第457話 親と子

 伝説の天空世界。子供の絵本などで出てくるような幻の国。

 それが、巨大な雲という国ごと現れて、そして白き翼を生やした天使たちが天より地上に天罰を与えるかのように攻め入ってきた。

 それは抗うことのできない、まさに天の力。



――偉大なる薔薇に抱かれよ! ギガローズソーン!!


 

 天空王子と名乗る神秘的な存在が強大な力で圧倒し……



――テラ・スパーク


 

 天空の王と名乗る存在が、国そのものを消し去らんとする天変地異を巻き起こした。

 アースとヤミディレが共に戦えぬほど消耗していたこともあり、その力に誰も抗うことができなかった。

 そんな誰もがどうすることもできない状況下で……


『クロン様……どうか……何があろうとも……あなたが……最後の希望なのです……何を犠牲にしようと、誰が死のうと、何が滅びようと……あなた様は何があろうと生き延びるのです』


 ヤミディレが、かつて同族であった天空王に対して己を犠牲にすることで引き下がるよう取引を持ち出した。

 カクレテールを……クロンの命を救うため……



――アース・ラガン……クロン様を……



 そして、最後にアースに託した。



 その、ヤミディレとアースの一戦から始まった怒涛の展開に、これまで熱く盛り上がって歓声を上げていた世界中の鑑賞者たちも言葉を失っていた。



 そして、誰もがこのときのヤミディレに目を奪われていた。



 世界最悪の高額賞金首の一人でもあるヤミディレ。



 しかし今は、ヤミディレが賞金首であることを誰もが忘れていた。



 まるで、大切な娘を命懸けで守る母親のように……















「ぎゅ~~~~~」


「……あ……あの……クロン様……」


「ぎゅ~~~~~~~~~~~~~~~~」


「は、離してください……その……」


「ぎゅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


「あ、あの、皆に見られております! その、わ、私は別に今ここにおりますし、どこにも行きませんので」


―――ぶんぶんぶんぶんぶん!



 建設現場での鑑賞会で、この時の悲しさを思い出したクロンは、涙目でヤミディレの胸にギュッとしがみついていた。

 ヤミディレは何とも複雑そうで照れくさそうな顔をして戸惑っているが、クロンは構わずヤミディレから離れない。

 ギュッと抱きしめ、そしてヤミディレが離れるように言うと、ヤミディレに顔を擦り付けるようにして「嫌だ」と首を何度も横に振る。



「いや~、こりゃ妹分がこうなるのも無理ねえっすよ、師範」


「な、ぶ、ブロぉ! 貴様、そんなしみじみしたような顔してないで、クロン様をどうにかしろぉ! って、おい、労働者共! 貴様らまで何をほっこりとした顔をしている!?」


「妹分にとっちゃァ、目の前で母親を失いかけたんだ……悲しみや恐怖がよみがえったって仕方ねえっすよ」


「い、いや、だからと言ってだな……そもそも私がクロン様の、その、母など……」


 

 そんなクロンとヤミディレを、生温かい眼差しで微笑んでいるブロ。

 そして、汗臭い男たちも一緒に頷いている。

 


「とりあえず、もうこういうことするのはなしっすよ? ってか……こんなこと……もう絶対にさせねえっすけどね」


「ぬっ……」



 そして、ブロも笑っているようで、この光景に対して言葉に力が込められていた。

 その拳も力強く握られている。

 ブロは悔しかったのだ。その場に自分はいなかったこと。何もすることができなかったこと。今はこうしてヤミディレは無事に自分の目の前にいるが、ひょっとしたらヤミディレは死んでいたかもしれない。

 ある程度のことは話を聞いて知っていたブロだが、こうしてアースの記録として当時のことをそのまま知ることで、さらに気持ちが強くなっていた。


――コクコクコクコク!


 そんなブロの決意の言葉に、クロンも何度も頷く。

 そんな二人の想いに、ヤミディレは何とも言いようがない表情で困り果てていた。

 本来、世界中の者たちから嫌われてもおかしくない魔王軍の六覇である自分がどうしてこのような……と……



「それにきっと、この場に居る俺らだけじゃないっすよ。そう思っているのは」


「なに?」


「それこそ、弟分もそうだろうし、何よりも……カクレテールの皆は今頃……当時まさにこの場面に居たあいつらは、きっと俺らと同じことを想っているはずっすよ?」



 そう、ブロの言う通りであった。

 まさに同じ時間、同じように空を見上げているカクレテールでは、この時の一人一人の無力さと、慕う大神官を守れなかった悔しさを思い出していた。

 ヤミディレもまたそのことを想像し……


「ふっ……確かに……あやつらならそうかもしれないな……」


 と、ある方角を向いて、ヤミディレは遠くの彼方をジッと見つめた。

 元々は一つの歪んだ計画と、その身を隠すために利用したに過ぎないはずだったカクレテールという鎖国国家。

 だが、きっかけはどうであれ、その地は結局ヤミディレにとって、そしてクロンにとっても、そして何よりもカクレテールの民たちにとっても大切な……



「だが、まったく……クロン様もお前も……私のことを一体何だと――――」


『お前にとって、ヤミディレは一体どんな存在なんだ?』


「ッッ!!?? ……え?」



 それはまさに、ヤミディレが自嘲気味に呟こうとした言葉を、空に映るアースがクロンに対して問いかけていた。

 空の上に連れていかれたヤミディレ。

 残された地上でクロンはカクレテールの復興や傷ついた民たちの治療に当たったりと気丈にふるまっていたが、そんなクロンにアースは真剣な眼差しで問いかけた。


「……あ……」


 その瞬間、ヤミディレは顔を青くした。

 これは、「まずい」と思った。

 ここから先は自分が見てはいけないのではないかと……



「ちょ、私は用を思い出しましたので、少し席を外しますので、クロン様、は、離していただきたく!」


―――ぶんぶんぶんぶんぶん!


「い、いや、ダメと言われましても、クロン様ァ!」



 ヤミディレが青くなった顔がだんだんと熱く赤くなっていく。

 その瞬間、ブロや労働者の男たちは目がキラリと光った。



「野郎どもぉお! 師範を取り押さえろぉおお!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


「ヒルアァ! 空もガードだぞぉお!」


「お任せなのん!」


「ちょ、貴様らああああ! く、臭いから私に触れるなぁあ! ええい、クロン様まで巻き込んで、ちょ、おおいいい!」



 ヤミディレが「ここから先は聞いてはならない」と予想したのとは逆に、ブロたちは「ここから先は聞かせなければならない」と予想して、一斉に男たちは逃げようとするヤミディレをぐるりと取り囲んだ。

 空を飛んで逃げられないように、真上でヒルアも待機。

 そして……



『ヤミディレが私に尽くすのも、あくまで家臣としてだと線引きしていたようですけど……私はそれだけだとは思いませんでしたし、それだけだと思いたくありませんでした。でも、世間知らずだった私には、ソレが一体どういう気持ちで、どういう関係が相応しいのか、ハッキリと答えが出ませんでした……だから、今は後悔しています』


「あわわわ、わーーー! わーーーー! わーーーー!」


「師範、ちゃんと妹分の想いを聞かなきゃダメっすよぉお!」


「「「「姐さァああああん、往生際悪いっすよぉ!」」」」



 耳を塞ごうと、声を出して聞こえないようにしようと抵抗するヤミディレだが、男たちがそれをさせない。

 そして……



『私には両親が居ませんから……ヤミディレは私を過保護に甘やかして……私はどんなふうに甘えればいいか分からなくて……だから……だから……』



 その時、空に映るクロンが、いつもニコニコと人を魅了して可憐に微笑むクロンが、涙を流して……



『本当の気持ち……本当は呼びたかった呼び方……いっぱいいっぱいあったのに……結局私は何も伝えられませんでした!』



 悲しさや後悔が入り交じり、そして涙を流すその表情。

 それを見てしまい、そしてその言葉を聞いてしまえば……



「クロン……様……」



 いかにヤミディレとはいえ、胸が強く締め付けられるのであった。



「……お母さん」


「うっ、く……クロンさ……ま……」



 本当に迷子になった子供のようにギュッとヤミディレにしがみついて離れないクロン。

 その純粋な想いをここまでぶつけられ、さらにはこんなものを見せられてしまえば、ヤミディレの心に変化が生じても仕方のないことであった。


 そして……









『んなの、まだ伝えようと思えば伝えられるかもしれねーだろうが! まだ……手遅れかどうかなんて誰にも分からねえだろうが! まだ……まだ……諦めず……もういいやなんて、そう思いさえしなければ……』




 そんなクロンに、アースもまた胸が締め付けられるような表情でそう告げた。

 まるで、自分と重ねているかのように……



「……アース……ッ……う……」


「アース……」



 そのアースの言葉にヒイロとマアムもまた胸が締め付けられた。

 二人は今のアースの言葉を聞いて、御前試合を思い返した。

 で、



――このとき、少年は思わず声を荒げて叫んでしまった。お前はまだ、終わっていないと



「ん? ぐっ、この声……」


「あ、あの男……」



 そして、まさに自分たちの想いを抉るようなタイミングでパリピのナレーションが入り、更には……


「あ、あれ? 場面が変わっ……こ、これは御前試合!?」

「っ、あ、あいつ……あいつっ……」


 場面が変わり、再び帝国で行われた御前試合での一幕が流れ……



『もう……いいよ……こんな苦しい思いをするぐらいなら……勇者の子供なんかに生まれたくなかったよ……『父さん』……』



 アースがヒイロと決別をしたシーンをワザワザ流した。



――そう、御前試合で全てを捨てた自分とは違う。少年は諦めて、決別した。諦めて、決別した! しかし、お前は違うだろという想いを、目の前で涙を流す少女に伝えた。



 ワザワザ、「諦めて、決別した」という部分を強調して。


「ふはは……本当にあの男は……人の心を抉ることをやるものだな……自重ということを何年経ってもしないものなのだなぁ」


 パリピにあえて強調されなくても分かっているのに、あえて抉られるヒイロとマアムはいたたまれない表情で俯き、そんな二人に流石にハクキも気の毒に思って苦笑していた。

 ただ……



『このままでいいと思えないなら、ハッキリそう言えよ! 今、それを言えないと、一生後悔するぞ! 相手はいつまでも待っててくれないんだ!』



 そんなこんなでクロンを奮い立たせるアースは……というより……



『でも……動くと言っても……私はヤミディレのように飛べませんし……』


『だから、俺が居るんだろうが! 俺が飛び方を知ってるやつに聞いて、俺が飛ばしてやる!』



 パリピはここから先も一切、自重しない!





――あとがき――


お世話になっております。


ちょっと試しに恋愛の【短編】書いてみました。


【ネートラレイル公国筆頭貴族の女騎士は姫の恋を応援していた……ハズだった】

https://kakuyomu.jp/works/16816927860131548589


1話だけの気軽に読める文量ですので、お時間ありましたら是非にお願いします。

カクヨムコン短編賞にエントリーしてますので、フォロー及びご評価いただけましたら幸甚にございます。


……暇だから書いたんじゃなくて、色んなもの書いてないと書くモチベーション保てないからですよ

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