第587話 けつまつ

「とりあえず私は父と母と合流するわ。これからのジャポーネ……国王と王妃不在の中でどういう方向へ国を持っていくのかも確認したいしね。ハニーたちはどうする? まさか、このまま……ではないわよね?」


 ゴクウたちにもう一度会って改めて話さなければならないが、それに同行できないシノブがアースたちに問う。

 まさかこのまま旅立つのかと。

 アースたちも互いに顔を見合い、苦笑しながら首を横に振った。


「いや、流石にちょっと今日は疲れたしよ……」

「だよね~、今までも戦いはけっこうしてきたけど、こんなにガッツリ使ったのは私も久しぶりだしね」

「ああ、僕もだよ」

「僕もダディが心配だが、今は消耗しているしね」


 流石にアース、エスピ、スレイヤ、そしてガアルは今回の戦いで激しく消耗したので、まずは休むことを決めた。

 それを聞いて少しホッとした様子のシノブは、そのままアースに笑顔で近づき……


「そう……分かったわ。なら、明日改めてね。だからハニー……明日以降と言っておきながら、私に『行ってらっしゃい』もさせずに旅立ったりしたらどうなるか分かるかしら?」

「ん? いや、だからそんなことは――――ッ!?」


 と、その時だった。

 シノブがノーモーションでクナイを放つ。

 アースも気を抜いていて反応が遅れ、既にクナイは眼前に。

 だが、それを直前でも回避できる目と反応速度を持つアースは首を最小限に動かして慌てて回避。

 

「あっぶな――――ぬおっ!」


 回避できたと思ったが、すぐに背後に気配。

 シノブはクナイを投げた瞬間にアースの背後に高速で回り込み、自分で投げてアースに回避されたクナイを自分でキャッチして、背後からアースを一閃。

 アースも寸前に気づいて、前方に飛びのいてギリギリで回避。


「な……し、シノブ……」


 思わぬ一瞬の攻防。思わず固まるアースと、突然のシノブの奇行に全員が言葉を失っている中、シノブは舌を出しながら笑みを浮かべた。


「あら、どうしたのかしら、ハニー。いつでも暗殺していいという話を忘れたのかしら?」

「……あ……」

「言っておくけど、私はハニーが世界のどこに居ようとも分かるし追いかけられるから……もし黙って旅立ったら、今後どこにいようと安眠できないと思うことね♪」


 と、ジャポーネに来る前に決めた暗殺訓練を持ち出して釘を刺した。


「あ~、そういえばそういうのやってたね、お兄ちゃんとシノブちゃん」

「どういうことだ、エスピ! どうしてお兄さんとシノブがそんなことを! お兄さんが怪我したらどうするんだ!」

「おやおや、物騒なレディだ」

「ちょ、し、シノブちゃん、アース様を暗殺って、訓練? え、どういうことなの!?」

「またよくわからないことを……過激な……」


 そのことを知っていたエスピ以外は皆が「暗殺!?」という顔で慌て、そして提案した張本人であるアースも……


(あっぶな……そのことすっかり忘れてた!?)


 と、頭から抜けていたことを思い出してドキッとした。


『ふっ……シノブも時空間を使った移動術が使えるだけに、やはりなかなか良い訓練になりそうだ。』


 そして真にコレを考案したトレイナは満足そうに頷いていた。


「ったく……黙って行くわけねーだろうが」

「ええ、だから念のためよ。ちゃんと家族そろってハニーにもお礼したいし……ジャポーネを救ってくれたことを」

「いや、別に俺一人ってわけじゃ……」

「それでもよ。救ってくれただけじゃない……マクラのことだってハニーが居たから私は正面から言葉をぶつけ合えた……だから、ありがとう。あと、愛してるわ」

「ぶっ?! ちょ、おま――――ッ、て! 愛してるって言いながらクナイ投げんな!? ドキッとして反応遅れただろうが!」

「うふふふふ、ん~、ちゅっ♥」


シノブ自身はどこかイキイキとしており、最後は投げクナイの後にアースへ向けて『投げキッス』をして、王都へ走った。

 

「あははは、シノブちゃんったら、すっかりご機嫌だね、お兄ちゃん」

「ああ……初めて会ったとき……より、もっとイキイキしてるっていうか……」

「それだけ、あのマクラという友人と本音をぶつけ合えて嬉しかったんだろうね」

「坊やは相変わらずモテモテだねぇ」

「わわわ……シノブちゃんすごいなぁ……愛してるとか投げキッスとか……いいなぁ……私がアース様にできるとしたら、オッパイで―――」

「やめよ、アミクス。族長が卒倒する」


 立ち去るシノブの姿に、一同は呆れる一方感心したように笑い合いながら、少し和やかな空気が流れた。

 すると……


「そんじゃ、俺っちもそろそろ家の方も心配だし戻―――」

「おう、そうか! それじゃー元気でな! ああ元気でな! おう達者でな!」


 と、オウナも家に帰ることを口にしようとした瞬間、アースはこれには言い終わる前に反応して嬉しそうにしながら別れの言葉を並べる。


「……アースッち、久々に会った元クラスメートに冷たくね?」

「いやいや、心配ならさっさと帰るべきだ! おお、帰るべきだ」

「ったく、俺っちの家がメチャクチャになってたら片付け手伝う~とか、お礼に俺っちの秘蔵コレクションも分けてあげたりとか、無事だったら一泊泊まって昔話~とか、ねーの?」

「はぁ? 自分の家のことぐらい自分でしろぉ! コレクションもいらん! あと、俺たちは一泊せん! もうここに用もないしな。アミクスだって、族長が心配するだろうしな!」


 アースからすれば、元クラスメートと昔話を談笑するよりも、弟や妹やらが居る目の前であまり知られたくないことをポロっと語られたくないということの方が大きいため、アースは帰ることを優先しようとする。

 だが……



「うむ、アミクスへの折檻があるし、小生らもさっさと帰りたいところ。一足先に戻った大将軍が……攫ったあの王妃の小娘をどうしているかも気になるしな」


「うぇ~~~~、お父さん……はいいとして、お母さんの折檻は嫌だよぉ~。全部ノジャちゃんが~……うう、私はお留守番ちゃんとして、アース様たちと一緒にカロリーフレンド作るだけでよかったのに~……」



 そのとき、ラルウァイフの言葉でアミクスが半泣きになりながら呟いた言葉でアースたちはハッとした。



「「「あっ……」」」



 今ではこんなことになってしまったが、そもそもアースは何故今こうしてジャポーネの王都に来ていたのか?

 それは、買い物がそもそもの目的だったのだ。


「小麦粉と卵……」

「あ~……それもすっかり忘れてたね、お兄ちゃん」

「ああ。いや、別に大した理由でもないと言えばそうなんだけど……あ~……買い物って……」

「いやいや、できないでしょ、お兄ちゃん。王都はとんでもないことになってるし……」

「だよな……」


 そう、鑑賞会で出てきたアースとスレイヤの思い出のカロリーフレンド。

 本物は魔界の製品だが、材料さえあれば自分たちで作ることができるというもの。

 その材料を買うために、アース、エスピ、そしてシノブが王都に来たのだということをすっかり忘れていた。


「つっても、こんな状況だしな。諦めるか」

「そーだね。ま、カロリーフレンドなんか作らなくても、別に―――」


 だが、別にそこまで重要なことでもないので、「仕方ない」とアースとエスピが諦めようとした時……



「何を言っているんだい、お兄さん! カロリーフレンドの材料を集められないとは、非常に由々しき事態ではないか!」


「「え……」」


「僕とお兄さんの兄弟の盃ともいうべきカロリーフレンド。それを食べてみたいという現代を生きる人たち、集落の人たちにもそれを分かってもらいたい、もっと広めなければならない、それほど重要なものなんだよ? 僕とお兄さんが地上世界にカロリーフレンドを広めなくてどうするんだい!」



 と、スレイヤが鼻息荒くして声を上げたのだった。

 もともと、スレイヤの方がカロリーフレンドに対する思い入れが強かったこともあり、自分で作れるなら是非ともという気持ちも強かったのだ。



「いや、つってもなぁ、スレイヤ。今から、しかもあんなゴタゴタしているところで俺らが顔出したら余計に王都の連中が騒ぐだろうし……商店が並んでる中央の通りはゴドラがメチャクチャに……」


「で、でも、何かしらあるはず! そう、たとえばあの宮殿にある卵やら小麦粉とか、一般家庭から分けてもらったりすれば……集落全員にいきわたるぐらいのカロリーフレンドの調理は――――」



 とはいえ、今から卵と小麦粉だけを分けてもらうために王都の民たちの前で顔を出したらその方が面倒なのではないかと思って、待ったをかけるアースだがスレイヤは引く様子はない。

 そんな中でオウナが……



「たぶん今から住居を破壊されたりした人たちやら瓦礫の処理やらの作業する人たちやらが集まって、その人たちに対して材料持ち寄って炊き出ししたりするだろうから、あんまり大量に分けてもらえないんじゃ……」


「ッ?!」



 帰る間際にサラッと呟いたその一言で、スレイヤは目に見えるぐらい落ち込んだようにガックリと項垂れたのだった。


「おい、落ち込むなよ~、スレイヤ。俺とのアレだったら……ほら、カリーでいいじゃねえか」

「それもそうだけども、カロリーフレンドこそが、僕とお兄さんだけの……くう……エスピ関係なく、ボクダケの……うう」

「ったく……よし、カリーにするぞ。カリーだ。集落の皆に俺のカリーを……あ……でも、アレも全員に振舞うほどの……材料がもう……」


 スレイヤの頭を苦笑しながら撫で、代案を口にしようとしたアースだが、すぐにソレの材料も集落全員に振舞うほどないと気づくアース。


「えええ!? そうなの、お兄ちゃん!? って、そっか……スパイスもコーヒーももう……お兄ちゃんと私とスレイヤくんで、過去でも現代でもだいぶ……」

「ええええええ!? そんなー、それじゃあ、カロリーフレンドも、アース様のカリーも私たちは食べられないんですか!?」

「ぬぅ……それは小生も残念……しかしまぁ、それも仕方なしか……」

「カリーとは、あの……ぼ、僕も、天空世界に帰る前に食べてみたいな……」


 そうなったら今度はエスピたちまで残念そうに声を上げる。

 だが、それも今のジャポーネ王都のことを考えれば仕方のないこと。

 家がメチャクチャになった人たちもいるだろうに、そんなところで自分たちが贅沢を言うわけにはいかないと、諦めるしかなかった。

 すると……



「あのさ、アースッち……それなら、俺の知り合いの商人にコッソリ頼んで即納してもらうように頼もうか?」


「え?」


「「「「ッッ!?」」」」



 そこで、意外な救いの手が入った。



「お、オウナ……そ、それは……」


「ああ、俺っちの親の友達というか、趣味の教え子というか……そういう人がいて、色々と手広く何でも扱ってる商人なんだ。俺っちも激レアな秘蔵のモノをそのルートから買ってたりね……ジャポーネの人じゃないから大丈夫だと思うし」


「ぬっ……」


「ま、流石に今すぐってのは無理だけど、明日の朝には……って感じかな?」


「…………む、むぅ……」


「どうする? 条件として、家の片づけでも手伝ってくれたらありがたいけど~」



 その言葉にアースは思わず言葉を詰まらせる。

 意外な人脈。

 そもそも、オウナの親自体が、あのノジャと個人的に繋がりがあったり、国王の食客だったりと、色々と普通ではないので、そういう知り合いがいてもおかしくはなかった。



「よ、よし、それならみんなは先に帰ってくれ! 俺だけ残―――――」


「「「ぜひよろしくお願いします! 家の片づけならすぐにでも!」」」



 あまり、自分以外の人にオウナに関わって欲しくなくて、アースだけが残ることを提案しようとする前に、エスピもスレイヤもアミクスも身を乗り出してオウナの手を握った。


「ははははは、だってさ、アースッち♪」

「あ~、くそぉ……」

「もー、安心しろよ。余計なことは何も言わないから。そう、俺は余計なことは言わないし、とぼけるし、言わないと約束したことは必ず守るぞ! たぶん!」

「たぶんじゃねーよぉ! だから……その、お、俺がお前から、その、あれだ、入手していた……いや、もう知られてるけども、あんま細かい情報とか好みのタイトルとかは……」

「分かってるって、言わないって。友達じゃないか!」


 アースの懸念も心配し過ぎだと肩を叩いて安心させ、それでもアースは安心できずに項垂れたのだった。


「んじゃ、ちょっと俺っちは連絡してみるから……あ、ガアル王子~、アースッちたちを先に裏から案内しといてくれる~? 俺っちの家を知ってるのガアル王子だけだし」

「む、ソレは確かに……では、行こうか、坊やたち。人に見られないようにね」


 ここで正面から行っては、人に見つかりやすく、そして大騒ぎになるのでコッソリと行くようにし、ガアルを先頭にアースたちは再び王都へ。

 そして残されたオウナはポケットから一つの魔水晶を取り出し……




「あ~、もしもし社長さん? お世話になってます~、で、たぶん色々とおたくに注文いってるかもだけど、こっちは俺っちの個人的な案件で大至急。今から言う材料を数量分、明日の朝までに……できる? ジャポーネ王都からは無理だから近郊の街とかからになると思うけど」




 軽快な口調で誰かと話をしだすオウナ。

 すると向こうから……


『もちろんだよ。君の頼みならね。君のご両親、特にアーナ氏のおかげでまだまだ知らないお尻の謎や楽しみ方を学べたし……何よりも、君がジャポーネのことを色々と教えてくれたおかげで俺も助かったからね。オウナ氏』


 一人の男と繋がり……



「俺っちの当初思い描いていたものとはだいぶ流れが変わったけどね。まさか今日、アースッちたちや六覇やら天空世界やら深海の連中やらが絡んで、王妃があんなの持ってくるとは思わなかったし……ほんと、あ~、怖かった」


『おやおや、いいじゃないか。お尻はみな平等に可愛いもの。ケツ末はどうなろうとも、そのケツを愛さないとね♪』


「そうはいってもほんと、どうなるか冷や冷やだったんだけどね。まさにケツの穴がキュッとなったよ。楽しかったけども」



 そして、オウナは笑みを浮かべながら……



「じゃ、とりあえず納入の方、手配よろしくね。シテナイ社長」



 繋がっていた人物をアースたちに聞かれないように注文したのだった。

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