第456話 恋愛観
『クロン様……なにを……もう、いいとは……今、アース・ラガンと子作りをしないと……』
『ええ。ですが、アースにはアースの意思があります。それを強制はできないと思います』
『しかし!』
『でも、アースも絶対ヤダとは言っていません。文通からならと言ってくださっています。だから、私、アースとはお友達から始めて、いっぱいラブレターを書きます。そうやって好きになってもらいます』
『何を……そんな悠長なことを! それにはどれだけの時間がかかることか……文通など……』
まさに限界ギリギリのヤミディレとアースの死闘に決着。
その場にカクレテールの民たちやクロンも駆けつけて、傷だらけのアースの介抱と、感情を抑えきれないヤミディレとクロンが言葉を交わしていた。
伝説の六覇と、そのヤミディレが使える女神クロン。
その素性からして二人の言葉のぶつけ合いは普通なら世界を左右させるほどのものを想像できるのだが……
『まぁ、そうなのですか? 時間がかかる……ですか……』
好きなになったなら過程なんてどうでもいいからさっさと子作りしろという母親と、時間をかけてゆっくりと口説いていきますという娘の、何とも目を疑うような会話であった。
先ほどまでの血と熱が飛び交う熱き戦いが嘘のように微笑ましい二人のやり取り……さらに……
『ん~、ねぇ、アース。文通から始めて順調に進める場合、他にどのような過程、そして子作りするまでにはどれだけの時間がかかるのですか?』
それまで恋愛経験ゼロのまさに穢れなき純真無垢で世間知らずのお嬢様に対して……
『いや、さア……』
こちらも彼女もいたこともない、ある意味でそういうことに疎いお坊ちゃまは、ちょっと照れくさそうにモジモジ。
この瞬間、世界に散らばる乙女たちは真剣な表情で空を見上げ……
『えっと、アレだ。文通とか交換日記から始めて……デートしたり……ショッピングとか、美術館とか、劇を見に行ったり……お揃いのアクセサリーを買ったり……お弁当を作ってもらってピクニックに行ったり……あ~んとかしたり……膝枕してもらったり……寒い日には腕を組んだり、長いマフラーで二人の首を一緒に巻いたり……二人の相合傘を掘った錠をどこかに付けたり……そういうのを経て、相手に好きって告白を……』
『『『『え!? それって、その時点でもまだ付き合う前の話!?』』』』
『そ、そうだよ。そこから告白……その……伝説の木の下とか……告白して成功したカップルはずっと幸せになれるという場所……それを経てから恋人になるのが、本来の理想なはずだ!』
『なんて素敵なのです! 私、そんな理想を経て、恋人というものになりたいです! 伝説の木というものがどこにあるかは知りませんが、私、頑張ります! 文通します!』
まさに、まともな恋愛ゼロ同士の会話。
この瞬間、これを見ていた世界中の者たちが失笑した。
本来「笑ってはいけない」と思いつつも帝国民たちすら……
「アース……あんなに強いけどおこちゃま……」
「交換日記……ぶふ」
「伝説の木って……俺ら、アカデミーの校舎裏のアレのことだよな……」
「伝説というかジンクスだよな……」
「ああ。一時、本当に魔法の木じゃないかとフィアンセイ姫が魔導研究所に調べさせたりしてたよな」
「そうそう、普通の木だと分かったから『ここで告白してさっさとアースと婚姻だけでも強制的に結ぼうと思ったが、残念だ』みたいなことを仰ってたよな」
「しっかし、一方であのアースがあんな恋愛観をねぇ……」
「なんだか……アースくんの『勇者の息子』以外の顔を……私たち、知らなかったよね……」
と、これまで大人も子供も伝説の住人たちすらもその成長ぶりと熱さで熱中させていたアースの意外な純情なおこちゃまぶりに、世界は笑った。
そして一部では……真剣に……
「なんと! アースもあの伝説の木を気にしていたとは……ぐぬぬぬ、普通の木だと知ってから我も興味を失っていたが……それともアレには魔法では説明できぬ不思議な力でもあったり……」
「いえ、姫様……残念ですが、あの木は普通の木です。私も男の子にあの伝説の木に呼び出されて合計100回ほど告白されましたが、全部断りましたので」
「……え……」
「ええ。まぁ、とはいえ私も幼少期の坊ちゃまに嘘だと知りつつも『アカデミーの木にはこんな伝説があるのですよ~、坊ちゃまもいつか素敵な女性に~』みたいなことを聞かせたことがあり、坊ちゃまはそれに目を輝かせて……私も結局嘘だとは教えられませんでした」
「そ……そうだったの……か? ま、まあ、我は別にそんなものに頼らずとも自力でアースをと決意したので、い、い、今さらそのようなものどうでもいいがな」
カクレテールでそんな会話をするフィアンセイとサディス。
その会話に苦笑しながら……
「あ、あははは……そう言えば僕もアカデミーの女の子たちに何度かあの木に呼び出されたな……でも、アレがただの噂話で普通の木だってこと、アースは知らなかったのか……」
「……なんと……」
「……ん? どうしたの? リヴァル、真剣な顔をして……」
「……あの木は……普通の木だったのか……」
「……リ、リヴァル?」
「…………」
「え? まさかリヴァルも知らなかった? まさか、アレで姫様に改めて告白を~とか思ってたり……? なんて、そんなわけ……」
「……………………」
「リヴァル!?」
さらにとある現場では……
「しまったです! どうしましょう、お母さん! 私、アースと文通するのすっかり忘れていました! あぁ~、ど、どうしましょう……これでは私……嘘つきです……あ~、どうすれば……もしアースに……私がそれほどアースのことを好きじゃないから忘れていたなんて勘違いされてしまっていたら……うぅ~~~」
「い、いえ、落ち着いてください。ですから面倒なことを考えずに早く契ることを……って、そうではなく、今はアース・ラガンの謎が先決で……」
「う~、私、文房具屋さんとお手紙屋さんに行ってきます! 『好き』っていっぱい書いた手紙をすぐに送ります!」
いつもニコニコしているクロンも、大切なことを忘れてしまっていたと大慌ての涙目でアタフタ。
そして……
「不本意やけど、ウチは六覇ヤミディレと同意見で、惚れたなら押し倒して、はよう契ったらええ派なんやけど……」
「ふふふ、いいのよお母さん。ハニーがそういう恋愛を求めているのなら私はそれで……それに! 私は既にハニーと交換日記しているしね!」
エルフの集落でも様々な反応。
そんな会話をするカゲロウとシノブの他に……
「……なんか俺……お兄さんが好きそうなジャンルの本とかいっぱいおすすめあるんだけど……」
「へぇ~メチャクチャなことばっかやる印象の方が強かったけど、こういうおこちゃまなところがあるなんて可愛いじゃない。そういうのに憧れるの……たしかに、アミクスと合ってるかも」
「うわぁ、あ……どうしよぅ……アース様の恋愛に対する手順……全部私の憧れと同じだよぉ~……」
微笑ましそうにしたり、目をキラキラさせたりの、族長、奥さん、そしてアミクス……
「……な、なんだ? 何故か周囲が微笑ましそうに……アース・ラガンは何か間違ったことを言ったであろうか? 小生もああいう考えは間違っていないと思うが……」
十数年以上も初恋の男一筋に想い続けているために恋人などができたこともないために、アースの発言の何がおかしいのか分からないラルウァイフだったりと、様々な反応であった。
そして……
「お、お兄ちゃん……かわいすぎる……どうしよう。もう食べちゃいたい」
「守りたい……お兄さんのあの恋愛観を」
もう、至福というか悟りの境地の微笑み状態のエスピとスレイヤは、ただただ頷くばかりだった。
しかしすぐにハッとして……
「あれ? こういうときに真っ先にとんでもない発言するノジャが……」
「ん? 大人しい……というか……あっ……」
そう、こういう時に真っ先に「惚れたなら、犯してしまえ」みたいなメチャクチャな発言をするノジャが大人しいということに不思議に思った二人が視線をノジャに向けると……
「……魔穴を……しかも、ある意味で戦闘中に……そもそも、戦闘中でなくても閉じている魔穴の位置を把握することができる者など……長い人生生きていて、一人しか知らんのじゃ……『あの瞳』を持つ者……いや、御方……」
「……大魔王の技を使ったアースくん……う~む……あの御前試合のこともあって、深く追求するのは気が引けたが……こうも世界に広まると、そうも言ってられんかもしれんのぅ……少なくとも、他の七勇者と六覇級の者たちは……ただ驚くだけではなく、ワシら同様色々と思うじゃろうからな」
こんな大好物の話題にも食いつかないほど真剣な表情でミカドとコソコソ話をしているノジャ。
逆にそれが事の深刻さを物語っている。
「お、お兄ちゃ~~~~ん! ど、どーすんのぉ!?」
「お兄さん……『あの人』は何て言ってるの?」
「……あいつまで……お、俺に……『どーする?』って言ってくるんだけど……」
『いや、……余にももう……』
そんなノジャたちの様子に、エスピ、スレイヤ、そしてアースとトレイナが顔を引きつらせて頭を抱える。
「な、なんとかノジャたちをもう一度お兄ちゃんの記録に集中させないと……」
「うん、お兄さん。この後は何かすごいことは無いのかい? なんか、意識がそっちに持っていかれるような……」
「あ、ああ……まぁ、それは……」
『……あるが、さらにまずいものしかないぞ……』
ノジャたちにアースの謎を真剣に考えられるという事態をどうにかできるようなインパクトのあること。
それは……
『そうだね。まだ、蕾な女の子……その花を無理やり咲かせて散らすのは感心しないし……そこの坊やの恋愛観も可愛いじゃないか。僕も二人の意見を尊重するべきと思うよ?』
―――ッッッ!!!???
その瞬間、天使の翼を生やした無駄に美形な人物がアースやヤミディレたちの前に現れた。
「なんや? また誰かが現れたやないの。シノブ、知っとるん?」
「あ~……そう、このタイミングだったのね……一応私も少し知ってはいるわ……」
「ちょ、だ、誰よ、アレ! め、メチャクチャ美形じゃないの!」
「わ~、すごい綺麗な顔~」
「うわ~……是非とも不幸になって欲しいようなイケメン……って、アレ? 翼ってことは……」
「へ~、スレイヤくんとはまたちょっと違うタイプのイケメン……ま、お兄ちゃんの方がカッコいいけど!」
「ふん、確かに顔は整っているが、お兄さんの方が男らしくてカッコイイ」
そう、あの「王子」がついに姿を現したのだ。
その唐突に表れた美形の王子の姿にエルフの集落ではざわつき出し……
―――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
世界中の女性たちから悲鳴のような黄色い歓声が上がる。
これまで天空世界でしか知られていない、それこそ関わったアースたちしか地上の者たちは知らない王子。
その存在が、世界に――――
「おやおや、僕たちのことも知られるとは……ふふふ、僕たちと坊やの思い出も地上人たちに知ってもらえるとは光栄じゃないか」
雲の上から、ある意味で特等席からこれまでアースの記録を鑑賞していた天空世界の住民たち。
その中心で実に嬉しそうに微笑むのは、
「ガアル王子……よいのでしょうか? これは地上の者たちに天空世界のことを知られてしまうのでは……」
「ん?」
「そして、地上の者たちが……邪な考えを持つ者たちがこの世界へ攻め入るような事があったりしたら……」
「構わないではないか。仮に知られたとして、常に空を漂う僕たち天空世界を補足することは地上人にはできないさ」
「し、しかし……」
「それにそんなことになったら……ふふふ、坊やたちに相談してみればいいじゃないか」
天空世界の王族。その名はガアル。
アースの記録を天空族一同で楽しんで鑑賞していただけに、自分たちの登場には嬉しそうに笑っている。
「ふふふ……君の過去……努力を知り……また改めて君と会いたくなったよ、坊や……いや、アース・ラガンくん♪」
これから流れるのは、アース率いるカクレテールの住民VS天空世界という戦争であり、それほど昔の話でもないのだが、ガアルはどこか懐かしそうな表情で鑑賞を続けていた。
――あとがき――
作者にも懐かしい。どれぐらい懐かしいかというと、王子の名前に自信が持てずに過去話を探して確認するぐらい。
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