2 十三の神器

「君の腕では無理だ」


 ターニャ先輩はぴしゃりと言った。


「足手まといになる」

「そ、それは……」


 悔しいけど、言い返せない。

 俺がいては邪魔になるだろう。


「安心しろ。二人とも殺してやる」


 歪んだ笑みを浮かべる殺人鬼。


「犯罪者が吠えるな」


 ターニャ先輩が言い返す。

 一息に間合いを詰めた。


 速い──。

 ほれぼれするような体術で、ダールに肉薄する。


 振り下ろした剣が殺人鬼の肩口に叩きつけられる──。

 刹那、


「『スラッシュ』」


 呪文とともに、ダールは薄紫色に輝く刃を撃ち出した。


「あぐっ!? は、あぁっ……」


 胸元を切り裂かれ、倒れる彼女。

 甲冑が真っ二つになり、その下の白い乳房が露出していた。


「なかなかの動きだが──俺は正規の騎士と何度も渡り合ってきたんだよ。お前みたいな見習いに負けるわけねーだろ」

「くっ、まだまだ……きゃあっ!?」


 立ち上がろうとしたターニャ先輩を、ふたたび魔法の刃が切り裂いた。

 右足を深々と斬られ、鮮血が噴き出す。


「おっと、まだ死ぬなよ? もっと悲鳴を上げて俺を楽しませろ! もっと苦鳴を上げて俺を喜ばせろ! そうら、『スラッシュ』! 『スラッシュ』! 『スラッシュ』!」


 さらにしぶく鮮血。


 鮮血。


 鮮血──。


「ぎゃあっ、ああっ、ぐあぁぁぁぁっ……」


 響く悲鳴と苦鳴。

 切り裂かれる肉と骨。


 ターニャ先輩は血まみれになって倒れた。


 俺はまったく動けなかった。

 呆然となり、頭の中が真っ白だ。


「へへへ、次はお前だ……男のくせに女より綺麗な顔してるじゃねぇか。刻み甲斐があるぜぇ……」


 ダールが舌なめずりをする。

 口の端からヨダレを垂らしていた。

 股間が大きく膨らんでいるのは、勃起しているんだろう。


 相手を傷つけ、あるいは殺すことに性的興奮を覚えるタイプのようだ。


「『スラッシュ』」


 奴の呪文が俺の足下の石畳を切り裂く。


 駄目だ、呪文の発動が速すぎる。

 避けることも防ぐこともできない。


 体中の血の気が引くようだった。


 逃げられない。

 殺される──。


 俺は恐怖におびえながら、その場から動けなかった。

 足がすくんでしまっていた。


 願う。

 俺に、力があれば……!


 願う。

 俺に力があれば、こんな奴……逆に殺してやるのに。


 願う。

 悪は、すべて殺してやるのに。


 理不尽な暴力から、悪意から、人々を守れるのに──!




「──力が、欲しい?」




 俺の願いに応えるように、そんな声が聞こえた。


「えっ……!?」


 次の瞬間、まばゆい光が弾ける。


 いつの間にか、俺の眼前に一人の女の子が立っていた。


 足元まで届く、長い白銀の髪。

 艶めいた褐色の肌。

 そして、愛らしい美貌と純白のドレス。


「やっほー、ボクは女神ヴェルナ。よろしくねっ」


 にっこり笑顔で自己紹介する彼女。

 女神……だって?


「あれ、リアクション薄いなー? 突然でびっくりした? それともボクの美貌に見とれてる?」


 あっけらかんと笑うヴェルナ。


 なんなんだ、この状況は……?

 いや、それより今はダールのことだ。


 ──と思って視線を移すと、殺人鬼はまるで凍りついたように動きを止めていた。


「あー、心配ないよ。ちょっと時間を止めてるから」

「時間を……?」


 いかなる魔法をもってしても『時間を止める』なんてことは不可能だ。

 つまり、そんなことができるなら──彼女は間違いなく人間を超越した者ということになる。


「で、さっきの質問に戻るけど──力が、欲しい?」


 ヴェルナは真顔に戻り、たずねた。


「なぜ、俺に……」

「理由なんてないよ。意味もない」


 と、ヴェルナ。


「神様はね、気まぐれに人に力を授けるの。ただそれだけ。で──答えは?」


 力、か。


「……欲しい」


 俺は素直に答えた。

 この殺人鬼を成敗するために。


「それだけ? 他に為したいことはある?」


 重ねての問いかけ。


「為したいこと──」


 そんなの、決まってる。


「正義を」


 罪もない人々が苦しみ、あるいは殺され。

 一方で犯罪者たちはのうのうと生きている。


 彼らの大半は法の裁きを受けていない。

 この国の司法が腐敗しているからだ。

 汚職やワイロが横行し、凶悪犯罪者でも金さえ積めば簡単に釈放されてしまう。


 俺は、そんな連中を憎む。

 そんな連中を野放しにする、この国を憎む。


 殺された両親や姉さん、そして目の前で傷つけられたターニャ先輩。

 理不尽な暴力への怒りが、憎しみが、燃え上がる。


 すべての犯罪者を──悪を根絶したいと願う。


 強く。

 狂おしく。


 だから、もしも──その力をくれるなら。


「すべての悪を、容赦なく殺す」


 俺はヴェルナを見据えた。


「罪を逃れた犯罪者は、俺が皆殺しにする」

「うわー、ちょっと引いちゃったよ、ボク。正義の味方っていっても、それかなりヤバい奴じゃん」


 彼女の顔が引きつっていた。

 言葉通りドン引きのようだった。


「君がどう思うかなんて興味はない。俺の望みは──為したいことは今言ったとおりだ」


 俺はヴェルナに歩み寄る。


「悪を殺す力をくれるなら、俺に与えてくれ。存分に使ってみせる」

「じゃあ、これあげるね」


 パッと輝きが弾ける。


 俺の手に、小さな宝玉があった。

 全部で十三個。

 表面には『1』から『13』までの番号が刻まれていた。


「神の力を宿したアイテム──『神器じんぎ』だよ」


 告げるヴェルナ。


「一つ目の宝玉が解放可能だね」


 ヴェルナが指さしたのは『1』と書かれた宝玉だ。

 まばゆい輝きとともに、その宝玉が弾け散る。


「なんだ、これ──」


 目の前に浮かび上がったのは、漆黒の鉄槌ハンマーだった。


 二メートルを超える柄は折れそうなほどに細い。

 対照的に頭部は異様なまでに巨大だ。


 武骨で重厚な金属の塊は、あらゆるものを殺傷できそうな威容を備えていた。


「クラスS神器──『死を振り撒く神の槌ヴェルザーレ』」


 ヴェルナが厳かに告げた。


「すべてを砕き、すべてを殺す──神の槌だね」

「ヴェル……ザーレ」


 俺はそっと柄を握った。


「軽い──」


 見た目はすごく重そうなのに、まるで羽のように軽い。


「持ち主である君だけは自由自在に振り回せるはずだよ」


 ヴェルナがにっこりと笑う。


「じゃあ、時間を動かすね。いくら神でも、あんまり長いこと時間を止めるのは大変なの」

「えっ?」

「君の望みどおり、力を与えたでしょ。後は──どう使うかは、君次第」


 ぱちん、と片目をつぶるヴェルナ。


「死なないでね、ミゼルくん。君、すっごく好みだから。次に会えたらデートしてあげるね、ふふっ」


 同時に──時間が、ふたたび動き始めた。


 ダールが血走った目で俺をにらんでいた。

 ゆっくりと腕を振り上げる。


「死ねよぉっ、『スラッシュ』!」


 歓喜の声とともに切断呪文を放つダール。


「っ……!」


 俺は半ば無意識に右手を突き出していた。

 鉄槌から無形の力が放たれ、ダールが生み出した魔力の刃を粉砕する。


「なんだと!?」


 驚くダール。

 俺は夢中で鉄槌を振り上げた。


「うああああああああああああああああああああああっ!」


 絶叫とともに、振り下ろす。


 ぐしゃりっ……。


 鈍い感触と音がした。


「あ……」


 俺は思わず、呆けた声をもらす。


 まさに、一撃必殺──。

 俺が振り下ろした死の鉄槌は、殺人鬼の頭を完璧に粉砕していた。


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