第449話 大事なことは2回言う。さらに強調して

 熱く滾る男と男の戦いに、世界中が熱狂して声を上げていた。

 だが、それもいつまでも続かない。



『さあ、決めようぜ、マチョウさん! この戦いの勝者をな!』

 


 見ている者たちですら歓声の声を上げてしまうこの戦いも終わりを迎える。

 そして最後は正面から、己の最強をぶつけ合うシンプルなもの。

 同時に、世界中が再び静まり返る。

 それは皆が息を呑んでいるからだ。

 果たしてどっちが強い男なのか、その行く末を見届けようとしている。

 そして……



『いくぞおおおおお! 誰にも邪魔ぁさせねえぞぉ!!』



 あの技が再び解き放たれる。


「おい、あの技は、御前試合でリヴァルくんとの戦いでやっていた!」

「ああ、大魔王の技がどうとかって、サディスちゃんが言っていたやつだ!」

「あんときは、ヒイロ様とマアム様が割って入ったけど……」

「でも、今度は……今度こそは!」


 その巨大な大渦を帝国民たちもよく覚えていた。

 それを再びアースは魅せる。

 向かい来るマチョウの最強の技に向けて。



『ウオオオオオ! 魔極真キャノンボールタックル!!』


『大魔螺旋・アーススパイラル・ソニックインパクトッッ!!』


 

 吹き飛ばす。

 全てを。

 これまでのアースの努力を見届けた者たちが、積み重ねられたアースの放つ集大成ともいうべき力をその目に焼き付けた。

 そして、激しい衝突の果てに、ふっ飛ばされたのは一人。


「あっ……おい、見ろよ! ふっとばされたのは、あっちで……」

「うん! 立っているのはアースくんだよ!」

「じゃ、じゃあ……ってことは……これで……」


 立っているのはアース。

 ふっ飛ばされたのは、マチョウ。

 その結末を見た者たちは状況を互いに確認し合う。

 そして……



『ギブアップだ……自分の負けだ』



 戦ったマチョウ自身が降参を告げた。



『勝った……俺は……勝ったのか?』



 これを意味するのは一つしかない。


「皇帝陛下!」

「ああ……ああ……素晴らしい……アースよ……お前は……お前は! これほど己を高めるとは……ふふ、やはり大したものだ。流石はヒイロとマアムの――――」


 宮殿からも……


「すげえ! やったぞ、あいつ!」

「ああ! 勝っちまったぞ!」

「うっはー! すげえ! つえーな、あいつ!」

「ああ、アカデミーの頃は色々残念っぽかったけど、やっぱ才能あったんだよ!」

「だな。そりゃそうか。だってあいつは……」

「ああ、流石は勇者の―――」


 帝都からも……


「おい、見ろよ、アース君、目が潤んでるぞ!」

「はは、あいつもよっぽど嬉しかったんだな!」

「そういえば、あいつアカデミーに入ってから優勝とか1位とか取ったことあったっけ?」

「ないない。そりゃ嬉しいか」

「でも、すごかったよな~。流石は勇者の――――」


 アカデミーの生徒たちも歓声と同時に「ある意味賞賛」の声を上げる。

しかし、その時だった!



――優勝。ナンバーワン。それを実感したとき、少年は目を瞑りました



 ここに来て、この鑑賞会の冒頭で流れた「ナレーションの声」が唐突に入った。


「ぬっ!?」

「陛下、い、今のは……」

「……ああ……そして、やはり……これは……『奴の声』に……」


 アースへの賞賛と感動で浸っていた余韻をソルジャはぶち壊されたと同時に、不快に感じている表情を浮かべた。

 ソルジャの脳裏に過るのは、かつて自分たち七勇者の宿敵だった、思い出したくもない最低最悪の魔族のこと。

 さらに……


「奴は一体……いや、それにしても何故ここで……ん?」


「陛下! ちょ、見てください、アレを!」


「な、なに? 急に場面が……しかも、何故……白黒?」



 闘技場で感極まって感傷に浸っているアースの姿から一変し、何故か白黒の光景が映し出された。

 一体何事かと目を凝らしてみると、その場面に皆が見覚えがあった。


「ん? あ……あれは、帝都の闘技場では? これは、御前試合のときのッ!」


 ソルジャがハッとして声を上げ、皆も気づいた。


「本当だ! 今年の御前試合の風景……え?」

「た、確かにそうだ、何で?」


 兵士たちも、そして宮殿の外にいる帝都民たちもガヤガヤとしだした。


「おいおい、どうなってんだ?」

「おーい、あいつを映せよ! どうしていきなり変わるんだ?」

「御前試合……あっ、観客席に俺が映ったぞ!」

「私も!」


 そう、空に現在映し出されているのは、数か月前に帝都で行われたアカデミーの卒業御前試合の場面。



――大会が始まる前、優勝する気満々だった少年だが、いざ優勝した瞬間、目を瞑った少年はこれまでの出来事を思い出していました。そして当然、あの運命の御前試合も―――



 その場面と共にナレーションの声が入る。

 そして…


『それにしても、アースがあんなに強いなんて……』

『これまで、ヒイロ様とマアム様の息子はハズレだなんて誰が言ってたんだよ!』

『俺は知ってたぜ? アース坊ちゃんはやるときゃやる男だって!』

『ああ、とんでもねえぜ!』

『だな。見直したぜ!』

『うん、流石は―――』


 世界に流される、かつての御前試合での帝都民たちの声。



『『『『『流石は、勇者の息子!!!!』』』』』


―――それは、少年のこれまでの人生で幾度も言われ続けてきた、賞賛ではなく呪いの言葉。少年は何を成すにも必ずその背に居る両親ばかりを見られ、誰も少年自身を見ようとはしませんでした



 と、ナレーションはワザとらしく入り、再びまた場面は大会に。



『アース君、すごい! すごいよ! あのマチョウさんに勝つなんて!』

『おらあ! テメエ、どんだけスゲーんだ、おらあ!』

『すごいしか……僕も……僕も!』

『やるんだな……僕も! 強くなるんだな!』

『すげーじゃねえか、若いの!』


――しかし、今この場には、誰も少年が『勇者の息子』であるということを知らず、少年のありのままの姿、これまでの努力を知ったうえで、少年自身へ最大限の祝福を送る



 そして、場面は再びまた御前試合に……



――少年はこれまでも必死に努力を積み重ねてきていました。しかし……


『さっきの技が大魔王トレイナの技って本当か?』

『バカな、何で勇者の息子が大魔王の技を使うんだよ!』

『もし、そうだとしたら……なんて、恥知らずだ!』

『勇者の息子としての誇りが無いのか!』



 それは、帝都民たちが口汚くアースを罵倒するシーン。



「「「「「……え……」」」」」



――そう、彼の生まれ故郷でもある帝国は……そう、『て・い・こ・く!』は、彼を認めませんでした


『なあ、そもそもおかしくねーか? あのハズレの息子があんなに強くなってたのも……』

『そうだ。いくらなんでも、あのリヴァルを圧倒している時点でおかしいと思ったんだ!』

『ああ、ひょっとしたら、何か禁忌の力に手を出したのかもしれねえ!』

『何だと? そんな……そんなやつが、勇者の息子で……しかも、戦士になろうとしてたってのか!?』

『今すぐあんな奴、退学にしろ!』

『戦士失格!』

『戦士界から永久追放しろ!』


――罵倒され、非難され、中傷され……挙句の果てに……



『バカやろう! 何が強くなっただ……強くなるためだったら、何でもいいのか?』



――そして何よりも、少年は実の父親である勇者ヒイロ……そう、『ゆ・う・しゃ・ヒ・イ・ロ』からも……



 このとき、場面と同時に帝国民たちの表情から笑顔が消えて固まる。

 そして、アースがヒイロに対して思いのたけを叫ぶ場面に。

 このときのことを、実は混乱やら騒ぎでアースの叫びをあまりよく分かっていなかった帝国民たちは、ここに来て初めてアースがあの時に何を叫んだのかを知る。



『今さら何を話せって言うんだ! ようやく俺を見てくれたかと思えば、そんな目で見やがって……親父と母さんがもっと俺を良く見てれば、分かったんじゃねーのか! 二人がちゃんと俺を良く見てくれて……俺が何にぶつかって、悩んで、苦しくて……世間が俺に都合のいい肩書を押し付けなければ……こんなことにゃなってねーよ!』


『アース……』


『大体、今の俺の何が悪かった? 俺は反則も、セコイ手も何もしていない! 自分が訓練して身に付けた、俺の力で戦っただけだろうが! それで、何でそんな目で見られなくちゃいけねーんだよ! 俺が壁にぶち当たって、ハズレの2世だとか、物足りないとか言われているのもずっと知らん顔してたくせに……そんな俺がようやくここまで来たってのに……なんでだよ!』



 それは一言一句、ノー編集。



『今、分かったよ。この国は……親父も含めて……俺に……アース・ラガンに興味がねえ。興味があるのは、都合のいい理想の『勇者の息子』……俺は……『アース・ラガン』は……別にどうでもよかったんだ……』


「「「「「ッッッッ!!!!????」」」」」


『こんな苦しい思いをするぐらいなら……勇者の子供なんかに生まれたくなかったよ……『父さん』……』



 そして、思い知らされ、同時に心当たりのある者たち……すなわち、全ての帝国民はこの瞬間、顔を強張らせて言葉を失った。



――そう、少年は世間が望む『理想の勇者の息子』にはなれませんでした


『父さん、俺はただ……一度でいいから……父さんに……みんなに……勇者の息子としてじゃなく……俺を褒めてもらいたかった……それだけだったんだ……ごめん……ちゃんとした理想の勇者の息子になれなくて……ごめん……母さん……ごめん……サディス……迷惑ばっかりかけちゃって……ごめん……』


――そして、この瞬間……少年は故郷である帝国と父親であるヒイロ……『て・い・こ・く』と『ゆ・う・しゃ・ヒ・イ・ロ』と決別をして、逃げるように世界へと飛び出していきました


 

 誰も知らなかった。アースがあの時、そんなことを呟き、叫び、嘆いていたなどと。

 アースがそれまで何を思っていたのかを。


「アース……お、おまえ……お前は……そんな風に……いや、それなら……私たちは……ッ……」


 その瞬間、ソルジャもまた全てを理解し、力強くテラスの手すりを拳で叩きつけた。

 それは、何も知らなかった、ちょっと考えれば分かりそうなアースの苦悩。コンプレックス。

 同時に、帝国民たちも理解する。


「あ……おれ……」

「わ、わたし、そ、そんなこと思ってな……思って……っ……」

「お、おれ……言ったかも……勇者の息子って……勇者の息子のくせにとか……」

「私は……流石は勇者の息子って……」


 同時にほとんどのものが心臓を鷲掴みにされたかのように震えだした。

 そして、場面は再び大会へ

 

『そう、文句なし! 魔極真流闘技大会、優勝は~~アーーーース・ラガーーーーン!! おめでとう! お前こそ、漢の中の漢だ!」

『おめでとうございます、アース! カッコよかったです!』

『優勝だ!』

『新たな最強の男の誕生に祝福だ!』

『アース! アース! アース! アース!』

『うん……これは、もう、素直にすごいとしか言いようがないかな?』

『ん、あんちゃん……あんちゃーん! おめでとーう!』

『おにーちゃん! きゃっほ、きゃっほ、きゃっほーい!』


――そして、少年はようやくこのとき、『勇者の息子』ではなく、『アース・ラガン』として自分を見てくれる者たち、認めてくれる者たち、そして……


『本当に大きく、逞しく、そして……本当に……本当に強くなられましたね……坊ちゃま』



 映し出されるサディスの姿。

 涙を浮かべながら微笑み、そしてその表情は忘れていた全てを思い出した表情で……



『流石は……流石は『アース・ラガン』様。その力、その努力、その果てで掴んだ優勝という栄光。このサディス……心より感動しました……心より……坊ちゃまを誇りに思います。優勝おめでとうございます。坊ちゃま』


――そしてこの日、少年は本当に欲しかったものを掴み取ることができたのでした


『……ぅ……ああ! ぅ、あ……う……うううううっ!!』



 最後には歓喜のあまり泣き崩れるアースの姿。

 その姿に何も言葉を発することができなくなった帝国民たち。

 そして……






「偉大な父の名が重荷になる息子……まぁ、そういう話は平和な今の世にはありふれたものではあるが、それでここまで到達するのは大したものだがな……。そして息子が十五になってこんなことになるまで気づかず、今更謝りにというわけか……ずいぶんと都合がいいものだな、ヒイロ……マアム……」


 大会の一部始終から御前試合での回想シーンも鑑賞したハクキは、一旦落ち着いて再び椅子に座って足を組み、傍らで苦しそうに涙を流しているヒイロとマアムを嘲笑った。


「ほんとだぜ……アースはこんなにスゲーのに……頑張るだけじゃなく、結果でも……俺たちの知らないところで……」

「あの日のこと……そしてこれまであの子をほったらかしにして、勝手なこと言っていた自分を、今になって何度も思い出すけど……その度に自分たちがどれだけバカだったかを思い知らされるわね……」


 二人もどれだけ「よくやった」、「お前はすごい」と言ってやりたいことか。

 たとえ、自分たちにその資格が無いと分かりつつも、それでも息子の努力と成果を直接本人に褒めてやりたかった。

 それが未だにできない自分たち。そしてこんな状況に陥っている自分たちのバカさに何度も自己嫌悪であった。






 そして……


「うおぉおおにいいちゃああああああああんん! うぇぇえええん、うえぇええええん!」

「ぐっ……やっぱり、なんてすごいんだっ……ボクのお兄さんは……ぐすっ」


 エルフの集落でエスピとスレイヤはもう涙を流していた。


「アース様ぁ~、うう、すごかったよぉ……そして、あんな悲しいことが……」

「……あぁ~、ハニー……もうだめ……私、一生ハニーを幸せにすると宣言するわ」


 いや、二人だけではなくアミクスもシノブや、かなり多くのエルフたちまで涙を流していた。

 

「ぬおおおお~、婿殿ぉぉおお、泣いてる姿もかわいくて食べたいのじゃぁ~♥」


 一部除くが。

 ただ、それはそれとして、興奮と涙が溢れるエルフの集落であったが、一方でそれだけじゃなく……


「にしても……やっぱムカつくぅぅううううう! 帝国ぅぅううう!!」

「ボクもだ! 御前試合のことは一度魔水晶を通じて見たけど、改めて二度見たら二度目にはもっと嫌いになった!」

「それ、私も思ったよ、兄さん、姉さん! ひどいよね、アース様が可哀想だよ!」

「ええ、私もよ! 帝国……いえ、帝国民よ! 私のハニーに対して何という……」


 アースのことだけでなく、帝国に対する怒りを口にしだした。


「ん? おお、それ、わらわも思ったのじゃ! もう滅ぼしてくれようかと思ったのじゃ!」

「だよね! 私、初めてノジャと意見合ったかも! 帝国なんて滅んでいいよね!」

「うん、っていうかボクは宣言する! お兄さんを帝国には絶対に返さない! たとえこれを見て謝ってきても、もう遅い! 帝国が滅んだって知らない!」


 それどころか、六覇のノジャが口にしたらシャレにならないことまで賛同する状況。


「「「もう、帝国滅べ!」」」


 エスピとスレイヤとノジャが肩組んで叫ぶ。

 他のエルフたちも「帝国ってひどいな~」と皆が言い出した。

 コジローやミカドも頭を抱えて「あちゃ~」となっている。

 そして……



「……なんか……えらいことになっちまったな……パリピの野郎も変な回想やらナレーション入れやがって……てか、もうこれで……終わりだよな? な?」



 一方で羞恥攻めを喰らって頭抱えてゴロゴロしていたアースも、ようやく一段落したのか? と顔を出したが……



『ま……そんなわけ……ないであろうな。というより、これからが本番……というか、全部流す気か? あの男は』



 これで終わりなはずが無いとトレイナも断言。そして、呆れたように苦笑しながら……



『しかし……大事なことを2回言って、2回目は更に強調するとは……さて……エスピやスレイヤたちのような反応……このエルフの集落『だけ』であろうか? 果たして、これを見た他の地の者たちは一体……………………ま、ヒイロはいい気味だな』






――あとがき――

仕事納め~、お疲れ様~、良いお年を~。

いやぁ……これから天空世界やら過去編やら……長いわぁ!!


また、下記もお願いしますね。



『天敵無双の改造人間』


ノクターンノベルズ版(極めて上品な人向け):

https://novel18.syosetu.com/n8325hj/



カクヨム版:

https://kakuyomu.jp/works/16816700429316347335



ノクタ版……やっちまったぜぇ

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