第447話 分かっている

 互いに向かい合うのは、互いが最愛だった者同士。

 アースとサディス。

 記憶喪失になったサディスはそのことを覚えていない

 しかし、それでもアースが自分にとって大切な存在だったことは、本能で覚えている。

 運命の決勝戦へ赴くアースの前に現れたサディスは……


『ゴーゴー、アースくん! いけいけ、アースくん! 』

『お、おま……』

『わ、分かっています! あなたが……私を嫌い、そして私の応援など煩わしいだけなのかもしれません……ですが、それでも……』


 心の底からエールを送った。

 それに対してアースは、少し照れながら背を向け……


『たく……言っただろうが、俺はもう卒業したいって……だからもう十分なんだってよ……でも……それでもよ……何かしてくれるってんなら……せめて、『今度は』……ちゃんと最後まで見ていてくれよ……もう……あんなこと……』


 この時のアースの言葉の意味を、二人を知る者、そして帝国での御前試合での出来事を知っている者たちは誰もがピンと来た。


『では、超新星・アース! 決勝に立つに相応しい、選ばれし男の中の漢、出て来いやァ!!』


 全ては、御前試合でアースの技を見て発狂したサディスが叫んだことが始まりだった。



『ちゃんと見てろ! そのうえで、お前に認めさせてやる!』


 

 この記憶喪失をしているサディスは分かっていないが、アースがその御前試合でのことを言っているというのは、知っている者たちだけには分かった。



『いくぞおらあああああああああああ!! 全員、俺を見ろおおおおおおおおおおおおおおおお!!』



 雄叫び上げながら走り出し、強敵が待つ決勝へと飛び出していくアースの姿に、帝国民たちは互いの顔を見合った。


「そうだよな……あのとき……」

「ああ、『サディスちゃんが』『あんなことを』叫んだ『所為』で、アースくんはいたたまれなくなって逃げだしたんだよな……」

「本当だよ……小さい頃からあんなに仲良かったサディスちゃんにあんなことを叫ばれたら、そりゃ逃げ出したくもなるよ……」

「ああ。サディスがあんなこと叫ばなければ、皆誤解しなかったんだしよ」

「そして、リヴァルくん、フーくんと一緒にフィアンセイ姫を支える帝国騎士としてこの国は安泰だったのにな……」

「アースくん可哀想」


 そのとき、帝都の民たちから……


「うむ。これまでの経緯を見る限り、彼は妙な禁術や契約などで異形の力を身に着けたわけではない」

「ああ。流石は勇者の息子だな。別にヤミディレに何かされたわけでもなさそうだし……」

「ふっ、俺は最初から彼はあれぐらいやると知っていたけどな」

「あ、おい、お前……いや、俺も知っていたけどな」

「ま、そりゃマアム様とヒイロ様の血を引いている勇者の息子だからな」


 帝国騎士たちが……


「でも、アース君も優しいよね……サディスさんにあんなこと言われたのに、あんな風に接してるんだもん」

「やっぱ、勇者の息子なだけあって器がデカいんだろうな……」

「なあ、もしそうなんだとしたらさ、俺らも『誤解は解けたしもう全然気にしてねえよ』って言ってやったら……アースも帰ってくるんじゃないのか?」

「そうだよね! サディスさんと仲直りできたら……うん!」


 アカデミーの同級生たちが……



「アース……お前はあの時……御前試合で本当は賞賛されるべきだったのだな……」


「陛下……」


「サディスの過去を考えればアレは仕方のないことだった……だが、我々がもっとどうにかできていたら……こんなことには……今頃お前はフィアンセイの婿として、共に世界へ向けて帝国の輝かしい未来を示していたというのに……いや……まだ!」



 七勇者の一人でもある皇帝を始めとする関係者たちが……


「なぁ、応援してやろうぜ!」

「そうだな、あいつ卑怯な手を使ったわけじゃなくて、頑張ったんだろ?」

「サディスちゃんのアレも誤解だったみたいだし……」

「それに、今のサディスちゃんは記憶を失ってるって言っても、そのサディスちゃん相手に、何だかもう怒ってるわけでもなさそうだし……」

「ああ! この大会がいつ行われたものかは分からないけど、優勝とかしようもんならすごいもんだろ!」

「それに、この記録的なあれは現在世界中で流れてるんだろ?」

「ハズレ2世がようやく勇者の息子としてその力を世界中に轟かすわけだからよ!」

「そうなればあいつも家出をやめて、堂々と帝国に帰って来れるわけだしな!」

「ってことは逆に負けたりしたら、またハズレ2世って世界中に思われるから、そうなると帝国の沽券に関わるし……」

「そうだ、応援しようぜ!」

「ああ! 頑張れーッ!」


 結局未だに誰も何も分かっていない中で、アースは決勝戦で強敵マチョウとの対戦で激しく躍動する。






『『『『すごすぎる! あれが大魔ソニックフリッカー!』』』』


『ぐっ、こ、こいつら……ええい、もういい! 大魔ソニックフリッカー!』



 見ただけで怪力、剛力、強靭と分かる肉体を持ったマチョウを高速のステップから繰り出す衝撃波の連打で翻弄。

 しかも、観客の言葉にツッコミまで入れる余裕ぶりをアースは見せている。

 さらに……


『大魔ソニックジョルト!!』

『ぬ、うお、おおおお!? こ、これは!?』


 向かってくるマチョウに対してカウンター気味の衝撃波。

 スピードだけでなく、破壊力も伴った強力な一撃でマチョウをも吹き飛ばす光景も見せつける。


『あ……圧倒的! ちょ、こ、こんな展開を誰が予想した!? 魔極真最強と言われていたマチョウが、超新星アースに、ふ、触れることすらできずにふっとばされました! もはや誰もが歓声を上げることすら忘れて、ただ呆然としています!』


 それは、司会の者が言うように、まさに圧倒的な力であった。



「す……すげーな、クロンちゃんの彼氏」


「あ、ああ……いや、速すぎてもう何が何だか分からねえが……」


「言葉が出ねえぐらいヤバイほど強いってのは分かるぜ……」



 そう、当時の闘技大会の会場で見ていた観客たちと同じように、キレすぎる動きを披露するアースの姿に世界中が呆気に取られていたのだった。

 それは、クロンたちが今いる建設現場の作業員たちも全員同じだった。



「にしても、あいつ……俺やあのカマキリのトウロウとヤリ合った時とは比べ物にならねぇほど強くなってんじゃねえか……あのマチョウのおっさんを相手にここまでやるとはな……流石だぜ」



 そして、かつて一度アースと戦ったことのあるブロも、自分の知る当時よりも遥かに強くなっているアースを賞賛。 

 しかし……



「この程度で驚くのははまだ早いぞ、ブロ」


「師範?」


「アース・ラガンの力も技術もまだまだこんなものではない」


「ッ!?」


「それに……この闘技大会から既にもう数か月……今のあやつはきっと更に……」



 ヤミディレもまた、アースと一度だけ戦った。

 だからこそ分かっている。

 アースの力。

 そして、その将来性も。



「果たして今はどれほど強くなっていることやら……」


「ははは、どーやら、師範はそうとうあいつを買ってるんすね。ちと、嫉妬しちまいやすぜ」


「ふん。当たり前だ。なぜならあの男はクロン様と結ばれる男なのだからな」



 苦笑するブロに、ヤミディレは仏頂面で頷いた。

 そう、ヤミディレはアースのことを分かっているのだ。

 だが、そんなヤミディレよりもアースのことを分かっているのは……



「しっかし、クロンちゃんの彼氏がアース・ラガン……あのヒイロ・ラガンとマアム・ラガンの息子だったとはな……」


「ああ。帝国なんて俺らとは無縁の異大陸の国とはいえ、俺らでも知ってるぐらいの偉人だからな」


「勇者の息子か……そりゃすげーわけか」


「ああ。勇者の子供って何人かいるけど、七勇者同士の間で生まれた最強の血筋ってことだろ? そりゃスゲーに決まってるぜ」



 分かっているのは……



「も~~~~、それは違います!!!!」


「「「「「え…………?」」」」」



 もっとも分かっているのは女神クロン。


「私はアースのお父様とお母様が過去にどれほどすごかったのかは分かりませんが、そのこととアースがすごいことは関係ありません!」


 クロンは建設現場で積み上げれた土の山の上に登って、少しムスッとした顔で皆に向かって声を上げた。



「アースはアースなのです。私が知っているアースは出会ったころから、勇者のお父様とお母様の子供であることとか、才能がどうとかをこれっぽっちも心の支えにしていません。ただ自分が成したいもの、手に入れたいものを必死に努力して自分の力で掴み取る人なのです!」



 その言葉に込められた想い……クロンの表情を、声を、言葉を目の当たりにするだけで、見ている者たちはどれだけそこに熱が込められているのか……



「そして、アースは一度も弱音を吐きませんでした。もうやめたいとか、つらいとか、諦めるとか、そういうことを言わないで、努力していることで満足することもせず、ただ黙々と……黙々と……そして最後は……だからアースはすごいのです!」


 

 どれほど、クロンがアースを想っているのか……



「私はそんなアースに憧れています……大好きなのです!」



 どれほど好きなのかが伝わるものであった。






 そして、とにもかくにもアースとマチョウの戦いの熱気は世界中に広がる。


「ね、ねえ、ヒイロ! あのマチョウって彼……傷が……それに、筋肉が……あれって……」

「……あれは……超魔回復!? って、嘘だろ!?」


 とくに、一部の者たちからすれば、アースの活躍だけではなく、対戦相手であるマチョウもまた普通でないことを知る。

 ヒイロとマアムを始めとするかつての大戦を戦い抜いた者たちは特に反応する。

 その様子にハクキもほくそ笑んだ。



「ふっ、あのマチョウについては吾輩もヤミディレから聞いていた。人間でありながら超魔回復の体質を持っているとな」


「な、なんだって?! じゃ、じゃあ、あいつも……ゴウダと同じ……」


「ふふふ、驚くのは無理もないか。まぁ、ゴウダは貴様ら……特にヒイロには感慨深い存在であろう……『ゴウダを倒したのは貴様』だったからな……」


「……ああ……忘れるわけがねぇ……今でも覚えている、あいつのことはな……」


「だろうな。ということは、なかなか運命的だな。貴様はゴウダを。息子のアース・ラガンはマチョウを。親子揃って超魔回復の体質を持った者と戦うのだからな……そして、『倒した』わけだ」



 色々とハクキにとって驚くことの多かったことも、コレについては知っていたので、ヒイロとマアムの反応に笑みを浮かべた。




 だが、もう少し後になり、三人はこのことで更に驚くことになる。




 ハクキもまた、やはり知らなかった。




―――貴様はゴウダを。息子のアース・ラガンはマチョウを。親子揃って超魔回復の体質を持った者と戦うのだからな……そして、『倒した』わけだ




 この言葉がある意味で、半分正解で、半分は正確ではないということを。






――あとがき――

せーの、帝国〇〇! ※好きな文字を入れて叫んでください。



さて、お世話になります。先日紹介しました短編がカクヨム短編賞週間総合『1位』を取ることができました~。色んな人に読んでもらえて嬉しいです。ありがとうございます。

続いて新しくまた短編を投稿しました。



『神界から派遣されたチートの回収者』

https://kakuyomu.jp/works/16816700429644745450



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