第355話 もう十分、なんてものはない


「シソノータミではなくて、まずはそれを迂回してからエルフの集落?」

「そ!」


 二人に抱き着かれたまま、このまま寝るしかなくなった。

 二人からすれば俺が居なくならないように……ってことだと思うが、居なくなるわけがない。

 それはそれとして、寝る前に「明日からどうしようか?」と話をしようとした俺に、エスピとスレイヤが先にそう言ってきた。



「お兄ちゃんのお金で土地を買って、そこに何重もの結界を張って、エルフの集落は今でもちゃんと存続してるんだから。族長さんたちも、お兄ちゃんにずっとお礼を言いたくて、会いたがってるの」


「あれからボクたちも定期的にエルフの集落には通ったり泊まったりしていてね。族長にもそろそろお兄さんと再会できることは話してたんだよ」


「そっか……族長と……」



 俺としてはつい昨日のことだが、向こうにとってはエスピとスレイヤ同様に十数年ぶり。

 そして、この十数年間、エルフの集落がちゃんと存続していたことに安心した。



「ああ。じゃあ、行くか」


「うん! 楽しみだな~! それに、お兄ちゃんと会わせてあげたい子もいるしね~♪」


「じゃあ、明日に備えて早く寝よう! エスピ、君は邪魔だからあっち行ってて。君のようなだらしのない体は、お兄さんの今後の教育によくないよ」


「そんなことないよ~だ」



 寝苦しいけど今日ぐらいはいいか。エスピも大変成長されているが、不思議と変なことは思わないな。

 やっぱ、家族なんだよな……。

 ま、俺も色々な出会いや経験を経て大人になってるからかもな。

 クロンとかシノブとかサディスとか。

 ちょっと前ならナイスなボディを持った女に密着されたら慌てふためいて動揺したもんだが、俺ももうそういう子供じゃなくなったってことかな?


 なんだか、これまでの出会い、戦いを経て、俺も随分と成長したのかもしれねぇな。


 実際六覇とも戦ってこうやって生き延びてるわけだし。

 











 俺、強くなって――――







「超魔螺旋・デビルスパイラル・カタストロフィッ!!」



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!???」




 俺は成長し、そして強くなった……なんて、ちょっと己惚れそうになった俺の鼻っ柱をとんでもない力で粉々に砕いてくれやがった。

 えっと、ヴイアールの世界……もう何だろう……天変地異というか、世界の終焉というか……ようするに……



「あ~、トレイナ……今のさ……もう、訳が分からなすぎる」



 バラバラとか肉片とかそういうレベルじゃなくて、細胞一つ残らず消失してしまった。

 もうここまで来ると、怖いというか「なんじゃそりゃ」という感情しか沸き上がらねえ。

 ってか、もう大魔螺旋の進化版なのかも分からねえ。


「なんつーか、トレイナが相変わらず別格だってのは分かったよ……」


 ヤミディレ、パリピ、ノジャ、ゴウダとかと激戦を経てきたんだ。

 かつての親父たちのライバルだった伝説の肩書と。

 今なら―――



「ふん、どうせ貴様のことだ。過去の世界でノジャとも戦い、ゴウダにも勝ったことで、今の自分なら多少なりとも余と渡り合えるのではないかなどと己惚れたことを考えていただろうからな」


「はい、ごめんなさい! 思ってたよ、ちくしょう!」



 フットワーク、スピード、技術、眼力、先読み、あらゆる技術を駆使し、そしてゴウダとのあの激戦を経て、俺は一皮むけたと思っていた。

 でも、なんか普通にトレイナに負けちまった。



「まったく、余を誰だと思っている? 貴様は確かに六覇と渡り合い、ゴウダにも勝った。しかし、余はその六覇を束ねていた大魔王。ようするに、余と戦うという意味は、六覇の六人全員がかりで戦っていると想像してみよ」


「…………う……わ……」



 六人……ヤミディレ、パリピ、ノジャ、ゴウダ、そしてハクキに、まだ会ったことないけどライファント……六覇全員と同時に……あっ、そりゃ勝てるわけねぇよ。



「分かるか? 余は確かにかつて死んだ……が、六覇と対を成す七勇者の七人全員と同時に戦ってたわけであって、ようするに一対一ならヒイロに勝ってたのは必然と言えよう! つまり、童はまだまだまだまだまだまだ余には及ばず学ぶべきことが山済みというわけなのだ!」


「うっ……」


「つまりだ、妹や弟と再会できて浮かれるのも分かるし、今後の旅の同行は仕方ないとはいえ、あまりイチャイt……あまり怠けてばかりいてもダメだということだ! だから余とのトレーニングは変わらずやっていくぞ、分かったな!」


「あ~、もう、はい! 分かりました、押忍!」


「うむ、それでよし」



 強くなってこの時代に戻ってきたと思ったんだけど、逆にトレイナとの力の差が明確に分かっちまっただけなんじゃないのか?

 と、ちょっと肩を落としそうになった俺だが……


「とはいえ、まあ……貴様も強くはなっている」

「えっ!? マジ!?」

 

 その一言が俺の心を跳ねさせた。


「まぁ……うむ……でなければ、ゴウダが報われぬ。あやつは、そこらの半端者に敗れるような者ではないからな」

「……そっか……」

「ああ……貴様はよくやった……余の願いもちゃんと受け、ゴウダの最後を受け止めてくれた……よくやってくれた……」


 そう言われて、何だか少しホッとしたというか安心した。

 まぁ、トレイナは俺を褒めるのが照れくさいのか、そっぽ向いちまったけど、それでも俺にはこれ以上ないぐらい嬉しい労いで、心が一気に熱くなって満たされた。



「トレイナ……へへ……俺はまだまだ強くなるぜ! ゴウダに笑われねぇように……そして……アオニーのことも背負っちまったからな。だから、まだまだ頼むぜ!」


「ふん。覚悟することだな」



 もう十分強くなった……なんてことは俺にはない。

 まだまだどこまでも強くなることをトレイナに誓った。

 そして……


「とはいえ、今日はこれまでだ」

「え?」


 いつもはヴイアールのトレーニングは夜通しでやってるのに珍しいな。

 俺が不思議に思うと……



「さて……今度は料理で余を唸らせてみることだな」


「は?」


 

 トレイナがヴイアールの世界にキャンプ用具、野菜、スパイスなどを具現化した。



「今夜のカリーを世にも食わせてみよ。採点してくれる!」


「な、なにぃ?」



 この世界では俺もトレイナも色んなものを具現化できる。食った飯を具現化することも。

 そのメシを食って、腹が満たされて肉体の栄養になるわけじゃないが、味が分かったりする。

 でも、何で今夜?



「いや、そう言われても味そのものは今までとあんまり……」


「よいから食べさせよ! これから世界を渡るにあたってカリーを始め、料理の腕も余はチェックする! だいたい、これから4人で世界を渡ると言いながら、……余だけ……と、にかく料理の腕前や味覚は、手先の技術や感覚を養うにも良いのだ!」



 そして、もう強くなったからトレーニングが減るなんてことは無いどころか、これからは他にもやることができちまった。




 まぁ、何も苦痛じゃないからいいんだけどさ。










――あとがき――

弟妹とイチャイチャ。師匠とイチャイチャ。


本当なら一番イチャイチャしたいはずのクロンとかシノブとかサディスとかフタエノキワミ姫とかには可哀想ですが、もうちょいイチャイチャします。



【連載】

『ラブコメ初心者な元男子校生の共学ライフ~高嶺の花たちは苦戦の果てにポンコツ化する』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054922314162


【短編】

『私が死んだからって「彼のことは私に任せて!」とか勝手に言わないでよ!?』

https://kakuyomu.jp/works/1177354055227098095

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