第384話 受け流す

 伝説の六覇から向けられる強烈な殺意。

 しかし俺を誰だか認識している様子もなく、とにかく目に映る者を引き裂いて殺してやろうってプレッシャーが滲み出ている。

 まさに手の付けられないケダモノってところだ。

 だけど……


「ふぅ……来いよ……」


 不思議だ。

 最初、ノジャの名前を聞いたときはビビった。

 ノジャが俺を狙っているとエスピとスレイヤから聞いたときはゾッとした。

 さっきもいきなり襲撃されて動揺した。

 しかし、こうして「さあ、戦うぞ」となって対峙してみると……


「グゥゥゥ……ガルルル……」


 舐めているわけじゃない。油断していい相手じゃない。一つの間違いで簡単に殺されてしまうほどの強敵だ。

 だけど、俺の心はやけに落ち着いている。


「ノジャぁ~、よくもやってくれたね! お兄ちゃん、ここは私にやらせてくれる?」


 不意打ちのような一撃でふっとばされたエスピ。だが、大きな怪我はないようで、それどころか今ので相当頭に来たようだ。

 七勇者VS六覇。

 教科書に載りそうな組み合わせだな。

 だけど俺は……


「まっ、責任取らなきゃいけないみたいだからよ……」

「お兄ちゃん?」

「飼われるつもりはないけどな」


 エスピは自分が戦うつもりだったようだが、俺はそれに頷かなかった。


――謝るけど、飼育されるかどうかは別の話だ。一度ノジャと会い、その上で向こうが力ずくでくるなら……悪いが俺も精一杯抵抗するさ

 

 一応、十数年以上もこいつは律義にエスピとスレイヤの話を聞いて、色々と待っていてくれたみたいだし、俺にもそれなりに責任ってものがある。

 だからこそ、ここは俺がやるしかない。


「謝るには、まずは正気に戻してやらぁ。来いよ、ノジャァ!!」

「グガアアアアアアッ!!」


 吠えながら地を這うような高速突進。そのまま爪を繰り出してくる。


「大魔ソニックコンビネーションジャブッ!!」

「ガッ!? ガウッ!?」


 単純な左だけだったら六覇のパワーに押し切られるが、正面から来る手刀の突きを斜めや真横から衝撃波を打って角度をズラすことは可能。

 しかし、弾いたとはいえ繰り出しただけで衝撃波が発生するその手刀は俺の背後の木々をアッサリと切り裂いていった。


「……衝撃だけで……なんともけったいな威力やな~……」

「お、ぉお……お兄さん大丈夫なのか? エスピ?」

「……うん……だけど……お兄ちゃんは落ち着いている……そして、『見えて』いる」


 確かに、当たればヤバい一撃。油断なんてしたらアッサリ貫通したり、真っ二つにされるだろう。

 でも、俺は見えているし、予測できた。


「キシャアア! シャアア! クシャアアアアア!!」

「そこ! そら! うら!」


 左右の斜め、交差、突き、連打。

 速い。

 でも大丈夫。全部見える。

 全部衝撃波で弾く。


『本能で動く獣のスピードよりも、積み重ねて極限まで洗練された童のジャブの方が速い……何よりも直線的過ぎる何の工夫もない攻撃など、最速最短最適なポイントを打ち抜く童には届かぬ』


 攻撃前の初動、予備動作も大きい。

 どこを狙って攻撃しようとしているかもバレバレ。

 何よりも幼女姿のノジャは手足のリーチが短い。


「ガ、ンガ、ガル、ギシャアアアアアアアア!!」

「なんてこたーーねぇ!!」


 ならば、集中状態に入った俺が見切ることは造作もねえ。


「おお、お、おお、なんか、なんか普通に拳で打ち落としてる? 見えないけど!」

「いくら受け流しとはいえ直接拳で触れたらお兄ちゃんもただじゃすまないけど……衝撃波で……へぇ……流石お兄ちゃん」

「……襲い掛かる攻撃の側面を弾き、捌き、受け流す……アレを全て冷静に対処……ほほぅ、やりますな~」


 どうやら、最初は心配していつでも飛び込めるようにしていたエスピも、少し落ち着いてきたみたいだな。

 そして、そんな周りの様子も分かるぐらい、俺は色々と感度が上がっているようだ。


「グギギィ……ギ、ギシャアアアアアアアアッッ!!!!」

「おっ……」


 だが、そうやって全ての攻撃を打ち落としていた俺にイラついたのか、獣は更に牙を剥き出しにして鋭い目つきで吼えてくる。

 そして、同時にフサフサの九つの尾の毛が全て棘のように逆立った。


「へっ、ついに尻を出すか?」


 かつてその尻尾でどれだけ神経を削られたか。

 ノジャの風林火山だっけ?


「ギャシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

「ッ!!??」


 しかし繰り出されたのは、ただその九つの尾を乱暴に俺に向けて叩きつけるだけ。


「ぐっ!?」


 それでも速い。頬をスパッと切り裂いていく。

 まるで九本の鞭を振り回されているようだ。


『……風林火山ではない……が、ただ尾を振り回すだけでも大木も大地も叩き割る……さて……』


 空気をスパッと切り裂き、パンと音が出るほどの衝撃波。

 俺のフリッカー同様に速くて軌道が読みづらいノジャの尻尾。さっきまでの爪攻撃のように簡単に打ち落とせるものじゃない。

 だけど、もっと集中……そのためには……


「お、おお! お兄ちゃん……両手を下げて……」

「ノーガード!? おお、い、いいのそれ?!」

「…………」


 ノジャ相手に自殺行為。だけど、俺はファイティングポーズを解いて、あえて顔面をノジャにさらけ出した。

 

「ガルラアアアアッッ!!!!」

「大魔スウェーバック! 大魔スリッピング・アウェー!」


 集中。神経剥き出しに、予測し、上体反らし、首ひねりを交えて受け流す。

 

「ちょぉ、お、お兄さん、し、死ぬ! 死なない!? 死ぬ?! ど、どうなってんの!? いや、大丈夫なの?」

「お兄ちゃん……危ない……けど……」

「ほぉ~……彼、とんでもないお兄はんやったんやな~」


 やっぱりな。フェイントも何もない。どんなにしならせようとも、結局軌道は俺に向かって真っすぐ振り下ろされるだけ。

 九本全部がそうだ。

 そして、それを今の俺なら……


「大魔ソニックパリィ!!」

「ガウ……ッ!?」


 処理できる。


『ほほぅ……器用だな……ノジャの尾を衝撃波を発するパーリングで捌くとはな』


 見て、避ける。

 見て、打ち落とす。

 見て、払って受け流す。



『まだ若くとも、普通ではあり得ぬ密度の濃い戦いを経てきた童の経験……トレーニングで積み重ねた眼力や洞察量、感知に伴う空間把握……それをフルに発揮してしまえば……ただの勢い任せの野生だけではもうどうしようもないぞ? ノジャよ』



 全部見えている。対処できる。処理できる。

 それを改めて確信した時、俺は何故ノジャと戦うというのに、最初から落ち着いていたのかが分かった。


『何よりも、感情任せに大暴れする脅威という意味では……奴の方が……』


 ノジャの何が怖いかって言ったら、とにかく寒気のするようなプレッシャーと山のような巨体。

 相手の心をへし折ったり、ジワジワといたぶって弄んだり、悍ましい性癖や残虐行為を嬉々として行う異常性。

 殺されることよりも、捕まったら何をされるか分からない恐怖もあった。

 それでいて、風林火山のように、速さやパワーや強固さなど状況に応じて繰り出せる強力な技もあった。

 だけど今はどうだ?


「ただ洗脳されて獣のように吼えて暴れるだけ……怖くねえ! 何よりも、感情任せに大暴れする脅威だったら……あいつの方が……ゴウダの方がずっと強くて怖くてヤバくて……イカしてた!」


 今のノジャに怖さがない。


『ふふ……見ているか? ゴウダよ。貴様を倒した男は、貴様との一戦により……更に高みへと押し上げられたようだ』


 ただ速くて力が強いだけの獣なんかに、ビビることはない。










「おやおや、これはとんでもないじゃない? 今がチャンス……今のうちに逃げろ……なんて考えがいかにみみっちくて、そんな気なんて失せてしまうほど……そう思わねえかい? 旦那」



「まったくでござる。自分の娘と大して歳が変わらぬと思われぬ青年に……某は目を離せないでござる」





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