5 悪人狩り1

 放課後、俺とレナはターニャ先輩が入院している病室を訪れた。


「わざわざ来てくれたのか、二人とも」


 ベッドの上で微笑むターニャ先輩。


 手足などに包帯が巻かれているのが痛々しいが、思いのほか元気そうだった。

 そのことにホッと安堵する。


「傷の具合はどうですか、ターニャ先輩」


 俺はベッドの側にお見舞い代わりの果物を置きつつたずねた。


「ああ、ここの病院の医師は治癒魔法に長けていて、かなり回復した感じだ」


 と、ターニャ先輩。


「……まあ、魔法による傷は普通の怪我よりも治りが遅いし、しばらくは入院生活だがね」

「早く元気になってくださいね、ターニャ先輩」


 レナは心配そうな顔で言った。


「そんな顔をするな。傷痕も残らないそうだし、後遺症も心配ないという話だ」

「よかった……」


 ターニャ先輩の言葉に、俺はふたたび安堵した。


 なんといっても、彼女は俺を助けるために傷を負ったのだ。

 いずれこの恩は返さなきゃ、な──。


「私は卒業後に王立騎士団に入るつもりだ。今のうちから実戦経験を積めて、よかったと思っている。まあ……結果はこの通りだが」


 苦笑するターニャ先輩。


「そういえば、殺人鬼は誰かに殺されていたんですよね?」


 と、レナがたずねる。


「……ターニャ先輩はその場面を目撃しましたか?」


 俺が重ねてたずねた。


「いや、私は……情けないことに気絶していたからな」


 首を振るターニャ先輩。

 よかった、俺がダールを殺した場面は見られていないようだ。


「君が無事でよかったよ、ミゼル」


 彼女が俺を見つめた。


「えっ」

「敗北したのは私が未熟だったからだ。それは受け入れる。だけど、君を守れなかったら悔やんでも悔やみきれない」

「っ……! ま、まさか、ターニャ先輩もミゼルくんのことをっ? うう……これは強敵です……!」

「? なんの話だ」


 横からいきなり叫んだレナに、ターニャ先輩は不思議そうな顔をする。


「えっ、先輩がミゼルくんに好き好きラブラブ一直線という話だったのでは?」

「……私は騎士としての心構えの話をしていたんだが」


 ターニャ先輩は苦笑した。


「他者を守り、すべての悪に立ち向かうために剣を振るう──それが私の騎士道だ」


 すべての悪に立ち向かう、か。

 その姿勢にはとても好感が持てた。


 ダールを殺し、ターニャ先輩を守ることができて、本当によかったと思う。


 そして、これからも──。

 他の悪を片っ端から殺し、多くの人を守ることができるなら。


 彼女の言葉を借りるなら、それが俺の騎士道ということになるんだろうか。


 あるいは、正義の味方としての道、か。




 夜になった。

 俺は『審判の魔眼』の設定条件を変更する。


・殺人経験者だけを表示すること。

・正当防衛や凶悪犯の捕縛の際に不可抗力で殺めたなど、一定条件下で殺人を犯した者は表示しないこと。

・以上の条件に該当し、なおかつ法の裁きを逃れている者や、ワイロなどで不当に軽い刑罰のみで済んだものを表示すること。


 とりあえずは、こんな感じか。


 いずれは範囲を拡大するかもしれないが、まず俺が狩るべき対象──『悪』をこういう形で設定した。


 本当は父さんや母さん、姉さんを殺した犯罪組織をまず潰してやりたいが、俺はまだこの神器を授かったばかりだ。

 まずは扱いに慣れる必要があった。


 それに、未だ解放されていない十個の神器の存在もある。


「復讐はいずれやるとして──まずは予行演習を兼ねた悪人狩りからだ」


 俺は寮から出ると、審判の魔眼を起動させた。




 魔眼で探知し、たどり着いたのは、とある酒場だった。

 俺は窓からそっと様子を伺う。


 中央の一席で、


「おい、酌しろ! 酌!」

「お客さん、ここはそういう店じゃないので……きゃあっ!?」

「うるせえ、俺は客だぞ! さっさとサービスしろや!」


 男は相当できあがっているようだった。

 嫌がる給仕の女性を抱き寄せ、胸の合わせ目を無理やり押し開く。

 豊かな乳房があらわになり、彼女は悲鳴を上げた。


「へへへ、いい体してるじゃねぇか」


 下卑た笑みを浮かべ、膨らみの先端部に舌を這わせる男。

 離れようとした彼女を抱き寄せ、今度は無理やり唇を奪う。

 やりたい放題だ。


「うう……やめてくださ、うぐぅ……」


 彼女は涙目だった。


「いいだろ、減るもんじゃあるまいし」


 男は意に介さず、彼女の体を撫でまわしている。


 体格もよく、いかにも腕っぷしが強そうだった。

 周囲の客は誰も注意できない。

 おびえたように勘定を手早く済ませて去っていく。


「……下劣な男だ」


 酔っぱらい、誰彼かまわず暴力を振るう。

 あるいは店の備品を壊す。


 それ自体は『酒癖の悪さ』であり、傷害罪や器物損壊といった犯罪ではある。

 なんらかの裁きは必要だろう。


 だが、殺されるほどのことじゃない。


「ただし──他に罪状がないならな」


 俺は審判の魔眼で、もう一度男の情報を精査する。


 魔眼は対象となる人間の罪を数値化できる。

 そして、対象となる人間を目視すれば、その人間が犯した罪をすべて見ることができる。


「これは──」


 確認のためだったが、必要な情報は得られた。


 ……やがて、男はひとしきり飲んで満足したのか、店を出ていった。

 当然のように勘定は払っていない。


 後には、滅茶苦茶に壊された店内で悲嘆にくれる店主と、さんざんセクハラを受けて泣きじゃくる女の給仕だけが残されていた。


 俺は、男を追って店を出た。

 人気のない路地裏に入ったのを見計らい、彼に声をかける。


「ちょっといいか」

「ああ?」


 振り向きざまに威嚇する男。


「いつも、ああなのか?」

「なんだと」

「酒の勢いに任せて暴力を振るい、人を傷つけ、物を壊す──」

「なんか文句あんのかよ、ガキ!」


 男がいきなりキレて殴りかかってきた。

 本当に暴力的な男だ。


 俺は即座に宝玉『2』を解放。

 漆黒のマント──『死神の黒衣』をまとった。


 運動能力が約33倍までアップすると、男の動きはほとんど止まって見えた。

 なんなくパンチを受け止め、軽く殴り返す。


「がはぁっ!?」


 男は十数メートルも盛大に吹き飛んだ。


 それを追って、俺は疾走する。

 一瞬にして男の元までたどり着いた。


「ジョルジュ・ミード。罪状は殺人。酔った勢いで同僚を殴り殺し、それを事故に見せかけて罪を逃れた──」


 倒れたままの男──ジョルジュを見下ろし、俺は冷ややかに告げた。


「間違いないな?」


 そう、さっき『審判の魔眼』を使って得た、こいつの犯罪歴だ。


「な、な、なんだ、お前!?」


 顔色を変えるジョルジュ。


「なんの証拠があって──」

「俺には、お前の罪が見えるんだよ」


 左目が熱くなった。


 こいつが犯した罪が、その内容が、そして罪の値スコアが。

 魔眼を通して浮かび上がる。


「法の代わりに俺がお前を裁く──『死を振り撒く神の槌ヴェルザーレ』」


 宝玉『1』を解放し、巨大な槌を掲げる俺。


「死ね」


 そして、ジョルジュを叩き潰した。


 今日の悪人狩り、一人目。


 さあ、次に行こうか──。


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