6 手合せ、決着

「まずいぞ、これは……」


 ガイウスは苦々しい思いでつぶやく。

 背中にぬるい汗が伝う。


 このまま戦い続ければ、負ける──。


「す、すげぇ……」

「ガイウスさんが押されてる……!」


 騎士たちがどよめいている。

 さらにミゼルの友人らしき女子生徒二人もポカンとした顔だ。


「ここまで強かったなんて……ミゼルくん、やっぱり素敵素敵素敵」

「はふぅ、すごいです先輩……一歩でも近づきたい、その強さに……」


 戦いを見ている誰もが理解しているだろう。

 押されているのはガイウスだ、と。


「やむを得ない……か」


 ため息を吐き出した。

 この生意気な少年を叩きのめしてやりたかったが、いったんその気持ちは引っ込めることにした。


 猛々しい闘志と戦局を冷静に判断するクレバーさ……その両輪こそが、ガイウスの強さだ。


「……素晴らしい腕前だな、少年。感服したぞ」


 剣を背中の鞘に納め、ミゼルを称賛してみせた。


「ここまでにしよう。猛者と戦っていると昂ぶってしまうのでな。つい本気を出してしまうかもしれん。君のような有望な若者を斬りたくはない」


 全力を出してなお押しこまれた、などと悟られてはならない。

 あくまでも『学生を相手に軽く稽古をつけてやった』という風を装うのだ。


 英雄としての面子は絶対に保たなければならない──。


    ※


「な、なるほど、本気じゃなかったわけか……」

「だよな。確かにあの少年は強いが、さすがにガイウスさんには勝てんだろう」


 納得したような顔でうなずき合う騎士たち。


「それでもすごいよ……あたしだったら絶対斬られてた」

「私もです」


 感心したような顔のレナとジークリンデ。


 ──勝てないと悟って、自分の面子を守ることにしたのか。

 俺は内心で苦笑した。


 ともあれ、ジークリンデに対する謝罪だけはきっちりさせないとな。

 でなければ──このまま叩き伏せる。


「さすがは英雄ガイウス様。今のでも本気じゃなかったんですね?」


 俺は一礼した。


「じゃあ、もっと速くて強い攻撃を繰り出しても問題なさそうですね。学園では危険すぎて試せないような技も──」


 わざとらしくニヤリと笑い、奴を揺さぶってみる。


「くっ……」


 案の定、ガイウスの顔から血の気が引いた。


 奴だって理解しているだろう。

 さっきの俺の攻撃はかろうじて防いだが、あれを続けられれば、いずれは凌げなくなる、と。

 一介の学生に英雄が無様に敗北するシーンを、王立騎士団や騎士学園生に見られることになる、と。


 さあ、どうするガイウス?

 謝罪して面子を守るか、それともちっぽけなプライドにこだわって屈辱を味わうか。


「さ、先ほどは乱暴な真似をして悪かった。そこの女──いや、女子生徒には謝罪させてもらう」


 ガイウスは渋々といった様子ながら、ジークリンデに深々と頭を下げた。


「申し訳ない。どうか許してほしい。この通りだ」

「い、いえ、私は」


 恐縮した様子のジークリンデ。


「そちらの君にも無礼な態度を取ってしまった。この通り、謝罪させてもらう」


 ガイウスはレナに対しても、深く頭を下げた。


「……あたしも、別に」


 レナも矛を収めたようだ。


 拍子抜けするほどあっさりと態度を変えたな、こいつ……。

 思った以上に、俺の戦いぶりが奴に脅威を与えていたのかもしれない。




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