第4章 英雄の資格

1 英雄ガイウス1

 リオネル伯爵。

 このフリージア国内で最大の領土を誇る、有力者だ。


 他国との戦争では自ら兵を率いて前線に立ち、多くの敵兵をむごたらしく殺したという。

 自分の領地内に、全員を串刺しにして。


 並べられた死体を前に、伯爵は楽しげに笑っていたとも伝えられる。


 通称を『虐殺伯』──。


 なぜ、そんな男がわざわざダールの事件を調査しているんだ……?

 不審に思っていると、


「お前たちが調査担当か」


 前方から一人の男が歩いてくる。


 身長二メートルほどの偉丈夫だ。

 年齢は三十過ぎくらいで、隻眼に精悍な顔立ちをしている。

 筋骨隆々とした体躯に身に着けているのは、古めかしい鋼鉄の甲冑だった。

 歴戦の武人という雰囲気を全身から漂わせている。


「──ガイウス殿」


 ナターシャさんの表情が引き締まった。


「ガイウス……って、まさか」


 ガイウス・イーファス──。

 歴戦の猛者であり、大陸最強と謳われる戦士の一人。


 三年前のブラストル大戦ではたった一人で三百の敵兵を斬ったという伝説もある。

 その存在感で一つの戦場の勝敗が傾いた、とも。


「そういえば、リオネル伯の客人だという噂を聞いたことがあったな……」


 現代の英雄といっていい男は、やはり迫力と存在感が段違いだ。

 生気と闘気に満ちあふれている。


「調査の進展を見に来た。伯爵が気にしておられるので、な」


 ガイウスさんが告げた。


「はっ」


 ナターシャさんを始め、その場の騎士全員が深々と頭を下げた。


「目撃者を探しておりますが、今のところ有力な手掛かりはつかめず……」

「無能が。もっと本腰を入れろ!」


 ガイウスさんがいきなり怒鳴った。


「きゃあっ……」


 ナターシャさんが殴り飛ばされる。


「ううっ……」


 口から血を流し、立ち上がれない様子のナターシャさん。

 他の騎士たちも蒼白な顔で立ち尽くしている。

 正規の騎士さえも縮み上がらせるだけの迫力が、彼の全身から発散されていた。


「も、申し訳ありません……」


 ナターシャさんは唇の血をぬぐいながら、土下座同然に頭を下げる。


「──ふん」


 ガイウスは面白くなさそうに鼻を鳴らし、


「こっちは騎士学園の学生か? ガキども、調査の邪魔だ」


 俺たちの方に歩いてくる。


「とっとと失せろ」

「きゃっ」


 太い腕がジークリンデを跳ね飛ばした。

 俺は素早く回りこんで、吹き飛んできた彼女を受け止めた。


「あ、ありがとうございます、ミゼル先輩」

「大丈夫か」

「少しバランスを崩しただけなので……」

「何するんですか!」


 レナが怒りの声を上げた。


「なんだ、文句でもあるのか?」


 ガイウスさん──いや、こんな奴は呼び捨てでいいだろう、ガイウスがにらむ。

 さすがに歴戦の武人だけあって、すさまじい眼光だ。


「っ……!」


 レナはひるんだ様子を見せるものの、それでも視線は逸らさない。


「ふん、俺は生意気なガキが一番嫌いなんだ」


 ──あまり目立ちたくはないが、レナたちに危害を加えるようなら俺が止めるしかなさそうだ。





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