4 少女騎士ジークリンデ

 殺人者の一人を倒したものの、相手はまだ十六人いる。

 今ほど撃ってきたのは、その一人だろう。


 俺は取り回しの悪いヴェルザーレをいったん宝玉に戻し、『黒衣』をまとったまま、『魔眼』を起動させた。


「──罪の値スコアが表示されない?」


 魔眼を使えば、最大で周囲十キロほどの人間たちの数値を探査できる。

 十七人の快楽殺人者たちの数値は事前にチェック済みだし、それと同じ数値を追いかけ、だいたいの位置を割り出そうとしたのだが──。


 どこにも見当たらない。

 怪訝に思っていると、ふたたび風切り音がした。


「よそ見は禁物よ、坊や」


 若い女の声が聞こえる。

 おそらく風系統の魔法で、遠く離れた場所から声だけを届けているんだろう。


 俺を揶揄するような声は無視し、飛んでくる矢を、矢じりに触れないように注意しながら叩き落とした。


 なぜ魔眼で探査できないのかは分からない。

 だが、それなら足で探すまでだ。


 俺は家を飛び出した。

 漆黒のマントの裾をはためかせ、走り始める。


 どこだ。

 どこにいる。


 周囲を見回しながら、とにかく走る。


 そのとき前方から悲鳴や苦鳴が聞こえてきた。


 何者かが交戦している……?

 俺は現場へと急いだ。


    ※


 SIDE ジークリンデ


 十七名から成る快楽殺人者の集団──『殺戮の宴キリングパーティ』。

 その集会が行われている、という情報を受け、王立騎士団の一隊がこの第七十一区画に踏みこんだ。


 その中に、一人の少女がいる。


 金色のロングヘアに、それを飾りたてる青いリボン。

 気真面目そうな顔立ちの、美しい少女騎士。


 彼女──ジークリンデ・ゼルーネは王立騎士団の団員ではない。

 その養成機関──騎士学園の一年生である。

 今回は特別に、騎士団に同行することになった。


 学園ランク一位、『女帝』の異名を持つ彼女の剣腕は天才的であり、すでに上位騎士に匹敵すると言われている。

 いずれは騎士団の中核を担う存在だと期待されていた。

 そのため、今回は実戦訓練を兼ねて同行を命じられたようだ。


「快楽のために殺人を犯す無法者たち──必ず、このジークリンデが捕まえてみせるわっ」


 彼女は燃えていた。


「張り切っているわね」


 声をかけてきたのは、まだ若い女性騎士だった。


 名前はノエル。

 昨年、王立騎士団に入団したばかりの彼女は、ジークリンデが在籍する騎士学園の卒業生である。

 その縁もあり、こうして打ち解けているのだ。


「もちろんですっ。私は、私の正義を執行する──そのために騎士を目指しているんですから。まさか、こんなに早くその機会が来るなんて。嬉しいですっ」

「正義……か」


 ノエルがつぶやく。


「そうね。あたしも学生のころ、そんなふうに燃えていたわ」

「……今は違うんですか?」

「今も燃えてないわけじゃないけど……やっぱり社会人になると、色々ねー。理想だけじゃやっていけない、っていうか」


 苦笑するノエル。

 彼女が言わんとしていることは、ジークリンデにはよく分からなかった。


「私が目指すのは正義の騎士! 正義の味方です!」


 力強く宣言する。


「熱血はいいけど、あまり大きな声は出さないでね」


 ノエルがやんわりと注意した。


「敵がどこにひそんでいるかもわからな──が、あっ!?」


 言葉の途中で、彼女がいきなり口から血を吐く。


「ノエルさん!?」


 ジークリンデはハッと目を見開いた。


 ノエルの胸元から刃が突き出している。


 甲冑ごと心臓を貫かれている。

 即死だった。


 どさり、と倒れたノエルを険しい表情で見つめ、それから周囲を警戒する。


 月夜にきらめく、複数の銀光。

 他の騎士たちが、次々に悲鳴を上げる。


「敵の、攻撃──!?」


 ジークリンデは先輩が殺されたショックを振り払い、剣を抜き放った。


「このっ……!」


 ほとんど野生のカンだけで、飛んできた何かを叩き落とす。


 銀光の正体は、おおぶりのナイフだった。

 それが次々と飛んでくるのだ。


「俺たちを捕縛するなんて百年早いねぇ」

「だな、早いよな」


 揶揄するような男の声が二つ、どこからか響いた。


「があっ!?」

「ぎゃああっ!」


 その間も、周囲から悲鳴が間断なく響く。


 ──気がつけば、ジークリンデ以外の騎士たちは、全員がナイフに貫かれて死んでいた。

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