第604話 賑やか

「さあ、お鍋もライスも食器も全部用意しました! では、女神のカリー屋始動ですっ!」


「「「「「おおぉおおお!!」」」」」



 クロンの号令に拳を上げて応えるアースたち。

 いつもはクロンとヤミディレ、そしてブロとヒルアだけの女神のカリー屋も、今日はいつも以上に賑やかである。


「いつもは私とお母さんでほとんど調理をしていたのですが、今日はアースたちがお手伝いしてくれて、とっても楽でした」

「ああ。つか、お前も随分と料理も手馴れてんだな……俺と同じで最近まで包丁も握ったことないと思ってたのによ」

「甘く見るな、アース・ラガン。クロン様は今まで不要でやらなかっただけで、やろうと思えば何でもできる天賦の持ち主だ」

「おうよ。兄弟と別れてからの妹分の成長は目を見張るぜ……つーか、師範。いい加減呼び捨てで娘を呼べよ~」

「そうなのん! だから、おにーちゃんもクロンちゃんと早く一緒になるのがいいのん!」

「ほんと、これなら確かにお兄ちゃんと一緒にカリー屋やっても将来大繁盛しそうかな? まぁ、将来はまだ分からないけど……」

「ううむ……僕の目から見ても手際はよかった……やはりカリーづくりができるのはまた高評価」

「それにしても、小生もエスピとスレイヤのカリーを十年以上も食べてきたが、作る側に回るとはな……」

「でも、楽しかったよね、ラル先生。みんなでこんなにたっくさんのカリー作りなんて!」


 アース、エスピ、スレイヤ、そしてアミクスとラルウァイフまで加わって手伝ったことで、クロンたちもいつもより遥かに楽だった。

 だが、アースたちにとってはこれほどの量を作るのは初めてであり、それをクロンたちは毎日やっているのかと感心した。


「作るだけじゃなくてここから配るわけだよな……」

「はい、それだけじゃなくて離れた現場の方にも配達があります。ヒーちゃんに乗ってひとっ飛びなのです」

「んぁ~、そうなのん! 僕も毎日お仕事してるのん! 僕のおかげでひとっ飛びでみんなにカリーお届けなのん!」

「そっか………………つか、お前はすっかりコッチに居ついてんのな。親父のバサラは何も言わねえのか?」

「んあ? おとーちゃんは…………おとーちゃんは…………あっ!? ぼく、おとーちゃんと何も話してないのん!? おとーちゃんって、もう月に帰ったのん!? ぼく、おとーちゃんの力使わないと帰れないのん! …………ま、クロンちゃんたちとこれからも一緒だからいいのん」

「はい、ヒーちゃんはもう私たちの家族なんです! だからこれからも一緒なんです!」

「そっか、親子の仲は……って、俺が言えることじゃないけどな。でも、頑張ってるようで見直したぜ、ヒルア」

「んあ~、おにーちゃんに褒められちゃったのん! そうなのん! ぼくはガンバなのん! そうだ、おにーちゃん。今日の配達、クロンちゃんと一緒に僕の背中に乗るのん! クロンちゃんとおにーちゃんのラブラブ二人乗りなのん!」

「ッ、い、いや、て、手伝いはするけど……」

「んふふふ~、ヒーちゃんってば~♥」


 見た目は肥満で怠惰なイメージの強いヒルアもヤル気に満ちた目で仕事をしようとしている。

 それは単純にクロンたちが大好きであり、そんなクロンたちとこうやって仕事を一緒にするのが嫌いじゃないからである。


「うわ~、ヒルアくんってかわいいな~……私も乗りたいな……」

「んああああ! アミクスちゃん、喜んでなのん! おっぱ、じゃなくて、レディを乗せるのは男の役目なのん!」

「ムムム、ヒーちゃん、オッパイに鼻の下伸ばすのはメッですよ? アミクスさんは私のライバルでもあるんですから」

「もう、私には『さん』はいらないよ、クロンちゃん……私もお友達になりたいし……それにライバルなんて……私、クロンちゃんとアース様の間には入るなんて無謀なこと……」

「………ちょっとした動作でオッパイが揺れて……むぅ……」

 

 そしてそんな一同と鑑賞会を通じて互いの顔は知ってはいるものの、実際に会うのは初めての者たちも、あまり余所余所しいところはなく……


「あははは、クロンちゃん気にしない気にしない。お兄ちゃんはオッパイには弱いけど、お兄ちゃん嫁候補でマッチレースみたいになってるのは、同じ貧にゅ……可愛らしい胸のシノブちゃんだし」

「ああ、お兄さんは思春期だけど、それで堕ちるほどの理性じゃないからね」

「そうですか……アースの妹と弟に……私にとっては将来の妹と弟からアドバイス頂けると心強いです!」


 すっかりと皆が打ち解けて、明るい雰囲気いっぱいの賑やかな空気だった。


「それにしても……何百人ものいろんな国の労働者のいる建設現場でクロンたちが……よく魔族やら天空族やらドラゴンやらが受け入れられたな」

「はい、みんなとってもいい人たちで……私たちも本来はいろんな国を旅しながらとも考えていたら、すっかり居ついちゃいました。カリー屋の収入も悪くないですし♪」

「そんなに繁盛してんのか……んで、その建設現場の工事が……イナーイ総合商社が絡んでて、橋を繋ぐ工事で向こうの島にいるマルハーゲンっていう連合軍の元将と、結婚していたノジャの元部下で……んで、トウロウたちまでいて……なんかもー、色々情報量多すぎだ」

「ええ、あの鑑賞会で出てきたショジョヴィーチさんたちのことは私もビックリでした。そして、憧れました……ラブラブで結婚して子供もいて……」


 今日はいつもの昼とは違い、多少大騒ぎになってもせっかくアースたちもいて、鑑賞会で男たちもすっかりアースたちのファンになっていることもあり、皆に紹介したいということで、アースたちも一緒に女神のカリー屋で顔を出す。

 皆で荷物を運びながら、皆の驚く顔を想像しながらご機嫌なクロンを先頭に一同建設現場に向かう。


「ただ、昨日はあの亀やらまで居て、何がどうなってんのかって感じだったけど……なんか、ヨーセイも居たし……そして……気になったのは、あの鬼……」

「……彼女ですか。実は私もよく知らなくて……でも、お母さんは知っているみたいで――――」


 すると……



「うおおおお、すげええ!」


「やっべーなァ、あの姉ちゃん!」


「ああ。よく働くし、何よりも豪快でいいねぇ」


「オーガって怖いってイメージだったけど、あのアカさんってのといい、いい奴もいるんだな!」


「おい、俺らも負けてらんねえぞぉ! しっかりやんねーとよぉ!」


「ああ。それにもうすぐ昼休みだしよぉ、午前のラストスパートよぉ!」



 その建設現場もまたやけに大盛り上がりだった。


「……ん? なんか既にスゲー賑やかだな。いつもこんな感じなのか?」

「いえ……いつも皆さん一生懸命ですけど、こういうのは……」


 いつもは現場の作業音や作業をする男たちの指示やらが飛び交って、確かに静かとはいいがたい現場である。

 ただ、今日は様子が違った。

 クロンたちも何事かと思い、到着した現場の様子を伺う。

 すると……



「おらぁぁあ、この土嚢全部こっちに運べばいいのかぁ~そしたらマジで結婚かぁ~! わっちより貧弱な男しかいねえけど、この汗くさい野郎ども……なんてハーレム! こりゃもう一人ずつと体の相性から全部確かめていくしか……ぐへへへへへへ」



 作業着を身に纏い、それでも覆いきれない筋肉隆々の女が、屈強な男たちですら一つ二つしか持ち運べないような資材などを十以上も軽々と持ち運んでは大声を上げたり、締まりのない表情でニヤけたりしながら現場の中心にいて、現場では男たちの野太い歓声が響き渡っていた。


「あ、アレは昨日の御方! ねえ、お母さん!」

「ぬ……あ奴……何しておる!」


 それは紛れもなく、ドクシングルであった。


「あいつ……昨日の……」


 アースも思わず立ち止まってしまう。

 昨日はマルハーゲンとショジョヴィーチたちを助け、そしてそのまま島の方で泊まっていたはずのドクシングルがこちらの現場に出没し、そして何故か労働者たちから歓声を浴びて悦に入っていた。



『トレイナ……昨日はもう色々と頭がパンクしそうになる感じだったんであえて騒がなかったけど……アレ……』


『うむ……何故いるか分からんが……鬼天烈の中でもトップクラスの力を持ち、ハクキからの信頼も厚い武の象徴……ドクシングル』


『メッチャつよそーだな……普通に腕力やべえだろ……』



 アースも驚きながらもトレイナに確認。

 一応、あのドクシングルが鬼天烈の一人であることは聞いていたのだが、正直情報量が多すぎてそれほどではなかった。

 何よりも昨日は、深海世界の勢力と戦っていたこともあり、敵の敵は味方というような立ち位置で、あまり深くツッコミは入れたりしなかった。

 だが、それでもドクシングルがハクキの配下の鬼天烈であることには変わりない。


「さーて……向こうから来たみたいだけど……どうなるかな、お兄ちゃん」

「僕たちはハクキとは敵対関係だけど……」


 悪い奴ではないと思う。が、それでもエスピとスレイヤもいつでも動けるように神経を張る。

 そして……



「ん~? ……おお、来たなぁ~! アース・ラガンッ! あっ、ヤミディレ大将軍、おはざっす!」


「「「「「…………え? ………あっ――――――――ッッ!!!???」」」」」



 向こうも気づいたようで、そして普通に大声で手を振って声をかけてきた。

 それに釣られて現場作業の男たちも一斉に手を止めて振り返り、そしてクロンたちと一緒に、アース、そしてエスピやスレイヤたちがそこに立っているのに気づき、驚愕の表情で固まって、全員の手が止まって静まり――――



「わあ、すごい……こんなに大きなところで、こんなに沢山の人たちが働いてる……うわぁ……あっちの奥の方まで、よっ、ほっ、ん~、見えないぐらい遠くまで……すごい!」


――――バルンバルンバルン!!


「「「「「ッッッッ!!!!???」」」」」



 静まり返ったと思ったそのとき、これだけ広々とした場所、これだけの多くの男たちが働く現場を生れて初めて見たアミクスはワクワクした表情をしながら、遠くまで見渡すようにジャンプした。

 そのとき、激しく上下左右に揺れる巨大な二つの乳房の異常な震えに目が釘付けになった男たちは……



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」」」


「ひゃっ、わ、わあ!?」



 天地が震えるほどの大歓声を上げ、中には拝み、膝まづいたり、祈りを捧げている男たちまで居た。

 そんな状況に、先ほどまでご機嫌だったドクシングルが一瞬で憤怒に変わる。



「ぬうわ、ちょ、テメエらぁ! さっきまで、わっちに夢中だったくせに浮気……こ、この、そんなに若い娘の乳がいいかこの野郎がぁ! この、ぉお、人の未来の旦那を……この泥棒猫がぁぁぁぁぁぁ!」


「え、きゃ、な、なに、こわい、え?!」


「同じ女ぁ、殴っても心は痛まねえ! わっちの未来の旦那候補たちを寝取る……いや、見取った小娘、ぶちのめすっ!」



 その怒りをアミクスに向け――――


「やめんか、ドクシングル! 客だ……ましてや、クロン様の前で騒動は許さんぞ?」

「ヤミディレ大将軍、だ、だけどよぉ!」


 そのドクシングルをヤミディレが一喝して止める。

 かつての上官のような存在に頭が上がらないのか、ドクシングルはギリギリ止まるも、何かの拍子で飛び出しかねない。

 そんな一方で……


「むぅ~~~~……いつも元気で挨拶してくれる皆さんが……今日はまだ私にしてくれません! うう~……オッパイ……やっぱりライバルです!」


 毎日自分が姿を見せただけで男たちは疲れも気にしないぐらいのキラキラとした表情と元気でクロンに挨拶するが、今日はアミクスの胸に気を取られて男たちはまだクロンを見ていない。

 クロンとしては昨日皆に心配させたお詫びや、プレゼント(本当はパリピ)のお礼を考えていたというのに、ムムムと頬を膨らませて拗ねる。

 そして……



「あのさ……一応、お兄ちゃんはあの鑑賞会でスターみたいになっているって感じなのに……みんな、お兄ちゃんのこと全然見てないね……」


「……いや、べ、別にいいけどよ……」



 まだ誰も男たちはアースを見ていなかった。












 そんな地上でドクシングルがはしゃいでいた頃……


「……ドクシングルが地上に?」

「みたい~、どうするんですか~、親分。ヤシュラのおじさんも分かんないし、結局連絡付いたのは、暇を持て余してる修行オタの長鼻爺さんだけなんだけど」

「そうか……やれやれ、自由なものだな……」


 十数年間も隠遁していた荒ぶる猛者たちを引き連れて、間もなく歴史と世界を変えることをやろうとしているというのに、肝心かなめの重鎮たちが全員揃わないという事態。

 レンラクキの報告を受けてハクキは苦笑していた。


「で、どうします~? 今夜……あのおじさんとおばさん両方いないし、また日を改めて――――」

「いや、必要ない」


 ハクキにとっては自軍の中でも最強クラスの戦力である二人を欠いた状態。

 それは大幅な戦力ダウンとも言え、人類の盟主でもある帝国を襲撃するには―――――



「どうせ、ヒイロもマアムもベンリナーフもいない。コジローたちもジャポーネ。アース・ラガンたちも不在。存在するのはソルジャとライヴァールと、平和ボケした帝国騎士団……容易いものだ」



 だが、それでも今の自分たちであれば帝国を堕とすぐらい訳ないと、ハクキは予定を変えることはしなかった。

 たとえ、人類最強の軍事力を誇る帝国であろうと、既に一番厄介だったヒイロたちはいない。

 ならば、鬼天烈の二人を欠こうとも、何も問題ないという自信であった。







――あとがき――

う~む……忙しすぎる。ちょっとゆっくりさせてもらうかもしれぬ……許してちょ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る