2 英雄ガイウス2
「おやめください、ガイウス殿」
ナターシャさんがたしなめた。
「なんだ、お前。また殴られたいのか? それともいっそ犯してやろうか? 生意気な女はそうやって調教するに限る、くくく」
「……!」
脅しではなく、本当にやりかねないガイウスに、ナターシャさんはひるんだように後ずさる。
「あ、相手は学生ですよ」
「だからこそだ。こいつらは騎士候補生だろう。将来、騎士団に入ったときにこんな態度では困る」
ガイウスは顎をしゃくった。
それからレナに向き直り、
「土下座して詫びろ、女。この俺を不快にさせたことを謝罪しろ」
めちゃくちゃな言い草だった。
「嫌です!」
レナは凛として言い返した。
「あなたがリンデちゃんを突き飛ばしたんでしょう。なのに、どうして詫びなければならないのですか!」
「貴様……!」
こいつは、誇り高き武人なんかじゃない。
暴力で人を従わせるのが大好きな、単なる嗜虐趣味者だ。
「この場で犯してやってもいいんだぞ、ええ?」
レナに顔を近づける。
本当にやりかねない勢いだ。
「ひっ……」
ジークリンデが青ざめた顔で息を飲んだ。
「? リンデちゃん?」
「だ、駄目……レナ先輩、逆らっては駄目です……」
消え入りそうな声でうめくジークリンデ。
以前、彼女は『殺戮の宴』の殺人者に犯されたことがある。
その記憶がよみがえり、強烈な恐怖感を覚えているんだろうか。
「大丈夫だ、ジークリンデ」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「──俺が奴を抑える」
「ミゼル……先輩……?」
俺を見た彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「でも、相手は──」
「心配ない」
たとえ相手が最強の傭兵であろうと。
これ以上、震えるジークリンデを見過ごせない。
「その辺にしたらどうですか、ガイウスさん」
俺は奴をたしなめた。
「あなた方に調査任務があるなら、俺たちはこれで失礼します。ですが、彼女の言うとおり、まずあなたが自らの行いを謝罪すべきでは?」
ガイウスをまっすぐに見据え、告げる。
「俺たちに騎士の態度を解くのであれば、あなた自身がその模範を示していただきたい」
……と、こいつは別に騎士じゃなかったか。
「ガキが舐めた口を利いてるんじゃない!」
ガイウスが激高して背中の剣を抜いた。
まるで鉄板のように巨大な剣だった。
並の膂力では持ち上げることすらかなわないだろう。
それをガイウスは片手で掲げている。
すさまじい腕力である。
こいつ、真剣で斬りかかるつもりか──。
俺の背後にはレナとジークリンデがいる。
威嚇か、それとも本気か。
思った以上に激しやすい性格みたいだし、本気の可能性は少なくない。
そして──もしも本気なら、俺が避けても二人が斬られる。
できれば『死神の黒衣』の完全解放バージョンは見せたくないが。
「そんなことも言っていられないな」
二人を、守る。
当然の決断だ。
「『死神の黒衣』──
俺の全身を漆黒のマントが覆う。
「むっ!? なんだ、その格好は──」
「先に剣を抜いたのは、お前だ。人を斬ろうとするなら、お前自身もその覚悟を決めろ」
俺はマントの裾をばさりとひるがえし、告げた。
あまりこういうことに巻きこまれたくはないが、仕方ない。
無礼な英雄殿に、少しだけお灸を据えるとしよう──。
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