3 死神の黒衣

 俺の足元には頭部を潰され、鮮血をまき散らした殺人鬼が横たわっていた。

 すべてを砕き、すべてを殺す──か。


「……ふう」


 生まれて初めての殺人だった。


 不思議なほど、感慨がわかない。

 頭の芯が痺れたみたいに、ぼうっ、としている。


 まず、こみ上げてきたのは安堵感だった。

 助かった、と。


 次に湧きあがったのは、達成感。

 この世の『悪』を一つ、討つことができた。


「うう……っ」


 ターニャ先輩のうめき声が聞こえた。


 早く手当てしないと──。

 俺は彼女の側にしゃがみこんだ。


 騎士甲冑はズタズタに裂け、白い肌が露出している。

 控えめな胸の膨らみが、ゆったりと上下していた。


 息があることにホッとしつつ、俺は学生鞄から応急手当て用の魔法薬ポーションを取り出した。


 騎士学園の学生は全員が携帯を義務付けられているものだ。

 大怪我には効果が薄いが、それでも使わないよりはずっといい。


「しっかりしてください、先輩!」


 俺はポーションを傷口に振りかけた。

 じゅうっ、と緑色の煙が立った。


「あ……く……ぅ」


 小さく喘ぐように息をもらし、ターニャ先輩はそのまま意識を失った。

 傷は数十か所もあり、ポーションだけで治療できるようなものとは思えない。


 早く病院に連れて行くか、あるいは教会に行って僧侶に治癒魔法を頼むか──。

 と、そのときだった。


 ボウッ……!


 俺の左手から光があふれた。

 目の前に宝玉が浮かび上がる。


 表面には『2』の文字。


「これは──」


 驚く俺の前で、宝玉の表面に文字が浮かぶ。


『神器No.2の解放条件をクリアしました』

『名称:死神の黒衣』

『クラス:B』

『タイプ:装備』

『効果:装着者の運動能力を3330%アップします』


「死神の黒衣……?」


 つぶやいた俺の全身に、それが装着された。


 闇のような黒衣。

 足元まで届くマント。

 そして、体中から湧き上がるような力。


 運動能力を3330%──つまり、33.3倍にアップさせる、ってことか。


 ん?

 これを使えば、ターニャ先輩を病院なり教会なりに手早く連れていけるんじゃないか?


「試してみるか」


 俺は軽くジャンプしてみた。

 とたんに、


「っ……!」


 すさまじい浮遊感とともに、マントをはためかせながら跳び上がる俺。


 ジャンプというより、まるで空を飛翔するような感覚だった。

 俺はそのまま数十メートル以上も跳び上がっていた。


 まさしく、超人だ。




 俺はターニャ先輩を担ぎ、病院まで走った。


『死神の黒衣』をまとっているおかげで、まったく疲れず、しかも普段の十倍以上のスピードで走り抜けることができた。

 あっという間に病院まで到着し、手当てを頼むと、俺は帰路についた。


 人通りのない通りを、一人で歩く。


 まだ現実感が湧かなかった。


 死の女神と出会い、十三の神器をもらったこと。

 そして殺人鬼を、俺の手で殺したこと。


 もしかして夢でも見てたんじゃないか、と思ってしまう。

 右手を見ると、手のひらがポウッと輝き、宝玉が浮かび上がった。


 全部で十三個。

 明滅するそれらを見ているうちに、急激に現実感が湧いてきた。


「……やっぱり夢じゃない、か」


 俺がずっと望んでいた力。

 父さんや母さん、姉さんを殺した連中を捕らえるための──あるいは、仇を討つための力。

 そして、正義を為すための力──。

 と、


「お、宝石か?」

「そいつを置いていけよ、ガキ」


 前方から複数の人影が歩いてきた。


「強盗か……」


 この辺は治安が良くないんだよな。

 普段ならもっと早い時刻に通ってしまうんだけど、今日は殺人鬼に追われたり、時間を随分と食ってしまったせいだ。


 数は──全部で四人。

 全員が手にナイフや剣を持っている。

 逆らえば、最悪殺されそうな雰囲気があった。


 だけど──、


「……何笑ってやがる?」


 強盗たちが怪訝そうな顔をする。


「笑っているのか、俺は?」


 指先で自分の唇に触れる。


 なるほど、確かに笑ってる。

 こみ上げる喜びを抑えられない、という感じだ。


「お前たちのようなクズを掃除する力があることが──」


 嬉しい。


「はあ?」

「わけのわからねぇことを!」

「馬鹿にしてんのか! 殺すぞ!」


 叫んで突進してくる強盗たち。


「短絡的な連中だ」


 何も考えず、働いて金を稼ごうともせず、他者を傷つけ、その金を奪う。

 放っておけば、誰かが被害に遭うだろう。


「その前に──」


『1』と『2』の宝玉の力を解放する。

 右手に巨大な鉄槌が出現し、俺の全身を黒衣が覆った。


「な、なんだ、それは……!?」


 強盗たちは驚いた様子だ。

 俺は無言で鉄槌を掲げた。


「潰してやる」


 すべてを砕き、すべてを殺す神器──『死を振り撒く神の槌ヴェルザーレ』を振り下ろし、一人目の頭蓋を粉々に砕いた。


「て、てめえっ……!」

「ぶっ殺してやる!」


 他の三人がナイフを腰だめに構え、向かってきた。


「遅すぎる」


 装着者の運動能力を約33倍にアップさせる神器──『死神の黒衣』をまとった俺に、彼らの動きは止まって見えた。


「弱すぎる」


 指一本でナイフをすべて止め、弾き飛ばす。


「な、なんだ、こいつ!?」

「人間かよ!?」


 おびえる彼らを冷ややかに見据え、俺は鉄槌を振りかぶった。

 そして、容赦なく振り下ろす。


 潰す。

 二人目の胸部を陥没させた。


 潰す。

 三人目も同じ運命をたどった。


「ひいいい、た、助けて……」


 潰す。

 四人目の命乞いを無視して絶命させた。


「悪は──すべて殺す」


 言葉にすると、どうしようもなく高揚感が湧き上がった。


 そう、俺がそれを為すんだ。

 神から与えられた最強の力を振るう、正義の味方として──。



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