第378話 探る

 侵入者。一瞬で俺たちの空気は変わり、すぐに家の外へと飛び出した。

 外に出ると、騒ぎを聞きつけて集落の住民たちが外へ出て、不安そうな表情を浮かべている。

 こういう事態になると、恐らくは皆が十数年前のことを思い出したんだろう。

 

「ラルさん、結界のどのあたり?」

「山の麓の深い森の中だ。数は130程……」

「え、130!?」


 ラルウァイフの言葉に思わず耳を疑った。

 数人のハンターが森の中に来たとかそういうレベルの数じゃない。


「最初に30人程の人間が結界内に入り、その後にも100人程の人間が結界内に入った」

「そ、そんなに……?」


 明らかに普通じゃない。それだけの気配が一気に中に入ったってことは、ひょっとしたら……


「ねぇ、族長……」

「分かってる……森の鳥に指示を出しているところ。一体どんな奴らが入ってきたのか……さあ、鳥さんたち教えてくださいな」


 そのとき、族長が空に向かって両手を広げて仰いでいた。まるで何かを感じ取ろうとしているかのように。

 そして、気づけば空に小鳥たちが集まり、次々と鳴きだした。

 その鳥たちに向けて、族長は両手をゆっくりと耳元に寄せ……


「……いた……走ってる。ここを目指しいているわけじゃない……ただ、森の中を走っている。すごいスピードで……とのこと」


 そういやそうだった。族長は動物と会話ができるんだった。

 つまり、ラルウァイフの張ってる結界とかで侵入者を察知し、動物たちの目を借りて情報収集すれば、何があっても状況をすぐに把握できるってことか。

 便利だな……



「ん? 130人の集団が侵入した……というより……ん? 30人の集団を……100人が追いかけている?」


「「「???」」」


「つまり、最初この土地に侵入した奴らは……何者かから逃げて、その途中でこの土地を抜けようとして……んで、その30人を追いかける100人がいるって……鳥たちは言ってるよ?」



 鳥たちからの情報を口にしながら、俺たちも何が起こっているのかを知る。

 どうやら、単純にこの土地に足を踏み入れた誰かさんたちがエルフの集落を探そうとしているとか、そういうことでもないようだ。

 

「なんか、僕にも状況がよく分からないけど……逃げてる方と追っている方は誰なんだい?」

「……うーん……」


 ちょっと予想と違う状況になっているようだ。

 そうなると、こっちの出方も変わってくる。


「誰かがここを探そうとしているなら、状況によっては戦闘で追い払うってこともあったけど……」

「そうだね。ここを探しているのではなく、逃げようとしてこの土地に入っただけだったら……僕らは静観していてもいいんじゃないか?」

「かもしれんな。だが、何者なのかが分からぬのは少々気持ち悪いな……」


 そう、結局誰なのかが分からない。

 関係なさそうだから無視する?

 とはいえ、誰かが追いかけられて……ひょっとしたら襲われているかも? もし、それが例えば……盗賊とかに襲われているところを逃げているとか……いや、しかし30人と100人ってどういう……?

 すると、状況が分からない現状を把握するためにと出てきたのが……


「じゃぁ、こうしようよ。俺とエスピ……あとはお兄さんで近くまで様子を見に行くってのは? スレイヤとラルウァイフは念のためここに残ってもらってさ」


 意外にも、族長からの提案だった。


「お父さん!?」

「ちょっ、あなた……3人だけなんて危ないわよ! もっとたくさんで行った方が……」

「だって、大人数だったら返って向こうに気づかれるし……それにその団体の位置を掴むには俺が動物たちに聞いてナビしないとだし……」


 族長の言葉に驚いたのはアミクスと奥さんだけじゃない。

 正直、俺も驚いた。

 

「へぇ、族長が自ら動くんだ。初めて会ったときはメチャクチャめんどくさそうにしてたのによ」


 ものぐさなイメージで、とにかく十数年前も集落近くの土地に足を踏み入れた俺たちに「さっさと立ち去って」みたいな感じで、極力戦闘や干渉を避けようとしていた族長が、自分から動こうとしているからだ。

 すると、族長は苦笑しながら……



「仕方ないじゃん。メンドクサイ族長の立場であると同時に……お父さんだしね」


「は……はは」



 その一言に、何だか色々な想いや背負っているものを感じた。

 族長も、変わっていないように見えて色々と心境の変化とかもあったんだな。


「ま、じゃあ道案内を頼むか。大丈夫だよ、アミクス。俺もエスピもいるんだし」

「そーそー! 私とお兄ちゃんが組んだら世界最強だから、全ッ然、心配いらないよ~!」

「アース様……姉さん……うん。気をつけてね?」


 まぁ、俺らも居ることだし、いくら人数多くてもよっぽどのことがない限りは大丈夫なはず。

 そんな俺らを見て、アミクスも少し安心したのかはにかんだ。


「むぅ……僕とお兄さんが組んだ方が最強なのに……」

「……貴様らもそこで張り合うな……とにかく、この集落は小生らに任せよ」


 ちょっとムスッとしたスレイヤとこの集落の守りは任せろとドンと胸を叩くラルウァイフにこの場は任せ……


「じゃあ、そういうことで……いこっか」

「おう」

「りょーかいっ!」


 とりあえず、この三人で様子を見に行こう。互いに頷き合い、俺たちは集落から飛び出して一気に山林を突き進んでいった。



「って、ちょっと待って! お、俺は身体能力はそんなでもないんで!」


「「……」」



 いや、一気駆けとまではいかなかった。

 一足飛びした俺らの後方で叫ぶ族長。

 だが……


「だいじょーぶ。ふわふわデリバリー♪」

「おわっ!?」


 エスピの能力で族長が急に引き寄せられた。しかも器用に森の障害物を避けながら。



「へぇ、相変わらず器用で便利だな、エスピの能力は」


「ふふ~ん、でしょ? これで私の目の届く範囲にいるうちは、お兄ちゃんにどんな危機が迫っても一瞬で助けてあげられちゃうんだからね?」


「そこはお兄ちゃんとして俺がお前らのピンチを助けたいんだけどな」


「いいの~。今のお兄ちゃんは私より年下なんだから、私とスレイヤ君に守られるべきなの! 最低でも、一緒に協力して戦うこと! もう、お兄ちゃんに守られて助けられるだけの私たちじゃないんだからね」

 

 

 互いに苦笑しながら、それなりのスピードで移動しながらも余裕で雑談。

 こういう基礎的なところもエスピは昔より遥かに強く成長していると感じ取れる。


「っていうか、前から思ってたけど、お兄ちゃんは、森の中の移動とか超うまいよね。私が操作しようとしても追いつかないぐらい」

「ん?」

「なんか、障害とかあってもスムーズに回避しながら移動して、木の枝使って飛んだりとかさ……ジャポーネの忍者戦士もビックリだよ? この間の鬼ごっこだって私たち必死だったからさ」

「へへ、そっか?」

「うん。昔助けてもらったときもそうだった……今、自分でも強くなってきてるって分かるからこそ、あの時からお兄ちゃんの動きの無駄のなさとか感覚とか、こういう森の中でのコース取りとか本当に的確だって分かるよ」


 一方で成長したからこそ、俺自身にもちゃんと感心してくれている。

 妹分とはいえ、七勇者の称号を持つエスピにこうやって純粋に褒められるのは悪い気はしないな。


「まっ……俺は師匠に恵まれたからな」

「え!? お兄ちゃんの師匠?」

『ふふん♪』

 

 あっ、なんかトレイナがニンマリと「むふー♪」って顔してる。嬉しかったか?


「いや、あの、お二人さん! 呑気に雑談してるけど、お、俺、結構この移動怖いんだけどぉ!! で、そこをそろそろ右にまっすぐで、あの、もうちょいゆっくり!」


 でも、つい半年ほど前までは俺も族長みたいな感じだったかもな。

 それこそ、森の中でウサギを捕まえられないぐらいだったからな。

 そういえば、シューティングスター一家はどうしてっかな?

 家出して初めての夜にこういう森の中の移動方法覚えて……で、その翌日にシノブたちと戦って……襲われているアカさんを助けに行くために、シノブに追いかけられながらも全力で森を駆け抜けて……


「そういや……忍者戦士といえばシノブも……」

「シノブ? あっ、それってあの黒髪の綺麗で美人な女の子だよね~? お兄ちゃんのお嫁さん候補の一人!」


 不意に俺がシノブのことを口にすると、隣にいたエスピが何やらニタニタと―――――




「その首貰い受けますぞ!! 忍法・木の葉五月雨斬りの術ッ!!」



「「「ッッッ!!!???」」」




 その時だった。


「お兄ちゃん! 族長さん!」

「おう」

「ん、静かに」


 俺たちの進行方向から人の声が聞こえ、同時に強烈な旋風が吹き荒れたのが分かった。


「逃がすな、取り囲め!」

「敵は少数、だが侮るな! 相手は超一級の手練れ!」

「確実に戦力を削ぎながら弱らせるでござる!」


 そして、感じる。


「逃がしはしませんぞ! いや……逃がさんぞ、逆賊共ぉ!」


 森の中を激しく俊敏に動き、時には荒々しく、時には金属がぶつかり合ったりしている戦闘音。

 人の声も聞こえ、攻撃をされたのか悲鳴のような声も聞こえてくる。


「さて……戦ってるみたいであまり穏やかじゃなさそうだけど……なんだろね?」

「さぁな。とりあえずこっからは気配を殺して……」

「……はぁ……やだやだ……やっぱ来たくなかったなぁ」


 とりあえず俺たちは走るのをやめ、静かに息を殺しながら、激しい音が聞こえる場所へと近づいて行った。

 だが、百人以上いるみたいだし、あまり迂闊に近づきすぎても気付かれちまう。

 だけど、問題ない。


「大丈夫だって、族長。これぐらいの距離なら、俺のレーダーが届く。何をやってるのか、ちょっと探ってみる」


 俺のレーダーならばこの距離からでも……






「ふぅ……困ったじゃない……ん? お? ……これは……!? おぉ……なーんか、なつかしい気配がするじゃない?」






 ――――――ッ!!!???



「ッ!?」


「っ、お、お兄ちゃん?」



 次の瞬間、俺はゾクッとして心臓が跳ねあがった。

 思わずマジカルレーダーを解除してしまった。


「え……あ……」

「お兄ちゃん?」

「ど、どうした、お兄さん?」


 俺がマジカルレーダーで前方の空間を索敵しようとしたとき、俺のレーダーに接触した誰かが「こっち」に気づいたのが分かった。



「ば、ばかな……ウソだろ? 俺がマジカルレーダーで探っているのを気付かれた?」


「お兄ちゃん?」


「それって……どういう……」



 こんなことは初めてだ。どんな感覚してんだ? 

 そして、一体どんなやつが……



『ふふ……これはこれは……』


「っ!?」



 そのとき、俺の傍らに居たトレイナが何故か急に笑い出した。

 一体何なのかと俺はその表情を覗き見ると、トレイナは俺に向かって……



『童よ……六覇やら七勇者やら……そういうのを寄せ付ける貴様の体質は相変わらず絶好調のようだな』


「え?」

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