第324話 パリィ

 きてれつ? だか何だか知らないが、それがどうした。


「ふんぬりゃあああ!」


 ただ腕がデカいだけの剛腕じゃねえ。その筋肉には濃密に搭載された「力」が確かに籠っている。

 俺が一瞬でぶちのめしたオーガたちとは確かに違う。

 俺はステップでアオニーの背後に回り込む。


「わぁ!」

「族長たち、少し離れた方がいい……」

「うっわ……すっご……」

「だ、大地が割れた!? な、なんて破壊力なの!?」


 集落の中心が爆発したみてぇに轟音響き、巨大な穴ぼこができちまった。

 大した威力だ……でも……隙が多いし、振りかぶり過ぎだし、避けるのは造作もねぇ。


「すばしっこいーべさ」

「テメエが鈍いんだよ」


 背後に回った俺に対して、即座にアオニーは裏拳を繰り出してくる。

 でも、もう分かる。

 この時代に来てから重点的に鍛えたレーダー。その習得により向上した先読み。

 今の俺はもう何手先までも、アオニーがどう動くかが分かる。

 分かるからこそ……


「くたば――――ッ!?」


 アオニーが「今からこうやって攻撃する」と筋肉に力を入れようとした寸前にカウンターの拳を眼前に寸止めしてやった。


「……どうした?」

「お、お……お……」

「来いよ」


 これは、油断でも過信でもない。

 確信だ。

 

「な、舐めるなーべさ! 鬼百裂拳!!」


 両腕を使った連続パンチ。まるで壁のように迫りくる。

 しかし、どんなに多く見えても、俺の腕には一本一本交互に殴ってるだけにしか見えない。


「ふん……」


 右ストレートで来たら、左手で拳を上から抑え込んで受け流し、左ストレートで来たら右手で受け流すだけ。


「なん、ん、な……なに?!」


 両足を止めながらも、上半身の、しかも両手だけでアオニーの連続パンチを受け流す。 


「大魔パリィ!!」


 当たるかよ。

 無呼吸で繰り出される全てを、いなす。受け流す。


「う、うそだ、隊長! うそだろ!」

「ばかな、ほ、本気出してくれよ、アオニー隊長!」

「今こそ、鬼天烈大百下の力を見せてくだせぇ!」


 当たれば常人ならひとたまりもない攻撃がそもそも当たらない。

 気を失っていない他のオーガたちは震えた声を上げる。



「す、スレイヤくん……アレ……できる?」


「ム……ムリだ……そもそも……ノジャと戦っている時もそうだった。お兄さんの大技やパンチや足さばきに目を奪われがちだけど……あの……戦闘の全てを支配しているかのような……全てを読み切るかのような眼力は……」


「強いとは思っていたけど……あんなに強いとはね。さて……これはこれで……どうなっちゃうのかな? お兄さん」


「あ、あいつ、ただの変態じゃなかった……こんなに強かったの?」



 そして、これだけ見極められるのなら、相手が一番体重を乗せたパンチを打ってきたのに合わせて……


「ぐっ、くっそ―――」

「ここだ! 大魔クロスカウンター!」

「ッ!?」


 交差した拳が、アオニーの攻撃力を上乗せした形でカウンターを返してやった。

 肉を潰し、顔面が俺の拳で陥没し、鼻を、歯を、骨を砕いて殴り飛ばしてやった。


「かっ、かは……がっ……」


 ついに仰向けになり、そのまま起き上がることもできずにうめき声をあげるアオニー。

 その瞬間、全ての決着が着いたと言える。


「す、すごい……お兄ちゃん、強い!」

「流石ボクのお兄さんだ……あんなパンチで殴られたらと想像するとゾッとするよ……」

「つよ……」

「し、信じられないわ……」

「「「「す、すごい! あの人間……一瞬でオーガたちを……」」」」


 上がる歓声。俺を変態扱いしていたエルフたちも掌を返したかのように笑みを浮かべて拳を突き上げている。

 現金な奴らめ。

 だが、数か月前は俺もまだまだだったが、それを差し引いてもここに居た百人全員よりも本気でブチ切れたアカさんの方がずっと強かった。

 むしろ、こんな程度で―――


「ん?」


 そのとき、何か突き刺さるような空気を感じ取った。

 寒気……?


「……これじゃダメだーべさ」


 まだ意識があったか。しかし、こいつ仰向けになりながら何を言ってんだ?

 つうか、あれだけ殴ったのに、痛覚がないのか? 無表情で、静かで……


「確かにオメーはツエー。だけど、世界を変えたり守ったりするほどじゃねーべさ。中途半端だーべさ」

「……あ? テメエ、何を……」

「まぁ、こんなもんだーべさ……守れね……七勇者のヒイロたちですら勝てなかったハクキさまにも……それも分からねえから、オーガと友達とか半端なこと言えるだーべさ……」


 なんだ? この静さは……まるで嵐の前の……


『まだ、ここから……ということだ、童』

『ッ!?』

『貴様は強くなった……あの六覇と対峙できるほどにな……だが、鬼天烈大百下の名も……そこまで安くはないということだ』


 そのとき、最初から全て分かっていたのか、トレイナが俺の耳元で囁いてきた。


「だめだーべさ……だめだー……べさ……だめ……イライラする……中途半端にツエーだけでヨエー貧弱がイイ奴ぶって半端なことしようとするの……ああ……アア……ブッコロシテェ~」


 分からねえ! でも、来るッ! 


「ちっ! なんだってんだ……」


 何かが……爆発する!


「お兄ちゃんッ!?」

「どうしたんだい、お兄さん!」


 背筋に冷たい汗が流れた。

 俺は思わずその場から一歩飛び退いていた。

 そして次の瞬間……


「クールにスマートに……期待ハズレハ潰スベーサ」

 

 大人しく穏やかな口調。なのに山が、森が、辺り一帯が一瞬で凍り付くような寒気。

 頭部の角が更に鋭く巨大に伸び、その全身が青黒く変色し、目が冷たく鋭く変わった。


「あっ……」


 この迫力は……あのとき……シノブの兄貴たちに襲われて、畑も家も燃やされてブチ切れたアカさんと似ているが、少し違う……


「アカさんと似ているようで違う……全てをさらけ出して滾っていたアカさんと違ってこいつは……静かに、内で燃えてる……キレてクールになるタイプか……」


 なるほど。トレイナの言う通り、肩書は安くなく伊達じゃないってことか。

 でも……


「お兄ちゃん!」

「お兄さん、ボクたちも……」

「いや、手を出さなくていい、二人とも」


 変化した空気を感じ取り、エスピとスレイヤが加勢をしようとしてきたが、必要なかった。



「俺が期待外れ? なら、とことん俺のことを教えてやるよ、その上で期待に存分に応えてやるよ」



 一発殴れば倒せた相手が強くなり、もっと強烈な一発を打たなきゃ倒せなくなっただけだ。

 なら、その一発を叩きこみ、刻み込んでやるよ。

 必要とあらば、何発でもな。

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