第588話 全て繋がっている

 魔王軍の六人の大将軍である六覇。

 その筆頭にして最強と言われたハクキ率いるオーガの軍は最強と呼ばれ、特に選りすぐられた力の持ち主の上位百人は鬼天烈大百下という特別な称号を与えられた。

 歴史上、魔王軍は勇者に敗れ、鬼天烈大百下も戦死者多数でほとんど解体状態だった。

 しかし、頭は潰れず、そして生き残った者たちは世界各地で息を殺し、爪を磨き、再び暴れる日を待ち望んでいた。


「和尚様はおられるか?」

「まだ滝で禅を組んでおられるが、終わるまで待てぬか?」

「それが急にとのこと……和尚が滝行を始められたらいつ終わるか分からぬ」


 そこは魔界。

 旧魔王都市とは遠く離れ、管理も及ばぬ果ての地。

 俗世間から離れ、悟りを開くために日々修行に明け暮れる数百人の魔族たちが集う施設が存在していた。

 そして、その施設を収めるのが……


「和尚様! 修行中のところ大変失礼いたしますが、急報です! 先ほど、レンラクキより通信が入りました」


 若い修行者たちが足を踏み入れたのは、巨大、そして激しく流れ落ちる滝に打たれながら、微動だにせずに宙で目を瞑っている、一人の魔族。



「……レンラクキ……」



 その瞬間、その魔族は目を大きく見開いて滝より出てきた。

 常人を遥かに超えた巨躯。

 背中に生えた黒い翼。

 靡く長い黒髪と、長い髭。

 頭部より伸びるのは、オーガと連なる二本の角。

 そして何よりも特徴的なのは、高く、そして長い鼻と真っ赤な皮膚。


「過酷な修行中のところ誠に失礼いたします。しかし、レンラクキからは……その……ハクキ様からの伝言とのことで……」

  

 修行者たちは申し訳なさそうに頭を下げながら片膝をつく。

 しかし一方で頭を下げられた方は……



「そうか……ついにか……待ちくたびれたじゃもん」


「和尚様」


「それに、邪魔やらなんでも大いに結構じゃもん。いかなるものにも乱れぬ心……魔を操るものとして必要なのは、何事にも動じぬ平常心じゃもん……しかしィ!」



 怒っていない……のだが、先ほどまでの重たく纏っていた空気や表情は更に重くなり、口角が吊り上がった。


「しかし、十数年の瞑想や座禅で身に着けた平常心も、ハクキ様の名が出ると熱くなるじゃもん。ついに十数年前の傷ついた誇りを再び取り戻す日が来たんじゃもんと早まって期待してしまうじゃもん……で? レンラクキは?」

「っ、は、はい、いま、こ、こちらの魔水晶に」


 圧倒するようなプレッシャーを放つ笑みに恐怖しながら、修行者は魔水晶を目の前の人物に渡す。

 すると、その緊迫した空気を読まずに、魔水晶の向こうからは……


『おひさー、長鼻のおじいちゃん。そっち暑いらしいから今日も水浴び~?』


 と、怖いもの知らずの声が飛んできた。

 それに対し、修行者たちは顔を青ざめさせて震えるが、一方で言われた方はむしろ逆に……



「ふぉっふぉっふぉ、水浴びとは酷いじゃもん。魔力を練り、精神を鍛える立派な――――」


『ふるくさ~、筋トレ一つでもして、栄養あるもの食べる方がよっぽど効率的じゃんとか思うけど、大丈夫? いま流行りの地上世界のスーパースターはほんと効率的ななんかを色々とやってるみたいだよ? あんま知らないけど。長鼻爺さん知ってる?』


「んん? 流行りと言われてもこの地は世間から遠く離れてるじゃもん……というか、人を世間知らずという割に、そちらこそ……ふふふん、相変わらず怖いもの知らずの小僧じゃもん」



 と、重たい空気が和らぎ、むしろ笑った。


「で、レンラクキよ。ハクキ様からはなんと?」

『ん? あ~……そろそろ暴れるからまず最初は、次の満月の日の夜にディパーチャー帝国に全員現地集合だってさ』

「……………ほう、帝国……って、ふぁっ! いきなり帝国じゃもん?! しかも現地集合とは……大層な自信じゃもん。流石はかつてワシが崇めた『シュテン様』の血を引く鬼族の覇王じゃもん!」

 

 そして、更にハクキからの伝言の内容自体にはさすがに驚いたようで表情が変わった。

 だが、ソレはビビったなどということなどではない。

 震え。

 武者震い。



「帝国……よいじゃもん! そして……ふふふ、久々に魔法合戦……この十数年で互いはどこまで極まったか……ケリをつけようじゃもん、ベンリナーフッ! 血が滾るじゃもん! ベンリナーフにかつて不覚を取ってから十数年、あの日よりこの日をただずっと待ち望んてきたじゃもん! もちろん、ヒイロや他の七勇者も同じじゃもん!」


『…………あ………』


「ん?」


『ん~……ベンリナーフ……ま、いいや、コレは、めんどくさいし』


「んん?」



 滾るその様子を見てレンラクキは何かハッとしたが、面倒だからと説明するのをやめて、その意味を気にされるもソレも無視し……



『というわけだから~、ちゃんと来てよね。真・鬼天烈大百下の序列3位なんだし、最古参なんだからさ~』


「ふぉふぉ、ヲイヲイ、そんなめんどくさそうにしたり、生意気言ったり………………実際に会うのが楽しみじゃもん、レンラクキ」



 そう言って、連絡を受けた男……いや、異形の鬼は拳を握った。

 鬼天烈大百下の最古参にして序列3位の力を持つ者。


「敗北者として刻まれた史を上書きに行くかじゃもん……『修験鬼・テング』の名を……」


 再び世界の表舞台に出ることとなった。

 

『あー、頑張ってね。最悪、ハクキの親分と長鼻爺さんの二人でいっぱい頑張ってもらわないとだし……』

「……ん? どういうことじゃもん?」


 と、気合を入れて滾るテングであったが、そこで聞き捨てならないことをレンラクキが口にした。

 

「どういうことじゃもん。ワシを呼ぶからには当然、序列2位の『ヤシュラ』……そして鬼姫だって―――」

『あ~、ヤシュラのおっさん……それと、『ドクシングル』の行き遅れおばさ――――』

「をいをい、ソレ本人に言ったら殺されるじゃもん! 本当に弄るなじゃもん! 過去にソレを弄った六覇の闇の賢人が顔面ぶん殴られて内紛がヤバかったじゃもん……ハクキ様と大魔王様が仲裁入ったのと、闇の賢人自体が殴られても怒る部下がいなかったというぐらい人望なかったことで、なんとかドクシングルは功績昇格全取り消しの長期謹慎処分で収まったが……っとに、怖い若者じゃもん……で、二人はどうしたじゃもん? 二人にも連絡は?」


 過去のことや礼儀もまるで弁えないレンラクキに、段々と最初の威厳が崩れて頭を抱えだすテング。

 そして、テングのその問いにレンラクキは……


『連絡つかなくてさ~、色々知り合いに当たって探してるんだけど……行方不明? あなたは知らない? それとも死んだかな?』

「……いや、それはないじゃもん……いや、ワシも今の新政府やライファント殿に見つからぬように隠居してたので、あやつらとも連絡とっとらんので知らないじゃもん……」


 かつての同志の動向が不明。

 そのことにテングが眉を潜めていると……



『あっ、ちょっと待って……今、別の通信が……あ~……めんどくさいから同時につなげるね。時代はリモートで楽に繋がれるねえ』


「は? いや、ちょっ、待っ……」



 途端に魔水晶の向こうで、レンラクキが別の誰かからも通信が入ったと口にし、そしてあろうことかそれを繋げると言い出した。

 急に何のことか分からず一瞬首を傾げたテングだが、突如魔水晶に映し出されていたレンラクキのスペースが半分になり、もう半分には別の新たな人物が映し出された。



『やあやあ、こんにちはレンラクキ氏……先ほどは立て込んでいて出られずに申し訳ない』


『はろはろ~』


『あれ? そちらも立て込んで……おぉ~これはテング氏』


「ッ、に、人間!? いや、そなたは……イナイの息子……シテナイ……」



 映し出されたのは人間であり、しかもテングもよく知っている人物であった。


『あっ、シテナイ君、今度親分たちと帝国攻めるからさ~、イナーイ都市は大丈夫かもだけど、帝都にお友達とか大事なのがあったらさ~、逃がしといたほうがいいよ~』

『へぇ~、そうなんだ。それはサラリと重要情報感謝』

「ってヲイ! レンラクキ、何をサラリと話しておるじゃもん!? そもそも何故こやつが……」


 そんな口空けて驚くテングを無視し、レンラクキは勝手にシテナイと話をしだす。

 

『ちょうど話をしててさ~、シテナイ君さ~ヤシュラのおっさんと、ドクシングルのオバ姉さんどこいるか知らない? 連絡付かないんだけど』

『ん~? 連絡付かない? 移動中なんじゃないかな? その最新の魔水晶も魔力の波が乱れるほど速い移動中とかは使えないし』

『移動中?』

『そう。で、ヤシュラ氏のことは分からない。けど、ドクシングル氏とはつい先日話をしたよ。本当に偶然にだけど、彼女が魔王軍所属時代に死んだと思っていた友達が地上世界で生きていることが発覚してね……場所を教えてあげたから、たぶんそこに行ったかな?』


 シテナイのその言葉を受けてレンラクキも、そしてテングも反応する。


『へぇ~……そうなんだ』

「あやつ、何を勝手にそんなことしているじゃもん……世間的には死んだことになっているとはいえ、顔が売れているからあまり無闇に動くなと言われているじゃもん……」

『魔界じゃなくて地上にいるのか……しばらくしてまた通信やり直してみるか……でも、めんどくさいなァ……というわけで、帝国でのウォーミングアップはハクキ親分と長鼻爺さん中心にお願いね」

「めんどくさがるなじゃもん! つーか、貴様も戦うじゃもん!」


 戦友の勝手な行動と、さらに段々あからさまにめんどくさそうになってきたレンラクキに声を荒げるテング。

 そんなテングの様子を修行者たちはポカンと眺めており、さらに……


『おや? ん? ごめん、こっちに別の通信……あ~……ん~……後で、いや、ひょっとしたら注文内容の変更……ん~、まあいいか。ごめん、ちょっと別のに出る』

「んお? ちょ、おい! 貴様までワシを前にしてなんじゃもん、その態度は! ワシは鬼天烈の―――」

『もしもし、オウナ氏。どうしたの? え? 追加注文……え、情報? ……ナンゴークの情報? ……それはまたタイムリーな……しかし何で? ……ほう、アース・ラガン氏が次にそこへ……なら、ナンゴーク以外のとっておきの情報があるんだけど……ん~、すまない、レンラクキ氏、テング氏、俺の顧客なんだけど、ちょっとおもしろそ……関係ありそうなのでこの場に招待する』

「は!? いや、ちょ、急に何を!? ヲイ、シテナイよ、ワシは―――」


 レンラクキがテングとの会話中に無礼にも無断に話の場に呼んだシテナイ。

 そのシテナイもまた、なんとテングの意向を無視して急にまた別の人物を呼び寄せる。


『あら? えっと……魔族の人たち……あっ、どうも初めまして。オウナ・ニーストっていいます』


 そして、最初はテングの持っていた魔水晶も、レンラクキしか映っていなかったが、強制的に三分割されるかのようになって、三人目の者が映し出された。

 それはまたしても人間であった。

 しかも、シテナイと違って今度は本当に何も知らない、見ず知らずの人間である。

 そして……


『どーも、はじめましてー、緊張するから僕はあんま喋んないけど、レンラクキっていうから、よろしく~』

『あ、どうも初めまして。えっと、そっちの方は……?』

「…………鬼天烈大百下が一人、修験鬼・テングじゃもん……」


 せめて、自分の名でビビらせてやろう……そんな気持ちが少しあったため、テングは精一杯威厳を込めて告げた。

 だが、オウナは……


『ほぉ~、鬼だし強そうだし凄い人なのかなって思ったけど、すごい有名人……で、社長どうして俺っちをこの場に? 何か重要そうだし、俺っち後回しでも……』

「ん?」

『いやいや、アース・ラガン氏が次にナンゴークに行こうとしているのなら、色々と共有できる範囲でして欲しいかなって』


 確かに驚いた。だが、何となくテングが期待した驚き方とは全然違い、それどころかそのまま普通にシテナイと会話しようとし始めた。

 それに少しムッとして、



「おい、シテナイとやら。そしてオウナとか言う人間。二人の会話であれば勝手に二人ですればよいじゃもん。ただし、ワシの前から消えるじゃもん。ワシを誰だと思っているじゃもん!」


『あっ、ほんとごめんなさい。いや、ほんと俺っちも何でこの場にいるのか分からない―――』


「言ったであろう! ワシはテング! 知らぬじゃもん? 六覇のハクキ様と共に数々の戦乱を駆け抜け、近代ではヒイロら七勇者、それこそかつてはピーチボーイ、カグヤ、ミカド、ツナら―――」


『知ってます知ってます知ってます……っていうか、そっか……鬼でピーチボーイの時代からなら、ゴクウとも戦ってるのか』


「ほう、良く知っておるじゃもん」


『ほら、だって、ジャポーネでは今日ゴクウがアースッちと大活躍だったし』


「そう、もう今は亡きかつての……って、何を言ってるじゃもん? 出てきた?」


『え? だって、鑑賞会の生配信……あれ? 見てない……ですか? ゴクウが実は生きてて登場~っていう……アースッちとあんなにスゲー戦いを見せてたのに』


「じゃもん? いやいや、あやつはもう竜宮城ごと死んだはずじゃも……え? 生きてた? いや、え? 鑑賞会? なまはいしん? あーすっち? なんじゃもん、それは!」



 確かに、パリピ主催の鑑賞会は魔界でも流れていた。しかし、それは、広大な魔界全土までにはさすがに行き届いていなかった。

 それこそ、隠れ住むように潜んでいた人里からも遥か遠くに離れた辺境の地の空まではなおさらである。

 すなわち、テングやこの地にいる修行者たちは鑑賞会のことを何も知らなかったのである。


「おい、レンラクキ……」

『あ~、僕もあんま詳しくないんだけど~、途中で寝たし。アースってのは、いま一番地上で有名なの。勇者ヒイロの息子で~、でも息子扱いは嫌いで~、でも、なんやかんや色々がんばって、六覇のヤミディレ、パリピ、ノジャ、ゴウダを倒したっていう感じ~?』

「…………は? はァ? いやいや、何を……だいたい、え? ろくは? え、やみでぃ、ぱり、の……いや、だって、は? ゴウダ大将軍なんてそれこそヒイロが……」

『あと、ゴクウやら竜宮城の連中が実は生きてたの本当っぽいよ~。だから、ハクキ親分も熱くなっちゃってさ~』

「……ふぁぅあ!? えい、いや、わ、どういうことじゃもん!?」


 こうして、頭抱えてもうパニックするテングは、座禅やら瞑想やらで鍛えた平常心やらはまやかしであったと、全てを呆然と眺めている修行者たちに示してしまったのだった。

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