第610話 女を殴る男はクズ

 二人がかりで挟み撃ち。

 洗練された連携。波状攻撃の猛攻。


「かっぱっぱっぱー! かっぱー!」

「ぶひいい! ぶもおお!」


 その技術で、力で、連携で、幾多の強敵を屠り、修羅場を乗り越え、伝説を作ってきた経験がある。


「大魔クロスオーバーステップ!」


 しかし、今のアースは「そんじょそこらの伝説」ならば圧倒する。


「ぐっ、捉えられないかっぱ! 何と速い動きかっぱ! ふぁが!?」

「速いぶぅ! いや、速いというより……キレが……ほぐっ!?」


 そのスピードは図体のデカいファイブジョーを置き去りにし、鋭くキレのあるステップはエイトカイがアンクルブレイクで尻もち。

 経験から動きを先読みしようとも、あらゆるアースのフェイントに翻弄されてしまって追い付けない。

 しかも、攻撃を振り回し続ける二人のほんの僅かな一呼吸の合間に、隙間を縫うような高速ジャブで二人の顔面を跳ね上げる。


「うう~~、すごいです! ふれっふれっアース! がんばれがんばれアース! らぶりー、アース!」


 そんなアースに興奮納まらないクロンは、ポンポンも無い状態でも、アースに振り付けしながら声援を送る。

 本当は一緒に戦いたいが、今のアースにとっては足手まといであり、何よりもアース一人で十分な状態。

 自分が一緒に戦わない方がアースに迷惑が掛からないと分かってしまうことに、クロンは悔しさとまだまだ頑張らないといけないという気持ちが芽生えるが、それ以上に惚れた男のカッコいい姿に浮かれてしまっていた。

 だが、クロンと違ってアースを捕えられないことにイライラが止まらない二人は、強硬手段に出る。 



「おのれぇ、ちょこまかと……仕方ない、ならばその足を止めるしかないかっぱ……これやると怒られるかっぱが……」


「ファイブジョー! まて、ここは艦内で―――」


「後で謝るかっぱ! 床をビショビショにすることを! 水術!」



 ファイブジョーがその巨大な身体をさらに膨らませて大きく息を吸い込む。

 そして吸い込んだ空気を吐き出したかと思えば、吐き出されたのは大量の水だった。


「おお、水かよ」

「わわ、すごい沢山の……床が……」

「んあぁ! 溺れちゃうのん! 汚いのん! 口から出たゲロ水なのん!」


 その水は通路に広がり、やがてそれは立っているアースたちの膝ぐらいの高さまでになる。

 しかし、それだけでファイブジョーには十分――――



「かっぱっぱ、水場を作った! これで素早い動きは封じられたかっぱ! さらに、水場の戦闘になれば誰にも負けな――――かっぱ?!」



 ―――ではなかった。



『水が膝ぐらいの高さまでくれば、当然水の抵抗で素早い動きが封じられる……が、それならば……』


「水の上を走ればいいじゃねえか!」



 アースは当たり前のように水面を走った。


「大魔ジョルトォ!」

「かぷるぱぁ!?」


 そして、それに驚くファイブジョーの顔面をフルスイングでアースは殴り飛ばす。


「ジョーッ! ぐっ、来るなら来いぶひ! 意拳……その極意を見せ―――」

「大魔ハートブレイクショット」

「ぶふぅ!?」

「大魔フック」


 そして、振り向きざまにエイトカイの心臓に拳を捻じ込み、悶絶して固まったその瞬間には右のフックがエイトカイのテンプルに叩きつけられ、そのまま糸の切れた人形のように蹲って倒れた。


「まっ、こんなもんだな」


 今度は立ち上がれない二人。

 アースは一切の傷を負うことなく、伝説の住人でもあるファイブジョーとエイトカイを圧倒してしまった。


「きゃー、アース、も、もう、すごいです、悔しいけど、遠いけど、でも凄すぎてもう、アース、チューしたいですぅ! 好きすぎなのです! ほっぺでいいので、チューしたいです! ハグもしたいです!」

「んあぁ~! おにーちゃん、強すぎるのん! 流石は世界のおにーちゃんなのん!」


 本来は強敵のはずの二人を倒してしまったアースに興奮抑えきれずに飛びついて抱き着くクロンとヒルア。

 アースが強いことは分かっていたし、アースならばきっと何とかするというのは分かっていたが、これほど強くなっているというのは直接見ないとやはり実感できなかった。

 ようやくクロンとヒルアはアースが遥かなる高みにいることを肌で実感し、興奮でアースに飛びついてしまった。


「へへ。問題なかったな。だけど、浮かれてる場合じゃねえ。まだこういうのが他にもいるだろうし、まずはここから脱出して皆の所に帰ろうぜ」

「うう~、アースが頼もしすぎるのですぅ。コンビになるはずなのに」

「そうなのん。で、でも、僕はちょっと残念なのん。せっかく僕の編み出した超必殺技をお披露目できるチャンスだったのに、おにーちゃん全部おいしいところどりなのん。で、でも、おにーちゃんもクロンちゃんの前でカッコいいところ見せたいだろうから今日は譲ってあげるのん!」


 興奮する二人の頭をポンポンと撫でながら余裕を見せるアースに、もう昨晩に続いて蕩けてしまっているクロンに、さっきまで怯えていたのに急に態度が大きくなるヒルア。

 いずれにせよ、このままなら大きな問題なく逃げられそうだと皆が感じていた。

 すると……



「ぬおおおおお、どこだぁああ、アース・ラガン! クロン! カバぁ! 匂いで分かるぞぉ! 某から逃げられると思うなぁ! くっ、ええい、邪魔な水だぁ!」



 どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あっ、この声はさっきの……」

「あの犬さんです!」

「んあぁ、激おこぷんぷんなのん!」


 先ほど、アースとクロンの連携で置き去りにした犬耳女。ハチコ。

 クロンの暁光眼で意識を失っていたはずだが、どうやらもう意識を取り戻して追いかけてきているようだ。


「水面も揺れてるし、けっこう近くまで来てるな。ちっ、めんどくせーなぁ! さっさと逃げるぞ、クロン、ヒルア」

「はい……ん? でもぉ……」

「待つのん、おにーちゃん! 別に逃げなくても、おにーちゃんなら瞬殺できるんじゃないのん? ワンパンなのん!」


 追い付かれる前に逃げようとするアースだが、クロンとヒルアは首を傾げる。

 確かにハチコは強いと思われる。

 だが、今こうしてファイブジョーとエイトカイすらも楽勝だったアースならば、普通に戦ってハチコに勝てるのではないかと。

 ヒルアの言う通り、それこそワンパンで……



「い、いや……さ、流石に女の子殴るのは……ノジャじゃないんだから、さすがに殴りづらい」


「「あ~」」


『ノジャなら殴るのか……』



 そこは、アースのまだ微妙な弱点でもあり、二人も納得した。トレイナはちょっと目を細めてツッコミ。


「そうですね。アースが女の子を殴るの想像できません」

「そうなのん。あの犬さん、お顔は可愛かったのん。おにーちゃん、可愛い敵には弱いのん」


 戦争において「男だの女だの関係ない」というのが戦場の掟ではあるが、兵士でもないアースにとっては、そこら辺はまだ割り切れないものであった。

 それこそ、かつて自分より圧倒的な力のあったヤミディレやノジャのように、そんなことを考える余裕がないような窮地や強敵でない限りは……


「でも、おにーちゃん、天空王子殴ったのん」

「いや、あんとき女だとは知らなかったし。とにかく、女の子の顔を殴るなんてサイテーなことはできねえ!」

『だが、ノジャなら殴るのか』


 












 そして、結果的にハチコはアースに追い付くことはなかった。


「むっ、また走りだした……ファイブジョーとエイトカイが動かぬ? まさか、やられたのか! おのれぇ、アース・ラガン……人が下手に出ていればいい気になりおいってぇ! 逃がさぬぅ、もはや両手足も、そしてあのクロンの両目を抉ってでも逃がさぬ!」


 憤怒に狂い駆け抜けるハチコ。

 それはもはや、アースたちと交渉をしようという冷静さなど微塵もなく、むしろ自分の想いや望みを踏み躙ったアースたちを斬り裂いてやろうという感情の方が大きくなっていた。


「ご主人様ともう一度、ご主人様ぁ、ご主人様ぁ! ソレを邪魔するもの、協力せぬもの、全てが敵! たとえそれが神であろうと―――」


 だからこそ、見えなくなっていた。

 


「ひはははは、そんなに会いたいなら、いっそ死ねば会えるんじゃねえの? あの世で、地獄で、来世でも♪」


「ッ!?」



 十字なっている通路の分かれ道に差し掛かったところで、突如真横から迫る禍々しい気配。

 鋭い爪がハチコの頬に迫り―――


「疾ィ!」

「おほっ♪」


 その爪が僅かにハチコの頬を裂いたと同時に、ハチコは刃を振り抜いて迎撃。

 しかし、その刃はヘラヘラと笑いながら避けられる。

 同時に、ハチコはその存在を視界に収めた瞬間、驚愕した。


「ッ、き、貴様は! バカな、な、何故ここに!」


 それは、ハチコにとっても想定外すぎる存在。

 驚き、動揺し、混乱し、そして―――


「ひはははは、パナイ男女平等ジェンダーパンチィ!」

「ごほっ!?」


 その隙に、現れたソレは容赦なく笑いながら、ハチコの顔面に拳を叩き込んだ。


「かはっ、がっ、あ、っ、き、貴様ぁ!」


 殴り飛ばされ、顔を腫らし、その鋭い犬歯が一本根元から砕けた。

 その容赦も一切ない拳を叩き込んだソレは、ただただ狂ったように笑う。



「ひはははは、何故ここに? パナイ取れ高のためさぁ。一方で、グダグダ回避のためでもある! 相手が女っつーだけでボスが苦戦するってのは、パナイグダグダの始まりだからな……じゃなくて、ボスと嫁が無事に逃げられるため、パナイぐらい身を犠牲にして殿しんがりを務めるのが右腕の務め! ひははははは!」



 その言葉は、混乱するハチコにはまるで理解できないものであった。


「あ、ありえん! どうやって、いや、そもそも貴様の匂いなどまるで……貴様のような汚物以下の悪臭漂わせるクズの匂いを、某が感知できないはずが……」


 そして、同時にハチコは「ありえない」と口にする。

 自分の自慢の鼻が、招き入れたアースとクロン以外の侵入者に、ましてやこうして対面するまで気づかないなどありえなかった。

 だが、ソレは笑いながら懐から瓶のようなものを取り出し……



「そうさぁ~、人の家に上がるなら、エチケットはパナイ守らねえとぉ~、じゃじゃ~ん!」


「ぬ?」


「空気をパナイ変えよう、ラララーラーララララーララララー消ぅ~臭ぅ~ぁ~りきィ~」



 と、ふざけたように歌を歌いながら答えた。

 匂い消しのマジックアイテムを使ったというだけなのだが、そのふざけた態度にハチコの怒りは余計に募る。

 だが、こみ上げる怒りと同時に、アースたちがどんどん離れていくことに気づいたハチコは殺意の籠った目でソレを睨みつけ……



「……くっ……何を言っているか分からぬが……今は貴様の相手をしている暇はない……どけぇ! どかねば、貴様も――――」


「相手の言葉を理解もできねえバカだから、テメエら全員パナイバカなんだよ。何百年もご主人様に発情してるおめでたいバカども。一回ぐらい抱かれでもしたのかなぁ? ひはははは、犬と交尾する人間ってのはパナイド変態だけどなぁ!」


「ッ………コロス……コロス!」


「おっと、狐だけど人間と交尾したい奴が身近にいるから、コレは控えねえとな……ひははは……あっ、でもアレは狐の方がパナイ公認ド変態だからいいのか?」


 

 殴られたダメージを気にせず走り出すハチコ。

 


「まっ、テメエらブランク組と同様にオレも多少のリハビリがあるから……来い、かつて同じ時代を生きた者として、セーセードウドウ(笑)と戦おう!」


「嘘つけええええ!」


「ひははは、ウン、ウソ♥」



 走り出すハチコの前には、最悪が立ちふさがっていた。

 そのことを、アースたちは知らなかった。

 




――あとがき――

最近、もはや7時に投稿する方がレアかもしれんな

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