2 我が神

 伯爵はベアトリスから体を離すと、慌てて椅子から下りた。

 床の上に跪き、頭を下げる。

 ベアトリスもそれにならって、深々と額づいていた。


「我が神──『破壊の神ジャハトマ』よ」


 リオネルが恭しく呼びかける。


 破壊神ジャハトマ。

 遠い異国にある秘境中の秘境──『最果ての回廊』にて、彼に神器を授けた神の名だ。


「おそらくは死の女神ヴェルナだろう。クラスSの神器を人間に授けた可能性がある。その者がお前と敵対する可能性も、な」

「クラスS……!」


 リオネルの顔がこわばった。


 神器にはいくつかの階級が存在し、Sはその中でも最高クラス。

 神の名の一部を冠した、究極の武具や道具なのだ。


「仮に敵対した場合──私の神器でその者に勝てるでしょうか、神よ」


 リオネルは恭しい口調でジャハトマ神に呼びかけた。


「敵がクラスSなら、お前に授けた神器もまたクラスS。臆することはない。とはいえ──確実に勝てるとは言えぬな」


 と、ジャハトマ。


「むう……」


 リオネルがうなった。


「だがお前には多くの手勢がおろう。相手は一人。なぶり殺しにすればよい」

「然り。我が手の者を活用するとしましょう」

「お前にはまだやってもらうことがある。今の『段階』では足りぬゆえ……必ず生き延び、さらなる領域に進め。よいな?」

「御意」


 リオネルが答えるなり、ジャハトマの気配は消え去った。


 ──あいかわらず気まぐれな神だ。

 リオネルは小さくため息をつくと、


「ベアトリス、一つ頼めるか。ガイウスを呼んできてほしい」

「かしこまりました、伯爵様」


 先ほどまで肉交で蕩けていたのとは別人のように、ベアトリスは凛とした表情で答える。

 彼女が退室してほどなくすると、一人の男がやって来た。


「お呼びでしょうか、閣下」


 筋骨隆々とした大男だ。

 年のころは三十過ぎで、隻眼に精悍な顔立ち。

 古めかしい甲冑に、身の丈を超えるほどの巨大剣を装備していた。


「ガイウスよ」

「はっ」


 男は直立不動の姿勢で返答した。

 伯爵家の客人にして、世界でも五指に入る最強剣士──『鬼王剣きおうけん』のガイウスだった。


「私に敵対する者がいる。その始末を任せたいが……よいかな?」


 伯爵が告げる。

 淡々とした声音に、じわり、と殺意と憎しみをにじませて。


「無論です。私に討てない者などおりません」


 堂々とした態度で答えるガイウス。


「詳しい情報は追ってベアトリスから伝えさせる。そいつは、私の大事な手勢を皆殺しにした不届き者だ。そのことを後悔させてやれ。たっぷりと……そう、この世に生まれてきたことを呪うほどにな」

「承知いたしました、伯爵閣下」


 彼が右腕と頼む武人は一礼して退室した。


 ガイウスに任せておけば大丈夫だろう。


 本当なら複数で襲いたいところだが、彼はプライドが高い。

 いたずらにそれを刺激し、主従関係にヒビを入れたくはなかった。


 たとえ相手がクラスS神器の持ち主とはいえ──彼は比類なき武人。

 さらに伯爵が分け与えた、クラスA神器『鬼王剣』も携えている。


 生半可なクラスS神器持ちよりも、はるかに強いと言っていい。


「私を脅かす者は許さぬ。確実に始末する──」

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