第622話 蓄積
「な、なんだァ? あの島で何が起こってんだ? 誰かが戦ってるみてーだけど、スゲー魔法だぞ?」
「アース、ひょっとしてお母さんがそこに?」
「んあぁ~、なんかもうお空がめちゃんこ荒れ狂ってるのん!」
「うわァ……ヤミディレが暴れてんのか~……どうする? お兄ちゃん」
「この鯨ももう動けないし、僕たちも援護に行く……必要もなさそうだけどね」
力を取り戻したヤミディレが転移魔法で飛んだ。
だが、その場所はすぐに分かった。空が、海が、一つの島を中心に荒れ狂っているからだ。
『ギガ級の魔法が飛び交っているな……そのうちテラ級魔法が飛び出してもおかしくないほどの魔力だ……』
『なあ、トレイナ。アレ、ヤミディレだよな?』
『……間違いなくな。戦っているのは……深海の姫か? それと、魔力の様子がだいぶ変わっているが……天空王に似たものを感じる……いずれにせよ、力を取り戻したヤミディレの敵ではないだろうがな』
『え? 天空王って……あのハゲ? なんで?』
そして、その中心にいるのがヤミディレであると断言するトレイナの表情は、どこか「あーあ」という様子で目を細めていた。
――くっ、まさかヤミディレが力を……これは完全に想定外……だけれど、新たな力を手にした天空王……そして自ら戦場に出たオツを甘く見ないこと……
エスピ、スレイヤ、ヤミディレに手酷くやられた上に身動きも封じられてしまった鯨だが、仲間の力を信じている様子。
もうすでに、その二人がどうなっているとも知らず……
「アース、どうしましょう……お母さんが……お母さんが……心配です!」
「あ~、そうだな……心配だな……相手が」
ヤミディレが自分を置いて戦いに身を投じた。そのことにクロンは動揺し、そしてオロオロしてしまう。
天空世界以降、ヤミディレを守るのは自分の役目なのだと思っていたからだ。しかし、クロンは「解放状態のヤミディレ」がどれほどの強さかをよく分かっていないため、泣きそうなクロンをあやしながら、アースは「むしろ相手の方がかわいそう」と哀れむような表情を浮かべていた。
「苦戦しているようだな……手を貸してやろう。生まれ変わったこの力を試すいい機会だ。このワシがな」
―――――ッッ!!??
すると、その時だった。
一筋の光が海中から天高々と昇った。
「な、なんだァ?」
「まあ! 海が光っているのです!」
「もう、今度は誰なのん!」
「誰か出てきた……新手かな?」
「気を付けて、お兄ちゃん!」
鯨の動きを封じて身の回りの脅威は去ったと思い始めたところで、新手の出現。
突如海中から何者かが光と共に飛び出して、海面に出ている鯨の頭部へ乗った。
――……あなたは……
「姫の指示はないが、状況的にまずいだろうと思い、このワシ自ら出てきたやった。まぁ、ワシは他の指示待ち共と違い、王であるがゆえに自己判断で動かせてもらった」
飛び乗った何者か。それは一人の男。
そしてそれを見てアースたちはハッとする。
「あれ? ちょっと待て、あいつ……」
「あら?」
「……どう見ても……」
「人間……だよね?」
そう、深海族たちのような亜人の特徴がない。
出現した男は紛れもなく人間である。
少しひょろりとした身体で、体格が良いわけではない。
キノコのような髪型をし、その瞳は自信に満ち、それどころか少し他者を見下したかのような歪みを感じる。
そして、その男は宙に浮かぶアースたちを一瞥し、その上で……
「それに……裏切り者にして恩知らずの娘を懲らしめてやりたいと思っていたところだしな……なぁ? エスピよ」
「……は? ん? 私?」
「そして、その元々の発端とも言える……元凶にもなぁ!」
「……え? 俺?」
その男は、ジッとエスピを、次にアースを睨みつけてそう口にした。
「エスピ、知り合いかい? なんか、君を見てるけど……いや、お兄さんのことも」
「あら~、そうなのですか?」
「ん~……ん~……どこかで会ったことあるような……ん~……お兄ちゃん知ってる?」
「いーや……全然。トレイナは?」
『ん~……ないと思うが……』
言われてエスピは首を傾げる。
たしかに、過去に会ったことがあるような気はするが、しかしエスピはそれが誰だったのかイマイチ思い出せない様子。
アースもトレイナも分からない。
すると男は……
「そうか分からんか……分からんであろうなァ、出来損ないの娘には! この新たに生まれ変わったワシを……分からんであろうなァ!」
「「「ッッ!!??」」」
怒りの籠った笑いを響かせながら、その全身にオーラを纏う。
その激しいオーラに海面が激しく揺れる。
そして、揺れ動く海面の上で、男は叫ぶ。
「エスピよ、まだ分からんかァ? 貴様を育てたのは誰か……忘れたかぁ!」
「え……」
「深海族の、古代の技術で若々しき姿を取り戻した……かつての大戦期、戦場に出ることはなかったが、本来はお前ではなくワシが七勇者となっていたであろうこの力を見よ!」
「若々しい……取り戻した? え? え? あ……まさか……」
エスピは動揺する。
たしかにどこかで会ったことがあるのは間違いないと確信する。
しかし、男の容姿を知らない。だが、面影を感じた。
そして、ようやく一人の心当たりがエスピの脳裏を駆け抜ける。
そのことを、男は笑みを浮かべて肯定する。
「そう! 我こそは、クンターレ! ベトレイアル帝―――――」
「ぶっとばあああああああああああああすっ!」
「ぽぎゃらっ!?」
そう、男はエスピの故郷のべトレイアルの王、クンターレ。
先日攫われて、改造を施されて力を手にし、己の名を名乗ろうとしたその途中で、とりあえずエスピに思いっきりぶん殴られて海面に叩きつけられた。
「うお、え、エスピ? 早……あいつ今、名乗ってる途中で……」
「あら~? 結局誰なのですか、あの人は」
「いや、それよりもお兄さん……あの男、クンターレと……まさか、ベトレイアル帝国の……」
『ほぉ……余も会ったことはなかったが……ふむ……改造を施されたか……しかし―――――』
男の正体に驚き、エスピの行動に驚き、そしてどうなっているのかと混乱するアースやスレイヤに対し、どこか目を細めて哀れむようにクンターレを眺めるトレイナ。
そして、とりあえず力いっぱいクンターレを殴ったエスピは肩で激しく息しながら……
「ふー、ふー、ふー! ふーん、そう! 何でそんな姿してるか、っていうか何をしているか分からないけど、っていうか、何でここにいるのかも分からないけど……確かにそうだよね。国王だよね。で、なにやってんの?」
「くっ、おのれ……いきなり不意打ちとは、恥を知れ……つぅ……だが、もはや生まれ変わったワシには効かん!」
殴られ、真っ赤に頬を腫らして海に叩きつけられたクンターレ。
その痛みと怒りで再び飛び出し、エスピに向かって叫ぶ。
「育ててやった恩も忘れ、このワシに対して無礼極まりない態度……おまけに勝手に国から飛び出した無責任ぶり……もはや許しがたい!」
「……あれ? 怪我が……」
喚きながら、クンターレの頬の傷がみるみる修復していく様子にエスピも気づく。
それこそが、クンターレに施された改造の一つでもある。
だが――――
「それもこれも、あのアース・ラガンというクソガキの所為か! あんなクソガキの所為で貴様は……そう、全ての元凶はあのクソガキ! 待っておれ、エスピ! 貴様を痛めつけた後は、あのクソガキを殺し―――ぱぎゃっっ!?」
「……は? え? ダレガ……クソガキ? ダレヲコロスッテ?」
その喚いている途中で、エスピはまたクンターレの顔面をぶん殴った。
「ぐっ、一度ならず二度までも……貴様ァ! もはや――――」
「ふわふわパニック!」
「んがお、あ、がああああ?!」
また喚く。だが、次の瞬間にはエスピの能力でクンターレは前後左右に激しく高速で揺すられる。
その威力で体が捻じれ、同時に脳が激しく揺れて意識も飛びかけるほど。
「あ、が、あ……」
「ふわふわ回収」
意識が飛びかければ、再生能力があろうと関係ない。
完全に無防備となったクンターレを、エスピは能力で引き寄せて……
「ネエ……ダレガ元凶ダッテ? ダレヲコロスッテ!? ユルサナイ……ユルサナイ!」
「ちょま、まだ――――」
「蓄積パンチ!」
「はぶっ?! っ、っ、な、なに? なん……」
「蓄積パンチ! ソリャソリャソリャソリャソリャソリャソリャッ!!!!!」
「がふっ、きさ、なにを、ごふっ、んぐ―――――」
殴る。エスピが怒りに任せて、その両拳でクンターレをフルボッコする。
だが、その攻撃にアースはどこか違和感を覚える。
「おい、メチャクチャ殴ってるけど……なんかおかしくねえか? 殴ってるのに、あの男……微塵も動いてねえ」
そう、エスピはとにかく勢いよく殴っている。
だが、空中で浮いたままのクンターレは、殴られてはいるものの、身体も顔も一切動いていない。まるで壁でも殴っているように見える。
しかし……
「うわァ……アレは……かわいそうに」
『……なるほど……そういう技か』
エスピの攻撃を知っているスレイヤと、エスピの攻撃がどういうものなのかを理解したトレイナは、揃って哀れみの表情で苦笑する。
「お、おいおい、二人して何だよ……どういう……」
『簡単なカラクリだ。エスピは能力を駆使し、あの男の身体を宙に固定している。そうすることで、殴った衝撃が流れないようにしている』
「……どういうことだ?」
イマイチまだピンと来ないアースに、トレイナは続ける。
『ほら、貴様もたまにやるであろう。殴られたときに、インパクトの瞬間に首を逸らしたり、あえて後方にふっとんだりして衝撃を受け流すアレだ。スリッピングアウェイとかな』
「お、おお……」
『エスピは、あえて相手の身体を固定することで、衝撃が逃げないようにしている。そうすることで、打撃のインパクトがすべて体内に伝わる……』
「な、なん……」
そこでアースもようやく理解し、そして同時に青ざめる。
エスピのやっている恐ろしい技。しかもそれだけではない。
『さらに、エスピはその能力を駆使し……体内に流れた衝撃をとどめて蓄積させている……衝撃の蓄積……その蓄積されて募り積もったものが解放されたら……』
こうしている間にも延々と殴り続けているエスピ。
そしてついに……
「果てまでぶっとべ。ふわふわインパクトリリースッ!!」
「ぴゅ―――――――」
指を鳴らし、クンターレの体内に蓄積され続けた全ての衝撃が一気に解放される。
次の瞬間には……
「ぴぎゃあああ、ぐばぎゃあああ、ぱぎゃ、ぶ、ぼぎゃああああああああああ」
激しい衝撃を受けて、クンターレが変形しながら飛ぶ。
肉が裂け、骨が砕け、全身が捻じれる。
しかも再生能力があるゆえに、死ぬこともできずに、ただひたすらその激痛に晒される。
「いで、だだああ、やめ、たしゅけ、やばあああ、たしゅけ、エシュピ、た、たしゅけ、んぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」
もはや、登場時の威厳や空気は何だったのかと思わせるほどの哀れな姿。
必死に助けを乞うも、一度解放された衝撃はもはや止まることはない。
「あーよかった~。昔は殴ったら殺しちゃうだろうから……お兄ちゃんに嫌われないためにも殴るのだけは我慢してたんだけど……丈夫になってくれたから、ようやく思いっきり殴れるね♪」
衝撃だけではなく、蓄積していた怒りも解放できたようで、エスピは少しスッキリしたように笑顔を浮かべていた。
――クンターレ……な、なんという凄惨な……
「ふふーん。で? 何であんなの仲間にしたか分かんないけど、あんなのを仲間にしないとやっていけないぐらい、深海族って人手不足なの? やっぱ、ゴクウとかが特別なだけだったみたいだね」
もはや再生能力があろうと関係なく、痛覚のみで心も全てへし折ったエスピ。
糸の切れた人形のようにクンターレは力なく海面に落ちた。
「エスピ……お、お前、そんなヤベぇ攻撃もできたのか……」
「あら~……すごいのです、エスピは」
「お、怒らせたら怖すぎるのん」
「……以前、ちょっと喧嘩したときに僕もアレで殴られたものだ」
『衝撃を蓄積させて開放か……色んな応用ができそうだが、いずれにせよ何ともエグイものだ』
その所業、そして笑顔の圧。エスピの圧倒的な姿に、一同苦笑するしかなかった。
だが、それでも……
「ふん、クンターレ王がヘマしたでおじゃるな。だが、仕方ないでおじゃる。あやつは今回集い、そして結成されし、シン・三王の中でも最弱――――」
「「「「ッッッ!!??」」」」
「そして、朕こそ最強でおじゃるッッ!!」
深海からの新手は終わらない。
再び勢いよく深海から何者かが飛び出して……
「そして、朕に不快な思いをさせた、アースとかいう小僧は地獄以上の―――」
「
「あべしっっっ!?」
だが、それがアースに向かって飛び掛かったと分かるや否や、スレイヤがその手に煌めく重厚な巨大ハンマーを出現させて、現れた何者かの顔を見る前に海へ叩き返した。
「おお、スレイヤ! ってか、今の奴……思いっきり潰れてたけど大丈夫か!?」
「わぁ、流石です!」
「んぁ、ってか、めっちゃ容赦ないのん! ってか、今の誰なのん!?」
即反応、そして一切の躊躇いなく相手を潰すスレイヤ。
涼しくクールに溜息吐きながら……
「あのさ、深海族……ただでさえ僕らのお兄さんとお嫁さん候補を誘拐しようとしたんだよ? もうこれ以上……何もさせるわけないじゃないか」
と、エスピに負けず劣らずの容赦なく冷たい目で海を見下ろしていた。
それを見て……
『なあ、童よ……』
「……おう」
『エスピといい、スレイヤといい……そして、もし貴様がクロンと結ばれたら……貴様の家族や親戚は本当に恐ろしい者たちばかりになるな』
「…………」
トレイナの苦笑しながらの呟き。言われて頭の中で『そのもしも』を想像した瞬間、思わず身震いしてしまった。
――あとがき――
おっす。サラリと更新。
本業のほか、カクヨムネクストのほか、別作品の書籍化作業もあったりで身動き取れなかったが……もう自由だぁぁぁぁあ~~~~~~!!!!!!
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