ」


 言ったリオネルの背後に何かが浮かび上がった。


 狼に似た、獣の影──。


 ぞくり、と背筋が凍りつく。

 歴戦の傭兵である彼が──全身を押しつぶされそうな威圧感と恐怖感を覚えていた。




※ ※ ※


次回からしばらく月曜と土曜の週2更新になります。カクヨムコンに出したいので、その期間から毎日更新に戻したい……引き続き応援いただけましたら幸いです!


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