20 思慕と敬意

「……あのときの方、ですよね?」


 ジークリンデが俺をじっと見つめる。

 険しい表情で。



「え、誰?」

「あの『女帝』ジークリンデの知り合い……?」

「顔はかっこいいよね……」


 などと、周囲が軽くざわめいていた。


 まずいな。

 ジークリンデとのかかわりは知られたくない。

 何せ、俺が奴らを殺した場面の唯一の目撃者だ。


 俺自身は『殺戮の宴』の連中を皆殺しにしたことに良心の呵責なんてない。

 だが、この国の方では、俺の行為は大量殺人。

 捕まれば極刑は免れないだろう。


 たとえ相手が死んで当然の悪人たちであっても……。


 ともあれ、昨日のことは絶対に他者に知られてはならない。

 ジークリンデと二人だけの秘密にするしかない。


 ただ、もし彼女が秘密を守らなかったら……?

 俺はその可能性を考え、冷徹に彼女を見据えた。


 ジークリンデが誰かに俺のことを話す──。

 昨日の段階では、彼女は秘密を守ってくれるものだと、半ば無根拠に考えていた。


 正直、うかつな思考だ。


 実際には彼女がどうするのかは分からない。

 すでに誰かに話しているかもしれない。


 すでに──俺が犯した殺人は誰かに知られているかもしれないんだ。


「──ちょっといいか」


 俺は彼女の手を引き、廊下の奥まで行った。

 ジークリンデは抵抗しない。

 胸の鼓動が早鐘を打っていた。


 校舎裏まで一気に走る。

 周囲に人の目がないことを確認し、


「昨日の約束は覚えているな? あらためて聞くが──守ってくれるか」

「は、はい」


 ジークリンデは慌てたようにうなずいた。


「誓いましたから」


 嘘を言っている目ではなさそうだ。

 ……ただ、絶対確実とは言えないから、後で裏を取るとしよう。


「ありがとう。助かる」


 俺は礼を言った。


「いえ、私の方こそ。命を助けてくださってありがとうございました」


 ジークリンデが深々と頭を下げる。


「──大丈夫なのか? 君は、その……ひどい目にあっただろう。すぐに学校に来て……」

「平気……ではありませんが」


 彼女の表情が揺らいだ。


 が、それも一瞬のこと。

 すぐに強いまなざしで俺を見つめ、


「私は騎士を目指してるんです。昨日のことだって乗り越えてみせます」


 思ったよりも、かなり気丈なようだ。


「えっと、学内ではどう接すればよいですか? 単なる知り合い、と?」

「そうだな。あまり親しくしても変だし、必要最小限のかかわりでいいと思う」

「あの、私──」


 ジークリンデが一歩進み出た。

 俺を見つめる目が、爛々と輝いている。


 ん、なんだ?


「昨日の戦いぶり、本当に感動しました。私が憧れている『正義の味方』そのものだ、って」

「えっ」

「私、叶うならあなたに教えを請いたいです!」


 唐突な申し出に、俺は目をしばたかせた。



※ ※ ※

次回から第3章になります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!


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