第580話 その裏で2

 一人の男と女が激しく濃厚なキスを交わしていた。


『愛しています、んちゅっ、好きです、あなたは、私の―――』

『ああ! ああ! 俺もだ、愛している!』


 淫靡な音を響かせて絡まり合う二人。

 男はついに抑えきれずに女を押し倒し、その衣服を剥いで柔肌を貪る。


『ああん、だめですぅ~、あ、うそです、駄目じゃないのです……』

『クロン! 愛している! 俺のクロン! クロン!』

『んふふふふ~』


 男に喰われ、しかしそれを悦びの笑みで受け入れるのは女神……というより、淫魔の笑みを浮かべるクロン。

 そしてクロンは……


『はい、ヨーセイ』

『はあはあはあはあああーー!』


 妄想の中でヨーセイにそんなことをされていたのだった。







「んはぁァあああ。ぉぉお、オレはついに、クロンうぉうアアアア!」


 そう、全ては妄想。


「そうだぁ、クロン、渡さないぞォォ、お前はああ、俺のぉぉお、俺からクロンを寝取ろうとしたあのクソ野郎はぁ、俺がァァああ!」


 四肢を繋がれた状態で鋼鉄の椅子に座らされ、頭に鋼鉄の帽子、顔を覆うマスク、そしてそれらには無数の妙なチューブが伸びている。

 そんな状態でヨーセイはとある無機質な部屋で壊れていた。


「姫の暁光眼にかかれば、もうこの男は……自分で陥れたとはいえやはり胸が痛むガメ……しかし、だからこそせめて幸せな夢を……現実と区別できぬほどの夢を……」


 そんなヨーセイを哀れむような、痛々しいものを見るような、そんな複雑な様子で眺めるのは、ヨーセイを連れてきた張本人であるゲンブだった。


「それはそれとして改造はまだまだ時間はかかりそうガメ。全身にナノマシンを注入……壊れた細胞として代用……埋め込まれている改造機器……もはや普通ではなくなってしまう、改造人間……その力は常人を遥かに――――――」


 そして、そんなヨーセイを見ながら、目を閉じて改めて思考を巡らし――――


「しかし、それでも今のアース・ラガンに勝てるとは思えないガメ。あの力……私の甲羅で受けてもどうなるか……」


 アースへの意識を口にした。

 そして、同時に今のヨーセイの姿を目に焼き付けながら、沸き上がる罪悪感に葛藤。



――ハクキのアホンダラもおぬしらも、コソコソグダグダなことをして若造どもの時代と世界に茶々入れるでない。老害の害はワシらジジイ世代の中だけで消化せい!



 さらに、つい先日再会した宿敵に言われた言葉……アレはゲンブの中にもちゃんと響いていた。


「分かっている……バサラ……お前に言われなくても……」


 そんなことを思いながら、ゲンブは観念したように溜息吐きながら首を横に振り……



「やはり……こんなことをしても……まだ引き返すことは……いかに器に適合する素材とはいえ……まだ十年と少ししか生きていない少年……かつて、あのミカドのことで私たちに激怒したイリエシマ様を思うと……こんなこと……それに、どうせアース・ラガンに勝たせてやることもできないなら―――――」


「―――デキナイナラ?」


「ッ!?」



 だが、そのとき、いつからそこにいたのか、ゲンブは分からなかった。

 ゾクッと全身を震わせ、振り返ったそこには――――


「……ぬ?」


 誰も立っていなかった。

 だが、代わりにゲンブの視界に映る光景が変わっていく。

 ゲンブは、非人道的な改造をされているヨーセイと同じ部屋にいたはず。

 しかし、気づいたらゲンブの目に映るのは、ただの真っ暗闇の深海。海底。海中だった。


「な!? う、海? の中……私はさっきまで改造室に……いや! これは……」


 何故? 瞬間移動? 違う。

 そうではないことを、ハッとしてゲンブは苦笑した。


「……ッ……私としたことが……あの御方は私が同情心からヨーセイという素体を解放するかもしれない……と、予期して私に暁光眼で……改造室に行ってヨーセイの改造状況を眺めていたアレは、全て姫の力によって見せられていた私の幻……相変わらずあの御方はサラリと……」


 先ほどまで、妄想の世界で発狂しているヨーセイを哀れに思っていたゲンブだが、実際に幻を見せられていたのはゲンブの方だった。


「本当に現実と幻想の境界線が分からないガメ……自分でもかけられたことにすら気づかないほどの……分かっていたのに、本当に私はドジでノロマな亀……」


 そのことに気づかないまま、自分の不用意な独り言を聞かれてはならない者に聞かれてしまったことに、ゲンブは深いため息を吐くしかなかった。

 そして……



――ゲンブ……ヨーセイというカスは、素体としては悪くない……奪うな


「……」



 ゲンブの脳内に響く一人の女の声。

 どこまでも冷たく淡々としていた。



「……では、私をどうされるカメ? あなた様を裏切ろうと――――」


――バカ猿が余計なことをしたせいで、戦いが避けられなくなる……ドジでもクズでもカスでも使えるものは使う……あのカスについてきた五人の女たちも……こちらで改造しておいた。お前が連れてきてくれたおかげで、少しは使える


「ッ……そう……カメか」



 そして、その冷たさはどのような残酷なことだろうと心を乱すこともなく――――



――ゲンブ、お前はそのまままた地上へ行き、罰として雑用をしてもらう


「雑……用?」


――現在、この海域の近くで行っている人間どもの公共工事……あの橋……最新の情報では、あの建設は一つの島国の交易を栄えさせるだけに留まらない……この工事を請け負っている人間の責任者は、どういうわけかこの辺りにナグダの遺産の施設があると知り、この工事を手始めとして、海底発掘の権利を得ようとしているという情報が入った


「ナグダの遺産……私たちの第二竜宮城の……しかし、なぜ? どうやって我らの位置を……」


――分からぬ。だが、あのバカ猿のせいで、おとぎばなしが実話だと知った余計なゴミ共が、今後群がる可能性が高くなった……ので―――


「ので?」


――工事を中止させろ。ただし、まだあまり目立つようなことはせずにだ。橋を壊したり、工事の人間たちを殺したりでは、人間たちに注目されてしまうからな


「ぬっ……」



 驚く情報と共に、驚きの指令に慌てだすゲンブ。

 だが、声の主にはゲンブの意見など関係なく……



――ちなみに、工事の責任者はシテナイという人間……工事の発注責任者は……マルハーゲンという人間だ












「これが今のアース・ラガン。なるほど……十分わかった。既に分かっていたつもりではあったが、もう腹いっぱいすぎるほどにな。やはり脅威……強い。ついこの間まで、顔面を殴られようとどうということのなかった男が、いつの間にか吾輩を殺傷できる技を複数も……」


 ゴドラを撃破したアースの姿を目に焼き付けて、ハクキはそう口にした。

 先ほどまで自分たちと同じようにアースに対して驚愕や戦慄するようなリアクションを見せていたハクキが冷たく落ち着いた様子で言い放った。


「へっ、あのハクキがもうアースをそこまで認めてるってか」

「まあ、もうあの子は既に六覇級……いえ、下手したらそれより……ふふふ、だってねえ」


 アースの強さをトレイナに続く人類最大の脅威であるハクキが口にする最大限の評価にヒイロもマアムも複雑ながらも誇らしかった。

 だが、一方で……


「ああ、あいつは俺でも仕留めきれなかったゴウダを――――」

「それまでだ」

「あ?」


 ヒイロの言葉をハクキが遮った。


「ふふふふ、貴様らの謙遜ほど気持ちの悪いものはない。ヒイロよ……貴様らは嫌いだが、あまり卑下しすぎるな。アース・ラガンがどれだけ歴史の裏で暗躍していたとしても、吾輩たち魔王軍は、そしてあの御方はお前たちに敗れた。あまり卑下され過ぎると、吾輩たちが惨めだ」


 そして、ハクキはハクキでアースの力をこれ以上ないほど認める一方で少し違う考えもあった。



「ヒイロ……あの時代の貴様らもまた紛れもなく強かった……そう……七勇者と真勇者ヒイロはな……今の貴様らはつまらんが、それは紛れもない事実」


「ぬっ……な、なんだよ……急に」


「そう……だからこそ……興味が沸く。吾輩も戦ってみたいと思う反面……見てみたいという気持ちも強くなってきた」



 それは、人としてでも魔族としてでもなく、単純に戦いに生きる男として――――



「ヒイロ・ラガンとアース・ラガン……互いに本気で戦えばどっちが勝つのか……吾輩だけでなく世界も、そしてあの御方ももはや気になることだろうな」


「「ッッ!!?? は?」」



 どっちが強い男なのか……それを知りたいという願望。ワガママ。



「な、何言ってんだ、テメエは! 確かに俺はもうアースに嫌われ、見放されちまってるかもしれねえ……でもな、だからって、俺とアースが本気で戦い合うなんてありえねーよ!」


「ふふふふ、そうだな。だが……できなくもない……と言ったらどうなる?」


「あ?」



 そのとき、不気味な笑みを浮かべながら、ハクキは懐から何かを取り出した。

 それは、先日ノジャを、そしてヒイロたちの仲間であるベンリナーフを――――――――







――あとがき――

たまーに、指摘される方もいますが、第64話でヒイロと交信している人は連合軍総司令ではなく、帝国軍の総司令……つーことにしといてよ

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