第336話 安息の地

 ハクキ襲撃から数日が経ち、俺の怪我もだいぶ良くなった。


 俺の思い出話で色々とエルフたちと俺ら、そしてラルウァイフが互いに心を曝け出したことで、少し距離感が変わったような様子だった。

 オーガたちが襲撃する前、ラルウァイフを「処刑しろ」、「拷問しろ」、「人質にしろ」という言葉が飛び交っていたが、今はもうそのことを誰も口にしない。

 俺らに対してもアオニーたちとの戦いも含めて見る目が変わったようで、今は普通に、いやそれ以上に恩人のような扱いをされて、まぁ、悪い気はしない。

 掌返しのような気もするが、ラルウァイフもすぐにこの場からいなくなることなく、今は落ち着いた様子で気が休まるまでここに居る様子だ。

 

「よ~し、森の動物や鳥たちの協力で大体の地図が完成して……あ~なるほど……ん~……あ、ダメだな。やっぱ一番近い川がここだけか……」


 そして、皆が再び仮設住居設置の作業をしている中、一人岩の上に座って飛んできた鳥と会話をしている族長がそう口にした。


「この数日だけなら、男たちだけで水汲みに行ってなんとかなったけど……これがこれからずっととなるとキツイね。それに、鳥たちの話だとこの辺りは旅人とかハンターが通ることもあるみたいだし……危ないなぁ……」


 そう、あくまでここは仮設であり、ずっとここに住むわけにはいかない。


「前はただでさえ良い場所に加え、周辺には認識阻害の魔法を張り巡らせていた……それでもレベルの高い奴らにはバレちゃったしね……はぁ……」

「あなた……ちなみに私たちの集落は……」

「一応確認してもらったけど……もう破壊されちゃったね……エルフを逃がしたというよりは、見つからなかった……っていうことにしようとしたのかな……あのオーガの手によって……」

「そう。じゃぁ、あいつらがいなくなってからまた帰る……なんてことはもうできないのね……」


 これまではまさに人も魔族もほとんど通らない隠れ集落のような場所にエルフたちは住んでいたが、これからはそういうわけにはいかない。

 とはいえ、以前のような環境で、尚且つ人や魔王軍にも見つからないような場所というと、そう簡単には見つからない。

 魔王軍と人類の戦争は歴史的にはそう遠くない未来に終わる。

 だが、別に魔王軍がどうのこうのではなく、エルフたちにとって人間と関わるのも後ろ向き。

 俺たちとは多少打ち解けてはくれたものの、ボクメイツファミリーとかのような連中も居る。ボクメイツファミリーが滅ぶのはまだ先の話だしな。


「小生も認識阻害ぐらいなら使えるが……水や食料の確保か……」

「うん……それに畑をまた一から……変装して街に買いに行くとしても住民全員分はな~」

「その辺の野生動物を……あっ……」

「まぁ……最終的にはそうなっちゃうね……俺以外……」


 エルフも狩猟をして生活の糧にしたりする文化はあるようなので、当然そうやって食料を確保できなくもない。肉を食えない族長以外は。



「それでもせいぜいキャンプ生活を二~三日する程度……自分たちの居住区にするには……って感じだね。あ~、メンドクサイ……ねぇ、ダークエル……ラルウァイフさんやお兄さんたち、魔法で川を作ったりできない?」


「しょ、小生は水属性の魔法は……」


「俺は土属性と雷ぐらい……土掘って水がでるならまだしも……」


「私もできなーい」


「ボクもだね」

 

「じゃぁ、もう無理だ~。あ~あ……どーしようもないな~」



 そう言って、族長はやる気無くしたかのように岩の上で仰向けになって寝ころんだ。


「ちょっと、あなた! なんとかならないの?」

「族長~」

「どうにかなりませんかね、族長のいつもの発想とか発明とか……」


 そんな族長に縋るように救いを求める奥さんや他のエルフたちだが、族長はだるそうにしながら首を横に振った。


「そう簡単に言わないで……と言いつつ、元々オーガが襲撃する前に、戦わないで逃げようって言いだしたのは俺だし……はぁ……ちょっと考えるよ。マジで死活問題だし……はぁ~……ブツブツ……こんなとき……あの『施設』にある道具で何かいいものでも……ムリだよなぁ……ブツブツ……なんで『鍵』を落としちゃったのかなぁ……いや、でもどっちにしろダメか……それはそれでややこしいことになりそうだし……あ~もう」


 なかなか難しい問題。しかし、なんとかしなければならない。

 族長はだるそうな態勢でダラダラしようとしているが、その表情は真剣に悩んでいる様子。

 でも、これだけの人数で人に見つからずに生活できるような環境なんて……


『……ふむ……』


 そのとき、トレイナが族長の作った地図を覗き込んだ。

 あっ、そっか……まだ最高最大最強の頭脳を忘れていた。

 トレイナなら何か良い案が……

 

『この辺りはダメだな……なら、もういっそのこと……』


 あっ、トレイナでもダメって言葉が……じゃぁ、本当にダメなんだろうな。となると、今後このエルフたちはどうやって……


『童……』

『ん?』

『いっそのこと……土地を買う……という手段がある』

『……は?』

『いかに地上全土で戦を繰り広げていたとはいえ、それでも全部隙間なくというわけではない。戦争でも手を出しても意味のない土地には手を出さなかった……この大森林や山岳地帯は例外ではあったが……』

『い、いや、そうかもだけど……』

『世界には個人が所有だけして一切手つかずの土地もある。そこを買い取って私有地にして関係者以外立ち入りを禁ずるということもできる。エスピの七勇者としての肩書……それ以外にも、スレイヤのハンターとしての信用度があれば、金さえ積めば問題なかろう。二人の名前を使って立ち入り禁止にすれば、滅多なことで他人も侵入しようとは思うまい』


 土地を買う? そんなこと生まれて一度も考えたことなかった。


『いや、でも金さえって……その金はどうすんだよ? 皆、着の身着のままだぞ? いくら族長がこっそり作家で金を得ていたとはいえ、今は文無しだし……今の俺にもそんな金……』


 どっちにしろ、土地とか山を買うって簡単に言っても、そんなの買えるほどの金なんて誰も持っていない……と言おうとしたとき、俺はあることを思い出した。


『あっ……そういえば……』

『そう。貴様は金を持っている。ウィーンズの街で……競馬で儲けた莫大な金のほとんどを預り所で預けたな?』


 そうか。たしか、スゲエ袋一杯になっちまって、必要な金以外は全部預けたんだよな。

 確か預り所は世界各地にあって、引き落としは手続きさえすればどこででも―――


『って、俺が払うのか!? いや、別にあの金は持ってても仕方ないけど……』

『なら、貸しにすればどうだ?』

『貸しって……』

『それこそディスティニーシリーズは地上でかなり売れている……つまり、今は文無しでもこれから続編を書けば族長にもまた多額の収入が……』

『……ああ……それを十数年後に返してもらうと……あれ?』


 いま、トレイナの話を聞いていて、一つの疑問が頭を過った。

 まさかディスティニーシリーズの続編が出続けてるのって、族長が書きたいだけじゃなくて……まさか……?


「ん?」


 すると、その時だった!


「ッ!?」


 突如空気が震えた。

 まるで、ハクキが現れた時のように。


「なに!?」

「なんだぁ!?」

「うお、ちょ、見てみろよ!」


 そして同時に、俺たちが今いる森の中からさらに遠くの空で異変が起こった。


「何事だ!?」

「な……なに? す、すっごいパワーを感じるんだけど……鳥たちが……森の動物たちも驚いている……ッ!?」


 大地から空まで伸びる超巨大な光の柱。


「な、なんだありゃ!? そ、空が……割れた!? なんだ、あの巨大な光は!?」


 その柱が周囲に強烈な光を放ち、離れた地に居る俺たちまで眩しく感じさせる。


「な、なにかな……アレ……」

「お兄さん、何だと思う?」


 エスピもスレイヤも身構える。

 あのハクキと遭遇したばかりだってのに、また何があるって言うのか?


『トレイナ、あれ……何だと思う? あれは……魔力?』


 レーダーを使わなくても、肌で感じる。

 雲を突き抜けるほど伸びる強烈で巨大な光の柱。

 アレは、魔力だと。

 しかしあれほどの魔力は……


『……トレイナ?』


 トレイナなら何か分かるかもしれないと俺は問いかけるが、トレイナから何も返ってこなかった。

 どうしたのかと俺が振り返ると……


『ハクキ襲撃から数日……その間にアオニーの死亡報告……あぁ、そうか……その翌日だったか……余に……魔王軍に……魔界が激震する報告が入ったのは……』


 トレイナが、遠くの空を突き抜ける光の柱を切なそうに眺めていた。

 そんなトレイナを俺は初めて見た。

 声をかけてしまうのを躊躇うほどに……



『ん? あ、いや……心配するな、童。視認できるものの、あの光の発生源はこの場からずっと遠く……何も問題ない』


『え、そ、そうなのか? で、でも、あの光は一体……』


『ああ。あの光は……二つの巨大な力がぶつかり合って発生したもの……半壊していた連合軍……ヒイロが死の淵から復活し、あの地で魔王軍と交戦しているのだ』


『親父がッ!?』



 まさかの親父?! しかも魔王軍と……戦争しているのか?

 だいぶ距離は離れているのに……それでもその力がここから肉眼で確認できる?

 なんてふざけた……


『とりあえず……気にする必要はない』


 一応心配はないから気にするな。そうトレイナは言っているが、どうもトレイナの様子がおかしい。

 ジッと遠くを見つめて……



『……貴様は余の誇りの一つであった……悔いなく戦い……そして安らかに眠れ……ゴウダ……』



 その呟きが何なのか俺には聞こえなかった。






――――――


読者さまへ。

いつもお世話になっております。

先週は誤報でしたが、今日こそです。本日11時に、ニコニコ静画にてコミカライズが更新されますので、まだ読まれていない方は、探してチェックしていただけたら、作者発狂します。


更に、公式サイトでも最新話が更新され、サディスのお部屋が……サディスのパパパパ、パン……よければチェックしてみてください。


また、ページの↓のほうの『★で称える』で応援頂けますと、作者絶叫します。


どうぞよろしくお願い致します。



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