第317話 歓待
「ねぇ、急にお客さんを連れて帰るなんてどういうこと? 私、何も聞いてないんだけど。しかも人間なんかを……」
リビングで「普通の服」に着替え、少しムスッとして若干ツリ目で俺たちを睨みながら、お茶の入ったカップに口を付ける女エルフ。
「あなたってば、婿養子の分際で随分と偉くなったものね……族長という立場で絶対的な権力者にでもなったつもりかしら?」
「いや……そんなことは……ないけど……」
「ましてや、人間を歓迎する? 誇り高きエルフ族が、下等な人間たちを歓迎するなんて――――」
これが族長の奥さんである、イーテェ。
だけど……
「ねえねえ、さっきの猫さんはなんだったの?」
「ぶっ!?」
純真無垢なエスピの問いに茶を噴き出してテーブルに頭を叩きつけるイーテェ。
「あ~、エスピ。その疑問は正解だけど間違ってる……聞いちゃダメなんだ……」
「?」
エスピは本当によく分からないという表情でキョトンとしている。一方でスレイヤはクールに出された茶を飲んで、決して触れない。
「ほんと恥ずかしい……痛々しいものを見せて申し訳ないです……」
「ちょっ、あなた!」
族長も自分の妻の醜態を物凄く疲れ切った様子で謝罪してくる。だが、その言葉に嫁さんは激怒。
バンとテーブルを叩きつける。
「あ、あれは、別に……た、たまにはあなたが好きそうなことをしてあげようと思っただけじゃない!」
「は? 何であんな寒くて痛々しいのが俺の好きなものだと?」
「だっ、だって! いつもコッソリ書いてる小説でかわいい感じの女の子いっぱい出てくるから……そういうのが好きかなって気を利かせてあげたんじゃない!」
「え? あんなキャラ出してないし。っていうか、そもそもああいうのは純真無垢な女の子がやるから効果的なわけであって、計算してやる女はもはやあざといを通り越して痛いんだけど」
「は、はぁ? 何よその言い草! んもう、ムカつくんだけど!」
何というか、変な夫婦だな……っていうか、俺らはそもそもここにいていいんだろうか?
っていうか、族長もなかなかキツイことを言うな。照れながらも素直になれない女が頑張って気を引こうと思って実行したニャンニャン作戦をボロクソに言ったな。
ああいうのは純真無垢な女の子が……か……例えばサディスの場合……
――うふふふ、今日は可愛がってくださらないと赦しませんニャ、坊ちゃま♡
う~ん……悪くない……イタズラ猫って感じ……まぁ、でも確かに違和感は……
――ハニー……いいえ、ご主人様。このシノブ猫を可愛がってくれないと、ニャンニャンするわよ?
たぶん、シノブはお願いしたらやってくれそうだけど、あざとい……これもなんか違和感がありそうだな。
っていうか純真無垢と言ったらクロン……
――にゃ~、アース~、最近構ってくれなくて拗ね拗ねですにゃ~。うふふふ、今日は猫さんになって、アースに甘えちゃうんですニャ♡
「おうっふ!」
「お兄ちゃん?」
「お兄さん?」
『……わらべ……貴様というやつは……』
やば、思わず興奮して……すげーかわいい。いや、もう想像の中で抱きしめてたかも。
クロンなら自然だ。っていうか、族長の言うとおりだ。流石は作家先生だ。
そして、クロンもお願いすれば嫌な顔一つしないでしてくれそうな……ヤバい……そうなると俺、自制はできねえかも。
――にゃ~、アースのほっぺをぺろぺろにゃにゃんです~♡
「うおっ……」
――でも、クロン猫さんは本当はわるいこなんです……ご主人様お仕置きを……
ヤバいヤバいヤバい。俺は人の家で、しかもエスピやスレイヤの隣で何を変態なことを考えている。
あ~しかし……
「で……ねえちょっと、そこの人間! さっきから変な顔して……だいたい、あんたたちは何なのよ!」
「…………う~……」
「っ、ちょ、ちょっと無視してるんじゃないわよ!」
「ふぁいっ!?」
「聞いてるの!?」
やべえ。妄想の世界にどっぷりつかってて、族長の嫁さんから話しかけられてたのに全然気づかなかった。
「あ、は、はい。なにかにゃ?」
「…………………あ゛?」
「ぶほっ」
……あ……しまっ……噛んだ……
「ち、ちが、い、今のは間違い……」
「ふ……ふふふふふ……我が夫もどうやらとんでもない客人を連れてきたようね……」
もはや、その目が「殺す」と語ってるよ。
しかも族長はムセてツボったようで、テーブルに突っ伏してプルプル震えてる。
「ぷく、くくく、と、とにかく、落ち着いて……イーテェ」
「うるさい! だいたい、あなたはどうして毎回私に何の相談もなく勝手なことするの! 今回だけじゃないわ、例のダークエルフもさっさと処刑すればいいのに牢に入れて様子見とか、記憶消して釈放しようって提案したり!」
「え~~~~? 相談しても話聞いてくれないじゃん……」
「はぁ? そんなことないわよ! あなたが本気なら私だってちゃんと聞くし……だいたい、あなたは私のことをどう思ってるのよ!?」
「ん……セカイイチアイシテルヨ」
また始まった。しかも族長の何て心の籠ってない「愛している」だ。
「あ、そ、そ、う……なら……べつに……んもう……バカ……」
え? 今のでいいの? なんか、やっぱ族長も族長だけど、この嫁さんも変だわ。
これはこれで一つの夫婦の形なのかもしれんけど……
『ふぅ……それよりも童……そのダークエルフ……』
『あ、ああ……そうだったな……』
と、そこで気になることについて聞いておかねぇとな。
「なぁ、族長。ちょっと気になってたんだが、そのダークエルフって……」
「ああ、魔王軍のね。大丈夫。魔力を封じて牢に入れてるから勝手には出られないから。処遇については協議中……皆は殺せっていうけど、俺はあんまりね……」
「そうか……」
やっぱり、ゲンカーンで会ったダークエルフなんだろうか。
別にそこまで深く戦ったわけでもないし、何か因縁があるわけでもない。
それを俺がその処遇について口出しするのも変な話なのかもしれねーけど……
「とにかく、今日はこのお兄さんたちを歓迎して、俺の作品について話し合うから! 夜通しで! イーテェも我慢して欲しい」
「え?! ちょ、じゃあ……きょ、きょう……排卵……契りは?」
「いや、え? 客人の……子供もいる前で何言ってるの? 引く。すごい引く。引く」
「~~~~~~っ……ばか……どうなっても知らないんだから……」
あらら、拗ねちゃった。っていうか、嫁さんはメンドクサイがとりあえず族長のことはガチで好きだというのは分かった。
族長も鈍いんだか……
「ったく、ほら、あなたたちはこっちに来なさいよ」
「?」
すると、拗ねて部屋の奥に行こうとする嫁さんが、エスピとスレイヤを呼んだ。
「子供に夜更かしさせられないし……それに、あなたたちちょっと匂うわよ? お風呂にあまり入ってないんじゃないの?」
「え? お風呂……川で洗ってるけど……」
「ちょ、ダメよそんなの! ほら、来なさい。お湯沸かすからちゃんと洗いなさい!」
「お風呂? お風呂! うん、入る! お兄ちゃんは……」
「まずはあなたたちから入りなさい」
「え? ボクはいいよ!」
「何恥ずかしがっているのよ。ほら、一緒に入りなさいよ」
「ボクは男の子だし!」
「はぁ? だからどうしたのよ」
意外にも二人を風呂に入らせようとしているようだ。
その様子は、さっきまでの口うるさく痛い女にしか見えなかったのに、何だか口うるさい面倒見のいい母親のように見えなくもなかった。
「べ、べつに私たちの家が汚れたり臭くなるのが嫌だからであって、別に勘違いしないでよね!」
素直ではないのは変わらないようだが……
「ははは……族長の嫁さんには悪いことしちまったな」
「いやいや、別に……」
「でも……優しいんじゃねえのか?」
「…………………」
「なんか、離婚がどうとか言ってたけど、あんたも満更じゃないんじゃ……」
エスピとスレイヤを引き連れて無理やり家の奥に行く族長の嫁さん見て、思わず俺は笑っちまった。
すると、族長は俺の言葉に特に否定するわけでもなく……
「望まない結婚だし、俺は正直小説のネタ探しのために世界を旅したいまでもある。でも……今の情勢の中であいつを残してそれを実行できないぐらいには気になっている存在ではあるということは否定できない」
やべえ。これまた何とも分かりにくい回りくどいというか……
「族長もメンドクセーな」
「人は生きてるだけでメンドクサイんだから、メンドクサイのはむしろスタンダードだ」
「ふ~ん……」
「な、なんでニヤニヤしてる……」
「べっつに~」
なんか、二人そろってメンドクサくて、逆に丁度良くお似合いなんじゃないのかなとも思ってしまった。
「お兄さんは15だっけ? 人間の15といえば思春期丸出しの恋だったり、痛い黒歴史を作ったりする年代……お兄さんにそういうのはないの?」
「俺? 俺は……」
族長が反撃のつもりなのか俺に聞いてきた。
そして、族長の問いはまさに心当たりが多くて、俺は苦笑してしまった。
「たしかに……恋愛でも……痛い黒歴史関連も……積み重ねているかも……」
「…へぇ……って、別に人のコイバナをそこまで掘り起こす気はないから言わなくてもいいけどね。つい最近、メチャクチャ重いコイバナを聞いたばかりだし……」
「ん?」
すると、俺に深く追求しない代わりに、何かを思い出したのか頭を抱えだす族長。
一体何が……
「いやさ、さっきも言ったけど、捕えてるダークエルフ……あれが重いんだよ……死んだ幼馴染で初恋の人の仇を討つために人間を……とかって……まぁ、あんたには直接関係ないかもだけど……」
「へぇ……そういうことが……まぁ……戦争やってりゃそういうのもあるか……でも、確かに重いな……」
確かに重たいなと思う。だが、それでも俺はそこで深く思いこまないようにした。
この時代のこの世界ではそういうことがいくらでもあるだろう。
それこそ、人間側からすれば同じ想いをしている奴らもいるだろうし、そのダークエルフに殺された人間だっているだろうしな。
だから、俺は俺が関わるものではない……そう思っていた……
「そう、だから重い話は無しに。さぁ、俺の部屋に来て! 実は今後のプロットやらもあるし、何だったら意見を……」
「おお~」
『ぬおおおおおおおおおおおお、それは本当かぁ?!』
トレイナも久々にメチャクチャ楽しそうに喜んでるし、俺はこのとき、ダークエルフのことはそれほど考えないようにしていた。
だけど、俺はこの時はまだ気づいていなかった。
そのダークエルフは、俺にとって……「まったく関係もなければ、どうでもいい」……と言える存在ではないということを。
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