10 学園無双3

 幸い小声で話したため、周囲には聞かれていないようだが──。


「一本目は見事だった。僕も少し油断したのかもしれない。だから二本目は君に敬意を表して全力で行かせてもらう」


 そう、さっきのは本気じゃない。

 本気を出せば、このアーベル・ヴァイゼルがミゼルのような雑魚に負けることなどあり得ない。


「参る!」


 告げて、アーベルは床を蹴った。


 低い姿勢から突進し、いくつものフェイントで幻惑。

 そこから突き上げるような一撃を放つ。


 狙いは、ミゼルの足だ。

 関節を砕き、二度と歩けなくしてやる。

 次に肘を壊して、剣を振ることもできなくする。


(そうすれば、騎士学園を退学になるだろ。じゃあな、色男!)


 ばぎっ!


 鈍い音が響いた。

 両膝と両肘の辺りで、それぞれ骨が砕ける音。


 四肢に力が入らず、アーベルは崩れ落ちた。


「あっ、があぁぁぁぁぁっ!」


 ミゼルが目にも止まらぬ攻撃を二度繰り出し、アーベルの両膝と両肘を続けざまに破壊したのだ。


「お前が俺を壊しに来たから、俺も同じように返させてもらった」


 どこまでも淡々とした声で、ミゼルが告げる。


「痛い……いだぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 涙を流しながら絶叫するアーベル。

 立ち上がれない。


 まるで自分の足が、自分のものでなくなったように。

 それに両腕にも力が入らない。


 こちらを見下ろすミゼルの左目に、ふたたび赤い光が浮かんだ。


「多少の不便はあっても、日常生活はある程度こなせるだろう。ただし──騎士としては再起不能だ」


 告げるミゼルは、まるで死神のように思えた。


「これは、お前の罪の報いだと思え」




 アーベル・ヴァイゼル──。

 うわべの良さで気づかなかったが、こいつは裏で色々とあくどいことをやっていたようだ。


 特に、女性に対する執着が強い。

 恋敵を陥れ、ときには卑劣な手段で傷つけたり、あるいは騎士として再起不能になるような怪我を負わせたことも何度かあった。


 すべては『審判の魔眼』で得た情報だ。


 この魔眼で相手の個人情報がすべて見えるわけじゃない。

 あくまでも『罪』に関連するもののみ。


 が、こいつの場合、犯した罪と女性関係が密接につながっているものばかりだった。

 だから、自然と分かった。


 お気に入りの女性を手に入れるためなら、邪魔となる者を容赦なく排除する。

 あるいは傷つけ、致命的なダメージさえ負わせる──。


 そして俺に対しても、さっき大怪我を負わせようとした。

 簡易収納バージョンとはいえ、『死神の黒衣』をまとった俺には、奴の動きも、その狙いも手に取るようにわかった。


 肘と膝を壊し、騎士として再起不能にしようとしてきた。

 アーベルがそんな攻撃を仕掛けてきたってことは、俺は奴にとってなんらかの恋敵ってことだろうか?

 心当たりはないけれど──。


「うぐ……ぐぅぅ……」


 そのアーベルは苦悶の声を上げて、のた打ち回っている。

 他者を傷つける覚悟で打ちかかって来たんだから、自分が同様に傷つけられる覚悟も持つべきだろう。


 こいつが今までしてきたことも考え、同情や憐憫は湧かなかった。


 ただ、やはり模擬戦の授業でこれは明らかにやりすぎだ。

 俺のミスだった。


『死神の黒衣』をまとい、何人もの犯罪者を殺してきたが、それはいずれも『全力で叩き潰す』という戦闘スタイルだ。

 殺さないように手加減して戦う、というのは今回が初めてだった。


 しかも、本来の『死神の黒衣』ではなく簡易バージョンのため、運動能力のアップ率も違う。

 そういった勝手の違いが重なり、上手く手加減できなかったのだ。


 授業という場なのだから、ここまで再起不能状態にするのではなく、もう少し穏便に済ませるべきだった。


 さて、どうするか──。

 と思案していると、俺の左手に淡い熱が灯った。


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