第383話 狂気の獣


「おい、本当に大丈夫なんだろうな? こいつ……あの、六覇のノジャなんだろ?」


「ああ、信じられないけどな……一応ボスの話では問題ないと……理由はよく分からねえけど……」


「でも、こんなバケモノに暴れられたら俺らまで……」


「だからボスの話では、このバケモノとコジロウをぶつけ、俺らはすぐに離れて森の周囲を取り囲んで逃走を防ぐことに専念しろだとよ。そして、もしこの魔族が敗れてもコジロウもタダじゃすまない……手負いのコジロウは俺たちで……ってことだよ」


「しかし、どうしてこのバケモノが大人しくなって、しかも言うことを聞くんだ?」


「さぁな……ルートは極秘だとよ……つい最近まで帝国連中と行動していたこのバケモノがどうしてこんなことにとか、なんかヤバい理由だろうし、無駄に知ったら俺らも危ないかもしれねーしな」


「ああ。俺らはボスの言う通り、この森から出てくる連中を逃がさないようにすりゃいいんだろ? このバケモノもその命令を聞くようにされてるみてーだ」


「ん? 森から? でもジャポーネからオウテイとコジロウを追ってる忍者戦士とかもいるんじゃねーのか? そいつらも不用意に出てきたらこいつにやられるんじゃ……?」


「それは巻き添えになっても構わねーってことだろ? こわいこわい」


「いずれにせよ、早くこの場から離れたいぜ……傍に居るだけで息苦しいぐらいのプレッシャーだ……」


「でもよ、コジロウ……オウテイの首まで取ればとんでもねえ報酬……しかも邪魔なコジロウをこのバケモノと潰し合ってくれると思うとおいしいよな……」


「ん? おい、ちょっと待て……今……このバケモノ、何かピクっと反応しなかったか?」







 エスピの話ではハンターのような大人数の者たちの中に、ちっちゃい女の子が紛れてるとのこと。

 ちっちゃい女の子……という言葉だけならば、昔のエスピとかアマエとか、可愛らしいものを想像する。

 しかし、そこに「九本の尻尾」という言葉が加えられたら、一気にバケモノになってしまう。


「な、なんであいつが?」

「分かんない……だけど……コジローが引き下がったのは、アレが原因だったんだろうね……」


 千人のハンターよりも、戦闘を避けたい存在。

 それが、伝説の六覇の一人でもあるノジャ。

 だけど……


「でも、何でだ? 一応、ノジャは連合側だろ? ベンおじさんと遺跡調査してたとか……なのにどういうことだ?」

「分かんない……ただ……気になるのは、遠目からでも分かるぐらい、ノジャが……何だか変な感じだった」

「は? あいつは最初から変だろ? ってか、変態だろ?」

「そうじゃなくて! 何だろう……何か……うん、私が今まで会っていたノジャと何だか様子が違う感じ……お兄ちゃんのことを抜きにしても、何か変だった……」


 俺からすればノジャは元々変な奴なんだが、戦争が終わってからもたまにノジャと会っていたというエスピが言うならそうなんだろう。

 でも、だったら何があったのか? 


「はぁ~……ノジャ……あの六覇の……そないな怪物が立ち塞がっとったとはな……」

「でも、なんで? ハンターと? 他の魔族とかは?」


 そう、状況がまるで分からない。いや、そもそもカゲロウとコジローたちの状況も含めてだ。

 それに、踵を返したコジローたちもどこに居るかも分かんねえし……


『見ていない以上、余も何とも言えぬな……何か変というのも曖昧だしな……』

 

 トレイナも今のエスピの話だけでは何も判断できない様子。

 困ったな。

 俺も見てみないと分からないだろうし、とはいえ向こうに近づきたくも……


「とにかく、一度コジローはんと合流した方がよさそうやな……」

「だね……お兄ちゃん、レーダーで――――」


 そうだ。とりあえず、今は悩んでも仕方ない。

 一先ずコジローたちと―――――

 




「グガゴガガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」



「「「「ッッッ!!!???」」」」




 今、唐突に強烈な突風と共に、狂ったように叫んだ何かによって、俺たちは思わずふっとばされそうになってしまった。

 

「な……なに?」

「今のは……」

「震えが……」

「……なんや……いまの……」


 あまりの衝撃と叫びに耳がキーンとなっちまった。

 ただ、何が起こったか分からずとも、今の狂った叫びは誰の者かは分かる。

 そして……



『空気が変わっ……矛先が……こちらに! バカな……だいぶ離れたこの距離で……余の知っている奴の嗅覚では……この十数年で伸びたか? いずれにせよ……ッ!?』


「……え?」


『バレたぞ、童! 貴様たちの存在が、ヤツに! 急いでこの場から離れ――――』

 


 そのとき、トレイナが慌てたように叫んだ言葉に、俺がギョッとした次の瞬間、遠くの地で爆発したような巨大な土煙が上がり、そして何かが直線的に勢いよく、森の木々をなぎ倒して砲弾のようにこっちに……



「やべ――――」


「ッ! ふわふわエスケープッ!!」


 

 そのとき、俺が「やべえ」と言い終わる前に、俺たちが息をひそめていた目の前の木々もなぎ倒され、血走った目をして、その小さな口から牙を剥き出しに、その両手は獣の鋭い爪を光らせた、九つの尾を生やしたバケモノが出現。


「な、なななん!?」

「なんやて!?」


 思わず「引き裂かれる」、「喰い殺される」、「死」と思う前に、エスピは俺たちを能力でその場から飛び退かせるようにして、狂ったバケモノから回避させた……が……


「ノジャ! あんた、何やってんの! ふわふわパニ――」

「ぐぎゃがあああああああっ!!」

「ッ!?」


 エスピが回避と同時に攻撃を仕掛けようとした。だが、その前にエスピの腹部をノジャの尾が鞭のようにしなって叩きつけ、そのままエスピを木々をなぎ倒してはるか遠くまでふっとばした。


「うぐっ……いっつ、たたた……ノジャのやつぅ……っ、あぶな、い、お兄ちゃん! 族長さん! 離れて!」


 ヤバい。


「エスピッ!?」


 エスピがふっとばされ、いや、あいつは無事だ。

 って、ノジャが俺の眼前に!


「こ、この……ブレイクスルーッ!」

「グギャアアアアッ!」

「うおっ!?」

 

 咄嗟にブレイクスルーを発動させた俺に対し、ノジャは爪を立てた手刀で俺を突き刺そうとしてきた。

 ステップで回避……したが……今のは一瞬でも遅ければ、間違いなく俺の心臓を貫いていた。


『ノジャのこの目……確かに正気が……洗脳されている!? バカな、ノジャを相手にだと? そんなことできる者など……まさか、何か古代の道具でも使われたか!? しかし、誰が!?』


 洗脳? これ? ノジャが? 


「族長、逃げろッ! 早くッ、エスピのとこに!」

「え、あ、でも……」


 いや、考えてる場合じゃねぇ。このままじゃ殺される。



「大魔ソニックフリッカーッ!」


「グガグアアアアアアアッ!!」


「げっ……ぐっ!?」



 フリッカーで衝撃波の連射……は、ノジャの雄叫びと共に繰り出された尾の防御で全てを弾かれてしまい、同時にノジャは爪の尖った小さな手で俺の頭を鷲掴みにし、そのまま……やば、木に叩きつけられ……


「がはっ!?」


 後頭部!? 木!? 叩きつけられた。木が折れ、まずい!


「だ……大魔螺旋ッ!」

「ガガッ!?」


 とにかく無我夢中でぶっ放した。

 周囲の森の木々をふっとばすように巨大な渦を天まで昇らせた。

 しかし、その渦に飲み込まれる前に、ノジャは俺から手を離して一瞬で渦の外へと逃れていた。


「ウ~~~~!」


 螺旋を止め、体勢を立て直しながら身構える俺に対し、変わらず正気を失った状態のノジャは獣の四足歩行のスタイルで、口から涎を垂らしながら俺を睨みつけている。


「ったく……感動の再会を微塵もさせねーなんて……しかし……これは……」


 対面するノジャ。

 一応十数年ぶりの再会。

 昔は巨大な狐の姿の状態だったが、人型の姿の容姿は教科書や過去の手配書の時から何一つ変わっていない。

 そして、俺自身はノジャと戦うのは初めてじゃないし、こいつの風林火山だって体感した。

 だけど……



『童、とにかく今はこの場を乗り切ろうぞ。そして、過去の通りに行くと思わぬことだ……ノジャ自身のレベルも余が知っている頃よりも遥かに向上している……そして……何よりも……』


「ああ……分かっている」



 トレイナの言う通り、過去の時とは違う。それは単純な強さじゃない。

 この殺気だ。


『あの時のノジャはラガーンマンとして対峙した貴様に興味を持ち、観察したり、試したり、遊んだり……隙があった。しかし、今のノジャは……』


 そう、ある意味で俺は初めてなんだ。

 正気を失い、加減も何もなく殺意剥き出しの「ノジャ」と戦うのは。



 ただ……



 殺気剥き出しで容赦なく暴れる「六覇」と戦うのは初めてじゃねぇけどな。

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