9 学園無双2
SIDE アーベル
「さあ、かかってきたまえ」
アーベルは自信満々で剣を構えた。
相手はミゼル・バレッタ。
学園ランキング500位近い底辺──要は、雑魚だ。
そのくせ、顔と座学の成績だけはよくて、一部の女子生徒には人気だと聞いている。
本人は鈍感なために、その人気に気付いていないらしいが──そこがまたいいらしい。
気に食わなかった。
(学園の女は全員、俺のものだ。なのに──)
恵まれた容姿と身体能力、頭脳。
さらに貴族であるヴァイエル公爵家の出身という、すべてに秀でた存在。
それがこのアーベル・ヴァイエルだ。
それを最大限に生かし、これまで学内の大半の女をモノにしてきた。
まさしくとっかえひっかえといった感じで、適当に付き合い、あるいは一夜限りの関係を結び、飽きればポイ捨て。
女にモテて当たり前。
自分が誘えば、どんな女でも喜んで股を開く──そんな感覚すらあった。
(なのに、俺よりもこんな雑魚になびく女が一定数いる。あり得ねえだろ、そんなこと!)
そのうちの一人が、レナ・ハーミットだ。
学内屈指の美少女であり、騎士としての実力もトップクラス。
アーベルが以前から目をつけていながら、自分にはいっさいなびかない生意気な女だった。
彼女の前でミゼルを徹底的に叩き伏せる。
そして、彼女の目を自分に向けさせてやる。
アーベルは闘志と欲情を同時に燃やしていた。
頭の中では、早くもレナをベッドに連れこむときのシミュレーションを始めていた。
(くくく……見ていろよ、レナ。すぐにお前の目を覚まさせてやる。この俺に惚れさせてやるからな──)
アーベルはあらためてミゼルを見据える。
隙だらけの構えだった。
剣を持つ手はぎこちなく、威圧感もまるでない。
「雑魚が。十秒で叩き伏せる」
アーベルはニヤリと笑うと、威嚇するように床を思いっきり蹴った。
そのまま華麗なフェイントを織り交ぜ、接近する。
ミゼルはその動きについていけないようだ。
隙が、ますます大きくなった。
「まず一本!」
ミゼルの頭上に渾身の剣を打ちこむ。
ぎいんっ!
鈍い金属音とともに、両手にすさまじい痺れが走った。
「えっ……!?」
気が付いたときには、眼前に切っ先を突きつけられていた。
数秒遅れて、アーベルの手から弾き飛ばされた剣が、回転しながら床に突き立つ。
「ば、馬鹿な……!」
アーベルは呆然と立ち尽くす。
「今、何をしたんだ……!?」
まるで見えなかった。
剣閃どころか、動きそのものが。
ミゼルは剣を突きつけた格好のまま、静かにこちらを見据えていた。
(俺が、こんな雑魚に一本取られただと……!)
屈辱で全身が熱くなる。
もちろん実力ではこちらが圧倒的に上回っている。
今のはアーベルの油断と、なんらかの偶然かマグレが重なっただけだろう。
学園ランク2位が400位台から一本取られたという番狂わせに周囲もどよめいていた。
「お、おい、見たか、今の……!」
「ミゼルが、あんな動きを……」
「すごい……!」
「……素敵! はふぅ」
最後の声はレナだ。
それを聞いて、ますます屈辱感が燃え上がった。
よりによって彼女の前で恥をかかされたのだ。
(もう許さんぞ、ミゼル・バレッタ!)
アーベルは彼をにらみつけた。
訓練用の刃を潰した剣とはいえ、アーベルほどの腕前なら凶器となんら変わりない。
その気になれば、真剣並の威力だって出せる。
(さすがに殺しはしない。だが、二度と剣が持てなくなるうえに、その綺麗な顔も切り刻んでやる……!)
歪んだ笑みを浮かべ、アーベルは剣を構え直す。
訓練用ではなく、実戦用の構えだ。
「気配が変わったな」
ミゼルが淡々とつぶやいた。
その左目が一瞬、赤く輝く。
まるで紋様のような輝きが、瞳に浮かんでいる──?
(なんだ……!?)
驚くアーベルだが、その輝きはすぐに消えた。
おそらく目の錯覚だろう。
「お前の罪を見せてもらった」
つぶやくミゼル。
「下劣だな……女性関連で色々やっているのか。薬でこん睡状態にした女性を乱暴したこともある。それも複数」
「な、なんだと……!?」
「恋敵を陥れ、ときには卑劣な手段で傷つけたり、あるいは騎士として再起不能になるような怪我を負わせたことも」
「ど、どういう意味かな、ミゼルくん?」
アーベルはぎくりとしながらも、表面上はあくまでも貴公子然として答える。
彼が言ったことは、いずれも事実だ。
自分になかなかなびかない相手に業を煮やし、薬を盛って犯したことが何度かある。
恋敵になった相手を取り巻きを使って誹謗中傷し、精神的に追いこんだことも。
模擬戦にかこつけて、騎士として再起不能になるような傷を負わせ、学園から追い出したことも。
だが、そのすべては証拠が残らないようにしてきた。
なぜミゼルは、まるで見てきたかのように言い当てられたのか……。
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