9 女帝の実力

 次の瞬間、ジークリンデは白い閃光と化した。


 基本に忠実な足さばきを、いっさいの無駄なく体現。

 瞬時に俺との間合いを詰めてくる。


 速い!

 簡易『黒衣』を発動している俺から見ても、とてつもないスピードだ。


 それでも、さすがに反応できないほどじゃない。


 彼女の狙いは突進からの突き。

 最短距離かつ最速での攻撃だ。


 俺は体を開き、その刺突を紙一重で避けた。

 すれ違いざま、胴に剣を叩きこむ。


 ──手ごたえはなかった。


「避けた!?」

「お見事です、ミゼル先輩。ですが、私だってまだ──」


 声は側面からだった。


 俺のカウンターを間一髪で避けたジークリンデが、第二撃を放ってくる。

「さらに加速できるのか──」


 運動能力を倍加させているからこそ対応できるが、生身だったらとても立ち向かえないだろう。

 やはりジークリンデは強い。


 下から突き上げるような斬撃が俺を襲う。


「く……うっ」


 のけぞるようにしてそれを避け、俺は彼女の手首の辺りに一撃を繰り出した。


「あっ……」


 さすがに捌ききれなかったらしく、ジークリンデはその一撃で剣を取り落とす。

 俺は続く動作で、彼女の首筋に剣を突きつけた。


「……やっぱり、お強いですね」


 ふう、と息をつくジークリンデ。


「す、すごい、リンデちゃんでも敵わないんだ……」


 レナが呆然とした顔で俺を見た。


「いや、かなりヒヤリとさせられた。強いよ、君は」


 俺は素直に称賛した。


『殺戮の宴』の双子に彼女が凌辱されたときも──心がくじけなければ、楽に勝てていたんじゃないだろうか。


 もちろん、実戦と訓練は違う。


 だが、もしこの強さを実戦でも出せれば──。

 ジークリンデはとてつもなく強い騎士になれる。


「ミゼル先輩こそ……さすがです」


 ジークリンデは言って、わずかに訝しむような表情になった。


「確かに、すごいです。だけど、あのときはもっと──」


 思い出しているのか。

 簡易バージョンではなく、真の『死神の黒衣』をまとった俺を。


 ただ、それはレナがいる前で話していいことじゃない。


「ジークリンデ」


 俺は意図的に冷たい声音を出し、彼女を制した。


「っ……! も、申し訳ありませんっ」


 慌てた顔で頭を下げるジークリンデ。


「……二人とも、なんかあやしー。あたしに隠し事してる?」


 レナが俺とジークリンデをジト目で見つめる。

 何か違う方向性の誤解を受けたらしい。


「すみません。これは私とミゼル先輩だけの秘密なので」


 いや、その言い方は誤解を拡大させるだろう。


「ふ、二人だけの秘密っ!?」


 レナはショックを受けた様子だった。


「むむむ……やっぱり二人は付き合ってる……? すでに手をつないだり、キスしたり、も、もしかしたら、一線を越えてしまったのでは……そ、そんなぁ……」

「いや、待て。妄想しすぎだ」


 俺は顔をわずかにこわばらせた。



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