第579話 その裏で

 一匹……いや、一人の猿が激しく興奮していた。


「ウキー! すげええ! アース、すっげええええ! なになにあの新技! マジヤバくねぇ? あんなのくらったら俺様も死ぬしー! すっげええ、かっけええ!」


 ジャポーネから離れた密林で、空を見上げてはしゃぐ者。


「いやあ、セイレーンが俺様に音波催眠かけて無理やりジャポーネから引き剝がしたときは、どうぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど……うう、アースぅぅ、シノブぅぅぅ、ごめんなああああ、友達のピンチになんもできなくてよぉ! うおおお、兄貴にも挨拶してねえのにいい、うおおお、やっぱ許さねええ、セイレーン、テメエには仁義ってもんがねえのかこの野郎ぅぅ! なんだったら、俺様が巨大化してあのバケモンをぶちのめしてもよかったのによぉぉ!」


 はしゃいで、かと思えば急に顔を真っ赤にして激しく怒り狂う様子を見せる。

 それは、ゴドラの大暴れから一足先に退散させられたゴクウ、そして……



「アッッッッッッ!」


―――――!!!!


「ふごおおおおお、頭が割れるぅぅうぅうう!?」



 そのゴクウを声一つでのた打ち回らせる、鳥獣人のセイレーンが居た。



「黙れっつーのだよ、ゴクウくん。分かったでしょ? あの戦いはリアルタイムで闇の賢人の手によって世界中に知られていた。つまり、ウチらのこともね。ソレがどういうことか分かるっつーの?」


「おう! アースの友達になったと世界中に自慢できる!」


「なんでそうなるっつーのぉ! ウチらの目的を忘れたの!?」


「ああ? そんなもん、……あっ、そうだった! 俺様としたことが戦いに夢中ですっかり忘れてた!」


「うん! でしょぉ?」


「ああ……シノブとあのマクラって子を会わせてやらないとだった!」


「違うっつーのぉぉぉおおおおおお! この攫った豚を改造して、バックアップメモリーと思考ルーチンを移植して……あ~、ダメか、その説明はゴクウくんは何回説明しても理解しないし……とにかく、オツがマジギレ! そして早くピーチ様の復活、でしょ!」


「馬鹿野郎! そうだけど、友達のピンチを無視して自分の目的を優先するような奴をピーチの兄貴が許すかよぉ! オツがマジギレだぁ? そんなもん………そんなの……どどどどどどど、どーしよぉ、え? マジ? マジギレ? どの程度のマジギレ? え? どどどどど、どうするううう?」



 激しく口論し合ったり、顔を青くしたりとコロコロ様子の代わるゴクウと、頭を掻きむしりながら怒ることしかできないセイレーン。

 そして……


「とにかく、ゲンブさんはカクレテールから、犬ちゃんも『ベトレイアル王国』から、他の皆も素体をどんどん集めているんだから私たちも……」


 その足元には意識を失って倒れている、ジャポーネ国王のウマシカと、そして……



「っていうか……これ、ガアルの父ちゃんじゃねえかよ! あいつも俺様の友達で―――――ぐぎゃああああ、頭があぁあああああ!?」


「ゴクウくん……いい加減にしないと、ほんと殺すよ?」



 かつて天空王としてアースの前に立ちはだかった、ガアルの父であるディクテイタも転がっていた。


「うるせえ! 友達の家族にまで手を出してまで成し遂げる大義なんてもんはねえはずだぁ! かつてピーチの兄貴たちと共に戦った俺様たちには―――」


 目的のため。しかし、既にアースやシノブやガアルと友達になったと思っているゴクウは、その目的がよく分かっていなかったことからも、このディクテイタまで攫っている現状に憤りを隠せず、セイレーンの戒めに耐えながらも反抗しようとする。

 しかし―――――



「バカ猿が」


「ッ!?」



 そのゴクウの胴を鋭い刃が貫いた。


「ちょっ……え?!」


 それはあまりにも突然のことであった。

 セイレーンも反応が遅れ、そしてすぐに顔を青くする。


「ッ、ドロン! あっぶねええ~、あっぶねえええ!」


 一方で、刃を貫かれた……はずだったゴクウだが、瞬間的に察知したようで、残像だけ残してギリギリその刃を回避していた。

 大量の汗をかいて焦るのは、もし一瞬でも遅れていたら、本当に刺されていたと分かっているからだ。

 そしてそこには……



「何をしている。ご主人様の復活を一秒でも遅らせるなら、即死どころか嬲り殺すぞ? 計画を他者に知られたら生涯九割殺しのまま生かし続けるぞ?」



 犬の耳、犬の尻尾を生やした、長い茶髪の女がそこに立っていた。その手には巨大な矛を片手に、そしてもう片方の手には……



「……そっちも終わったんだ」


「当然だ。べトレイアル王国国王は確保した」



 べトレイアル王国の国王の首根っこを掴んで体ごと引きずっていた。









「ふふふふ、もう世界は止まらない。彼が望もうが望むまいが、少なくとも民衆は理解した。『アース・ラガンを引き込みたい。しかし、敵国や他種族に取られたら脅威になる』……とね」


 ディパーチャー帝国領土の中でも有数な大都市であるイナーイ都市。


「ま、俺としては楽しかったし、それにウマシカ氏とマクラ氏から既に工事代金はすべて回収済みだし、心置きなくこれからもアース・ラガンの推し活ができるね」


 その大都市を取り囲む巨大な城壁の上に建てられている望楼にて、執務用のデスクと大量の書類に囲まれながら、一人の男が空を見上げて笑みを浮かべていた。

 スラリとした細身で、芯の通った真っすぐの姿勢。自信に満ちた堂々としたオーラを発し、その黒い髪を七三でピシッと分けた眼鏡の男。

 

「気分がいいし、このプロジェクトの予算超過は承認するかな。超過分は今後、顧客に請求できるしねぇ」


 空を見上げながらも、両手の書類に高速で目を通していき、時にはサインを書き、時には却下と判断している。


「それにしても、マクラ氏……大丈夫かな? せっかくご両親も良くなられたというのにね。彼女のご両親も彼女の所業はこの空を見て知ったことだろうし、これでマクラ氏も死んで、生きていたとしても処刑? そうなったら自殺してしまうかもしれないね……ん? この現場報告書……『帝国コーヒーのホシノコーメダを――――』……ああ、あの女神のカリー屋さんか。鑑賞会でのアースくんの要望から早速……ふふふふ、可愛いねぇ」


 目に留まった紙にまた笑いながら、そして懐から魔水晶を取り出してどこかに向かって話しかける。


「もしもし? 俺だよ、シテナイだ。うん、あのさ、ホシノコメーダの豆を大至急かき集められるだけかき集めて。そう。うん。予算? 青天井で気にせずよろしく」


 その男こそ、帝国から世界全土に渡るまで徐々に影響力を伸ばしている男。

 シテナイ総合商社の社長であるシテナイだった。


「さて、ジャポーネは今後どうなるか、アースくんはどう関わるか……俺としてはその事後処理とかが凄い気になるんだけど……君はもっと違うことが気になるかな?」


 そして、そんなシテナイのいる望楼にもう一人いた。

 

「あっ、そういえばジャポーネ自体が君の故郷でもあったか。じゃあ、どっちも気になるかな?」


 車輪のついた椅子に座った男。

 頭のてっぺんからつま先まで全身を包帯でグルグル巻きにし、頭にジャポーネの編み笠を被った人物。

 その包帯で包まれた顔から見える糸目がわずかに開き……


「……」


 ただ、無言のままコクリと頷いた。



「なるほど。そうなると、君はアースくんに感謝しないとだねぇ。自分の弟子の息子の活躍にね。会ったことないんだっけ? まあ、会ってもその姿だし、喉死んでるから会話もできないから、会っても仕方ないかもだけどね」


「………………」


「でも、やはり君にとって一番気になる問題は故郷のことより……ゴクウ……セイレーン……そして第二竜宮城とやらのことかな?」



 その包帯の人物は言葉を発さない。ただ、首を縦や横に振ったりするだけの反応しか示さない。



「俺? ああ、知っていたよ。俺の会社は海底の資源にも着目しているからねぇ。それに、『ナグダ』の遺産は海底にも色々とある。海底施設研究所とかそういう形でね。ふふふ、睨まないでくれ。聞かれなかっただけで、君が勝手に奴らは絶滅したと思い込んでいただけだろう?」


「………………」


「なら、どこにあるか? ふふふ、タダでは……ふむ、この情報は安くないよ? 三本? いいや、五本はいるね。おっ、いいのかい? ふふふふ、金の支払いでトラブルを起こさず、気持ちよく即払いしてくれるから君も好きだよ。お尻に興味はないけどね」



 そんな包帯男とシテナイはしっかりと意思疎通や交渉もこなす。

 仲間ではなく、ただのビジネス上の関係である二人。

 だが、そんな二人の関係もまた……



「第二竜宮城が位置するのは……辺境の島国……ナンゴーク国って知っているかい?」



 近いうちに世界を巻き込み、そしてアースを巻き込むことになる。

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