15 悪を狩る者
「あの、あらためて……助けていただき、ありがとうございました」
ジークリンデが俺に一礼する。
「……君もひどい目に遭ったな。とにかく今は休むことだと思う。家まで帰れるか?」
「私は、大丈夫です。怪我をしたわけではありませんし……」
言いながら、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
凌辱された記憶がよみがえったんだろうか。
痛ましい、としか言えない。
ただ、だからこそ──彼女には一刻も早くここから離れてもらったほうがいいだろう。
「ここにはまだ、さっきみたいな連中がいる」
俺は彼女に言った。
「君は早く逃げろ」
「あなたは、どうされるのですか?」
「残りの奴らを皆殺しにする」
俺は即答した。
それからハッと気づく。
──そうだ、彼女には口止めが必要だ。
認識阻害の指輪で俺が殺人者たちを殺した場面を忘れてもらおうと思ったが、ラーミラの邪魔が入って失敗したからな。
指輪は『同一内容の認識阻害や改変の重ねがけ』はできないらしい。
つまり、ジークリンデに俺の殺人を忘れてもらうことは不可能だ。
口止めするしかない。
まさか、殺して口封じというわけにもいかないし、約束するしかないわけだが──。
「今日、俺が奴らを殺したことも、俺と君がここで出会ったことも、誰にも言わないでほしい」
俺はジークリンデを見つめた。
「俺がやったことは殺人だ。相手はいずれも殺されて当然の悪だと認識しているが──この国の法は、俺を裁くだろう。だから」
「……彼らはもともと騎士団にとって捕縛対象でした。交戦し、場合によっては殺害もやむなし、と」
ジークリンデが告げた。
少しずつ気持ちが落ち着いてきたのか、学園ランキングトップの『女帝』らしい凛とした表情に戻っている。
気丈な女だ、と感心した。
「あなたが行ったことは、不可抗力の殺害であり、正義の戦いだと私は思います。仮にそれで罪に問われることになったとしたら、私はあなたの弁護のために証言します」
「……誰にも言わないでくれれば、それでいいんだ。俺には俺の事情がある」
基本的に、目撃者がいても『認識疎外の指輪』でごまかすことができる。
今回のように『指輪』の力が効かなかったのは、事故のようなものだからな……。
彼女さえ黙ってくれれば、秘密は保たれる。
「約束してもらえるか?」
「はい」
うなずくジークリンデ。
「私はあなたに命を救われました。このご恩は忘れません。そして恩に報いることの一つとして、今夜のことを決して口外しないと誓います」
「ありがとう」
俺はホッと一息ついた。
もちろん、これは口約束だ。
守られる保証があるわけじゃない。
ただ、ジークリンデは信頼のおけそうな少女だった。
ここはまず彼女を信じることにしよう。
「俺はそろそろ行く。奴らの仲間はまだ十一人いるからな」
「あ、あの、私も──」
ジークリンデが進み出た。
「彼らと戦うなら、私も一緒に連れていってもらえませんか。その、お手伝いができるかもしれませんし」
「……いや、俺一人で十分だ」
いくら彼女が強いとはいえ、それはあくまでも学内の模擬戦での話。
実戦はまったく違う。
正直、人質にでも取られたら戦いづらくなる。
実際、さっきはあの二人組に敗れ、凌辱されてしまったんだろうし……。
「君は、ここから去ったほうがいい。巻き添えを食わないうちに」
「私は……足手まといですか?」
ジークリンデは悲しげにうつむいた。
「悪いが、その通りだ」
はっきり言うことにした。
ここは戦場だ。
遠慮してもしょうがない。
酷かもしれないが、彼女を危険にさらすよりはマシだ。
「ここから去ってくれ」
「……分かり、ました」
ジークリンデは唇を噛みつつも、うなずいてくれた。
悔しさはあるだろうが、自分の力量や現状を冷静に受け止めるだけの判断力はある、ということか。
「安心しろ。奴らは全員、始末する」
言って、俺は背を向けた。
漆黒のマントの裾をはためかせ、
「正義の名の元に──」
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