3 英雄ガイウス3

「妙な格好をしやがって」


 漆黒のマントをまとった俺を見て、ガイウスがうなった。


「さっさと謝罪をすればいいものを。俺に刃向うと、シャレではすまんぞ」

「往来でそんなものを振り回して、あんたこそシャレではすまないんじゃないか?」

「うるさい! 俺はリオネル伯の客人だぞ! ガキの一人や二人斬ったところで、どうにでもなるんだよ!」


 ガイウスが吠えた。


 ──悲しいが、その通りかもしれない。


 フリージア王国は、それほどまでに腐敗している。

 リオネル伯爵ほどの有力者の客人なら、ある程度の犯罪はたやすくもみ消せるだろう。


 だが──だからこそ、俺はひるまない。


「ミゼルくん、さすがにまずいよ」

「ミゼル先輩、やめてください。私なら大丈夫ですから」


 レナとジークリンデが心配そうに俺の袖をつかむ。


「離れていてくれ」


 俺は二人に言って、ガイウスを見据えた。


「天下の英雄ガイウス様が、俺たち騎士学園生に一手ご指南くださるんだ。受けない手はないだろう」

「あ?」

「そういうことなんでしょう、ガイウス様?」


 俺は口の端を歪め、笑った。


「さっきの威圧するような言動や殺気も、実戦で委縮しないための訓練。本当に斬ろうとしているわけじゃないですよね?」

「……ほう?」

「さらに、こうして僕に剣の稽古をつけてくださろうとしている。ご多忙の身で恐縮です」


 俺は丁寧に一礼してみせた。


 つまり、これは決闘のたぐいではない。

 あくまでも、ガイウスが好意で俺に剣の稽古をつけてくれている──表向きはそういう形にするのだ。


「見抜かれたか」


 ガイウスがにやりと笑った。


「お前の言うとおりだ。委縮しなかったことは褒めてやる。ただし──」


 その声に、ふたたび殺気が宿る。


「剣の稽古には事故が付き物だ。俺も細心の注意を払うが……勢い余ってやりすぎてしまうかもしれん。せいぜい気を付けるんだな。当たり所が悪ければ、万が一ということもあり得る」

「ご忠告ありがとうございます」


 よし、これで言質は取った。

 今から行われるのは、あくまでも剣の稽古、ということになったわけだ。


「さあ、どこからでもかかってこい」


 ガイウスは身の丈を超える巨大な剣を、だらりと下げていた。


「では、遠慮なく」


 俺は鞄から訓練用の剣を取り出す。


 騎士学園生として、いつも持ち歩いているものだ。


「王立騎士学園炎精霊イフリート二年、ミゼル・バレッタです」


 名乗り、長剣を正眼に構える俺。


超越等級オーバークラス傭兵ガイウス・イーファスだ。安心しろ。殺さんように寸止めしてやる」


 ガイウスが名乗り返しつつ笑った。


 ちなみに超越等級というのは、世界中の傭兵の中でわずかしかいない最強の等級だ。

 生ける伝説と言っても過言ではないランクだった。


「それはどうも」


 だが、俺に焦りはない。

 不安も恐怖もない。


 すぐにお前の傲慢さを後悔させてやるぞ──。



※ ※ ※


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