6 悪人狩り2

 SIDE マグゥ


 この三年間で七人。

 彼──マグゥが殺してきた女性の数だ。


 性的にも、暴力的にも、さんざんいたぶって殺す──というのが共通した手口だった。

 女性たちが屈辱の表情を浮かべながら、やがて恐怖で命乞いを始め、それを無視して惨殺する。


 そんな一連のプロセスが、マグゥに強烈な快感を与えてくれる。


 叶うことなら、もっとたくさん犯したい。

 もっともっとたくさん殺したい。


 一度ヘマをして王立騎士団の警察部門にしょっぴかれたこともあるが、ワイロを渡してどうにか証拠不十分で釈放されたこともあった。

 一歩間違えば、牢に入れられて何年も過ごす羽目になっただろう。

 最悪、絞首台もあり得た。


 それでも、マグゥは自身の『趣味』をやめられなかった。

 やめたいとも思わなかった。


 だから今日も、彼は『獲物』を狩る。


「い、いやぁぁぁ、誰かぁぁぁ……っ!」


 悲痛な声が路地裏に響き渡る。

 年齢は二十代くらいで、長い黒髪と清楚な容貌の美人だ。


 ──先ほど首尾よく誘いこみ、後はいつも通りの手口でこの状況に持っていった。

 傭兵時代に身に着けた格闘術で相手を拘束し、乱暴に犯してやったのだ。


「へへへ、これくらいじゃすまさねぇぞ」


 すでに二度ほど楽しんでいたが、マグゥはなおも欲望をたぎらせていた。

 腰が抜けるまでたっぷりと楽しんだ上で、証拠が残らないようにこの女を始末してやる──。

 などと考えた、そのとき、


「がっ!?」


 突然の衝撃が、彼を吹き飛ばした。

 それが、横合いから走ってきた誰かの体当たりだと気づいたときには、すでに十数メートルも転がったあとだ。


「だ、誰だ!」


 下半身を丸出しにしたまま、立ち上がる。


 彼に体当たりした人物はいつの間にか目の前まで移動していた。

 すさまじい足の速さだ。


「お前は──」


 月明かりを背に、細身のシルエットがたたずんでいる。


 美しい少年だった。

 黒髪に抜けるように白い肌。

 漆黒のマントは芝居じみた格好だが、彼にはよく似合っていた。


 そして──闇夜に赤く輝く、左の瞳。

 その瞳がマグゥをまっすぐに見据えていた。


「くっ……!」


 すべてを見透かすような眼光に、体がすくむ。


「マグゥ・バーンズ。罪状は殺人と婦女暴行。女性ばかりを狙った連続無差別殺人犯。一度、王立騎士団に捕縛されたが、ワイロを渡して釈放されている」


 少年が淡々と告げた。

 傍らの女性を促し、逃がしてやる。


 マグゥに、それを止める余裕はなかった。


(なんだ、こいつ──)


 完全に気圧され、動けなかったのだ。

 まだ十代のガキのはずなのに、異常なまでの威圧感だった。


 殺される。

 直感的にそう悟った。


 逃げなければ、と思ったが、やはり体が動かない。


「罪状は間違いないな?」


 少年が冷ややかに告げた。


 その手に、いつの間にか巨大なハンマーが握られている。

 それを軽々と掲げ、少年は告げた。


「じゃあ、死ね」


「ま、待て! 待ってくれ!」


 マグゥは必死で叫んだ。

 いまだ下半身が露出した情けない格好だったが、そんなことを気にする余裕はなかった。


「誰なんだ、お前は!? なんで俺を殺そうとする!」

「お前はそうやって命乞いをしてきた相手に何をした? いたぶり殺してきたんじゃないのか?」


 少年の声は冷ややかだった。

 左目の赤い輝きが、まっすぐにマグゥを見据えている。


 殺意の、輝きだ。


「ゆ、許してください……お願いします……」


 殺される──と悟ったマグゥは、その場に這いつくばった。

 戦おうという気にもなれなかった。


 完全に圧倒されていた。


(……いや、黙って殺されてたまるか)


 闘志を振るい起こし、少年を見上げる。


 不意打ちだ。

 まず奴を転ばせ、馬乗りになる。


 殺しの場数ならきっとこちらの方が上。

 形勢が変われば、必ず突破口は開けるはずだ。


「なあ、金なら出すぞ? いや、女を紹介するほうがいいか……?」


 言いながら、マグゥはタイミングを図り、いきなり立ち上がる。


「ぐはっ!」


 その瞬間に顎を蹴り上げられ、骨が砕けるのが分かった。

 信じられないほどの反応速度だ。


 だまし討ちなど不可能だった。


「あぐ……ぐぅ……」


 砕かれた顎を押さえ、激痛にうめくマグゥに向かって、少年が告げる。


「じゃあな」


 次の瞬間、頭部へのすさまじい衝撃とともにマグゥの意識が四散した。


 最後の瞬間に考えたのは、


(ああ、もっと女を犯して、殺したかったなぁ)


 ──だった。

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