第415話 進化した二人の乙女

「動くこと雷霆のごとし!」


 電光石火の超人的なスピード。

 全身に雷のような光を纏い、爆発的なスピードで俺に襲い掛かる。


「ふわふわ乱キック!」

「造鉄魔法・羅生門!」


 その行く手を阻むようにエスピとスレイヤがそれぞれの力を発動する……が……この速度は間に合わない。



「きしゃぁッ!!」


「「ッッ!?」」


 

 二人の攻撃と障害物が発動しきる前に二人の間をすり抜けるノジャ。


「は、はや!? お兄ちゃん!」

「お兄さんッ!」


 俺も即座にブレイクスルーとフットワークを展開。

 ノジャの爪が俺の体に引っかかる寸前で回避。


「大魔ジグアウトッ!!」

「ふん、見えてるのじゃァァァ!!」


 ノジャを手玉にとれた洗脳されていた時とは全然違う。

 ノジャは俺のフットワークに対して、素早い切り返しと方向転換でついてきやがる。

 しかも、素の身体能力が洗脳されていた時よりも格段に向上している。

 これは、あの身に纏っている光が……光?


「ッ、ノジャの奴、まさか?!」

「雷霆からは逃れられんのじゃッ!!」


 その瞬間、俺はノジャが纏っている力に思い当たった。

 そして傍らのトレイナも……


『そうだ。ヤミディレと同じように……ノジャもまた我流で身に着けたのだろう……余の力……そして何よりも、かつて自分に恥辱を与えた童の力に……』


 風林火陰山雷という、ノジャの新奥義。

 その雷の力とは、雷のような攻撃とかスピードとか、そういうことに目を奪われて、根本的なことを見落としていた。

 この力は、間違いない。


「ノジャの奴……ブレイクスルーを!?」


 おかしな話じゃない。ヤミディレだって使えた。

 何よりも、トレイナの指導があったとはいえ、俺でも使えるんだ。

 伝説の六覇の一人でもあるノジャが自己流で使えたって、何もおかしくない。


「ぬわはははは、かつての戦いで尻を掘られたとき……開発された肛門と新たな性癖の解放で精神が朦朧とする中でわらわはお主のあの力を何度も脳裏に刻み込んだ……あのとき、風でも火でも捉えられなかったおぬしを捉えるには……おぬしと同じ力を手にするしかないと!」


 なんてこった。

 

「うそ?! ノジャがお兄ちゃんの技を!? 私たちと戦った時にも使わなかったのに!」

「こ、この時のために隠して……まずいね!」


 素の力だけで伝説に名を残すほどの怪物が、ブレイクスルーまで使う?

 そんなもん、存在だけで反則だろうが。


「くそ、捕まってたまるかァァ!」

「無駄なのじゃ! 捕まえるのじゃ!」

「ッッ!?」


 そのとき、後ろから追いかけてくるノジャから必死に逃げていた俺の前に回り込むように伸ばされたノジャの尻尾が一本、俺に向かってきていた。


「あっ……」

「雷霆発動中に一本だけ、陰を発動なのじゃ!」

「ッ?!」


 陽動!? 九本の尾の内の一本だけ気配を断ち、存在感を消して俺を捕らえるために?

 気づくのが遅れた。これは避けられな……



「至近距離移動魔法・サンリーンシャ」


「「ッッ!?」」



 そのとき、俺の視界が変化。


「……ぬっ……」

「あ……れ?」


 今の一瞬で、ノジャがさっきまでとは全然違う位置に……いや、違う。移動しているのは、俺?

  

「まったく……落ち着いてくださいと申しております……大将軍」

「……ア゛?」


 今のはワープ? ただし、すごい近場での。

 あいつがやったのか?


「ラルさん、ナイス!」

「よくやってくれた!」


 ラルウァイフの奴、こんなことまでできたのかよ。



「ラル~……貴様ァ、わらわがせっかく逆レイ……こほん、わらわの恋のアプローチを邪魔するとは、いい度胸なのじゃァ?」


「ですから、それではアース・ラガンの心は決して……」


「わらわの尻尾で貴様も散らしてやろうかなのじゃ? 貴様もいい歳して未だに膜付きなのは知ってるのじゃ! どこの誰に操を立てているかは知らぬが……わらわの尻尾で容赦なくズボズボしてやろうかなのじゃ! わらわは女の子イジメるのも大好物なのじゃ!」


「ッ……大将軍……」



 本当にメチャクチャなことを。ラルウァイフが顔を青ざめて……ってか、ラルって処……って、そうじゃなくて。



「そう、ですね……小生がこの身を捧げるのはこの世で一人だけ……もっとも、その人物と未だに再会できてもいなければ、再会できたとしても、その者が小生をもらってくれるかもわかりません。小生たちは最悪の別れをしましたから……」


「ぬ?」


「しかし、それでも小生はその愛する男に恥ずかしくない女でありたい……そして、敵うならば小生があやつを幸せにしてやりたい……もう、それは恋だの性欲など超越したものです」


「…………」


「大将軍。たしかにかつての戦でアース・ラガンは大将軍に屈辱を……しかし、それをその圧倒的な広い器でどうか……そのうえで、アース・ラガンを想うのであれば小生も見守りましょう。しかし……それでも譲れぬというのであれば……」


「ん?」



 まさか、ラルウァイフがここに来て魔力を解放してノジャに身構えやがった。明らかに戦闘モード。ノジャを相手に!?



「アース・ラガンは小生の恩人にして……小生の初恋の男の親友でもあります……それを穢すことはさせませぬ」



 ハッキリと、そして迷いのない真っすぐな目でラルウァイフはノジャと対峙した。

 かつての上官であり、ましてや伝説の存在を相手に正面から。


「雷霆の―――」

「至近距離移動魔法・サンリーンシャ」

「ぬぐっ?!」


 ノジャが再び雷の力を発動しようとしたら、その前にラルウァイフが魔法を発動。

 単純な魔法の発動速度だけならばラルウァイフの方が上。

 ラルウァイフは再び至近距離ワープを発動し、自分も俺も再びノジャの前から移動。

 さらに……


「ちょこざいな! しかし、空気の流れや匂いで、貴様が現れる瞬間をわらわは見逃さぬのじゃ!」

「ふふふ、ならばこれならどうでしょうか?」

「ぬっ……ぬっ!?」


 これは!? 俺とラルウァイフが近場ではあるが、連続ワープ。

 その位置を特定させない。右に左に上にと休む間もなく連続ワープで、ノジャを撹乱してやがる。

 こいつ、こんなことまで?

 

「お、おのれぇ……ぬっ、こっち? 次は、ぬ、ぬう、ええい! ウロチョロするななのじゃ!」

「メガファイヤーボールッ!」

「うぬっ!?」


 しかも、ワープで移動しながら攻撃魔法まで放ちやがった。

 詠唱短く、しかしそれでもそれなりに威力のある魔法を俺と一緒にワープしながら放つ。


「ふん、奇襲のつもりか……だが、そんなもんわらわに当たるわけ―――」

「サンリーンシャ!」

「ん? ほぎゃああああ!?」


 なに!? ラルウァイフの手から離れた火球魔法。

 ノジャが正面から弾こうとした瞬間、火球は消えて、しかし次の瞬間にはノジャの背後から現れてノジャに直撃。



「ちょ、ラルウァイフの奴、放った魔法もワープで位置をズラすこともできるのか!?」


『ほう……転移魔法をただの移動としてではなく、戦闘に応用するか……面白い』


 

 それは、トレイナすらも唸るほどの魔法技術。

 そして、味方ながら恐ろしいと思った。


「ふふ、さっすがラルさん!」

「あれをやられると、流石のノジャも逃げられないね。たとえ、お兄さんと同じ技を使ってもね」


 その通りだ。

 こんな技を使われたら、魔法をどんなに避けようとしても、転移でどこまでも追いかけてくる。

 回避のしようがねえ。


「こいつ……当然だが、昔から遥かに強くなってやがる……」


 かつて漆黒の魔女と呼ばれたラルウァイフが、俺が知っていたころと比べ物にならないほど強くなっていやがった。

 そして……


「ふふふふ、あなたがアカさんの親友であるハニーを守るために戦うというのなら……私も愛するハニーを守るために何もしないわけにはいかないのよ!」


 強くなっているのは、ラルウァイフだけじゃない。


「あちちち……ぬっ、忍びの小娘!?」

「今こそ見せてあげるわ。師匠のアドバイスで編み出した技の一つをね!」


 エスピ、スレイヤ。ラルウァイフ。三人とも昔より強くなったが、三人には十数年という強くなるための時間があった。

 一方で、あいつには三人ほどの時間があったわけじゃない。

 天空世界で一度別れてからそれほど時間がたったわけではないのに……



「忍法・多重影分身変化の術ッッ!!」



 シノブもまた一段と……



「く、ラルといい……小娘……ぬ? 影分身? たしか実体のある分身を作る……はん! それがどうしたのじゃ! 貴様のような小娘が何人の分身を作ろうと―――」


「あら、聞いていたのかしら? ただの多重影分身じゃないわ。影分身……変化の術よ」


「変化……?」



 一段と……



「現れなさい、百体の影分身! そして、ハニーの姿に変化よ!」


「……へ?」


「え?」


「?」


「は?」



 煙と共にドロンと出てくる分身たちは……



「「「「「ノジャ……お前をメチャクチャにしてやるぜ」」」」」


「ふぇ……?」



 なぜか全員俺の姿をしていた。


「こ、コ……コレハ?」


 そして、その予想もしなかった状況にポカンとしてしまったノジャに俺の分身たちが一斉に……


「キスしてやるぜ。チュ♥」

「かわいいお尻だな。撫でてやる」

「ちっちゃいこれは摘まんでやる」

「ぺろぺろ」

「ちゅぱちゅぱ」


 抱き着いたり、ほっぺにキスしたり……ちょっ、尻触って、胸も、おおい、どこに手を突っ込んで!? どこ舐めて!?



「ふぉふぉ、ふぁ、ふぁあああああああああああ!?」


「秘技・ハニーハーレムの術よ!!」



 ちょっ、なんで?!



「お、おおおい、シノブ!? な、なんで俺の姿に!? たくさんの俺がノジャを、ちょ、やめろおおおおおお!?」


「ふふふ、いつかサディスさんたちと雌雄を決するようなことがあった時の精神攻撃用にと師匠に提案された技よ。あっ、でも安心して、ハニー。私は分身体なんかと交わったりとか自分を慰めたりに使ってないわ。やっぱり私はハニーの本体じゃないとね♪」


『まぁ……そもそも実体のある分身を作るだけでも高等技術……それを百体という人数で、しかも変化の術と併用するというのは、やはりすごいことなのだが……うむ……』



 シノブも成長している……が、こっちは素直に称賛できなかった。

 ただ、そんな中で……



「ふぉふぉふぉ……状況はよく分からぬが……御前試合であのようなことがあり、民衆から心無い言葉をぶつけられ、深く傷つけられたと思ったが……ブロくんやシノブ以外にも……もう君には君を守るためにこれだけ必死に動いてくれる仲間たちがおったか……良かったのぅ、アースくん」


「ジジイ、なんかいい話風にまとめんなぁぁ!!」



 なんかミカドだけ「ふぉっふぉっふぉっ」とほほ笑んでいたので怒鳴ってやった。

 とはいえ、シノブのこの攻撃は予想以上の効果を見せ……


「ああん♥ んほぉ、だ、らめぇなのじゃァ♥ 今回責めるのは、わ・ら・わ……んひぃ♥」


 というかノジャ自身が何だかノリノリに? つかむしろ悦びだしてないか?

 いくら数が多くても分身体。ノジャの尾を振り回せば振り払えるはずなのに、なぜかしようとせずに受け入れようとするノジャ。

 でも、俺の姿でこれは勘弁してほしい……そう思った時……



『はっはっは……吾輩が釣りに出ている間に面白ことをしているではないか……まさか、全滅しているとは思わなかった。ミカドまで敗れるとはな。部下たちから報を受けた時は耳を疑った……が、ふふふ、貴様らならば仕方ないか」


――――ッッ!!??


『とはいえ、この面々が相手であれば、流石と賛辞を贈るべきか……それとも当然と思うべきか……』



 それは、もはや何とも言えないこの空気を一変させるような言葉。



「ぬっ……ベン、どうしたじゃない? いや……ベンじゃない?」



 俺たちが振り返ると、そこにはこれまで唯一真面目に戦っていたコジローと相対していたベンおじさんが、その額に妙な魔法の紋様を浮かべて、口を動かしていた。


『あれは……人形や意識を失った者を通じて会話する……念話の一種』

『トレイナ!? なら、あれは……』

『うむ……黒幕のお出ましと言ったところか……』


 今のはベンおじさんじゃない。しかし、それなら誰? なんて疑問は愚問

 一人しかいない。



『これでジャポーネを落とすのがまた一からとなってしまうが……ふふ、まぁよい。ここから先はウマシカのお手並み拝見ということで、吾輩はジャポーネに関しては静観してやろう。溺れた魚を釣りに行ったおかげで、思わぬ超大物を手にし、吾輩も今は気分がよいのでな。なァ? コジロウ……ミカド……そして、エスピよ。ついでにノジャ……は、今それどころではないようだな』


「……ハクキ……」



 全ての黒幕が、ベンおじさんを通じて俺たちにその存在を現しやがった。








――あとがき――


作者の嘆き……


色々考えましたが、ハッキリ言ってノジャがどれだけ強くなろうと、シリアスにしてミカド戦以上の戦いを見せるのは無理。蛇足にしかならん。ので、こうなりました。

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