6 影の支配者1

「影に干渉する、というのは具体的に何ができるんだ?」


 俺は虚空に呼びかけた。


『現在の習熟度で可能なのは『影の中を移動すること』になります』


 声がした。


 影の中を移動……?

 俺は足元に伸びる自分の影を見下ろした。


「この中に入って移動する──という認識でいいのか?」


 たずねつつ、イメージしてみる。

 自分の体がこの影の中に入っていくような映像を。


「っ……!?」


 急激な落下感覚とともに、足元の地面が沈んだ。


 いや、違う。

 俺の体が、影の中に引きこまれていく──。




「これが影の中……か?」


 周囲には漆黒の空間が広がっていた。


「ここを移動できる、ってことか……?」


 試しに『前に行きたい』と念じる。


 とたんに、体が引っ張られるような感じでまっすぐに飛んでいく俺の体。

 かなりのスピードで進むことができる。


 前方を見ると、大きく広がった影が見えた。

 形からすると、茂みだろうか。


 たぶん、俺の影が中庭の茂みの影につながっているんだろう。

 その影の中に移動し、さらに進む。


 しばらく進むと、影が途切れていた。

 数メートル先には、さらに別の影──こっちは校舎だろうか──がある。


「途切れていたら、移動はできないのか?」


 つぶやくと、視界が切り替わるような感じで校舎の影の中に移動できた。

 影同士がつながっていなくても、行き来できるようだ。

 と、


「おら、さっさと出せよ! 有り金全部だ」


 恫喝するような声が上方から聞こえてきた。


「なんだ……?」


 見上げると、二人の男子生徒の姿がある。


 大柄な生徒が、小柄でなよなよしい感じの生徒に詰め寄っていた。


 大柄な生徒の方は見覚えがある。

 確か名前はナーグ。

 学園ランキング80位くらいで、かなりの乱暴者らしい。


 小柄な生徒の方は知らない顔だ。


 二人の様子を見ると、何が行われているのかは明らかだった。

 いわゆる、カツアゲだろう。


「ひ、ひええ……」


 小柄な生徒が後ずさる。


「ビビってんのかよ? ははは、最近は学園ランキングが下がり気味でイライラしてたんだ。ちょうどいいストレス解消だぜ! おらっ!」

「ぐえっ」


 ナーグが彼を殴った。


 数メートル吹き飛ぶ小柄な生徒。


 恐喝と暴行──か。

 この学園では珍しくない話だ。


 とりあえず、助けないと──な。


「影から出るには、どうすればいいんだ?」


 たずねると同時に、俺の全身を浮遊感が覆った。

 次の瞬間には視界が切り替わり、俺は彼らの前に現れている。


 なるほど、影の中に入るのも、移動するのも、抜け出すのも、すべてイメージするだけでできるわけだ。

 しかも瞬時に。


 なかなか便利だった。

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