第311話 幕間(将来妄想くの一)

「サスケとサクラは、アカデミーに進学させたくねぇ」

「あなたがアカデミーに対して複雑な気持ちを抱えているのは分かるわ。でもね、アカデミー卒業という肩書は、将来どのような道に進む場合においても役に立つと思うの」

「別にそんなもんは、二人が大きくなってから考えればいいじゃねぇか。俺だってアカデミー中退だしな」

「でも、大きくなってから『あのときアカデミーに進んでいれば……』なんて後悔するよりは……」


 結婚して十年目ともなれば、夫婦の会話で中心になるのは愛する子供たちのこと。


「なぁ、サスケ、それにサクラも。二人は将来の夢とかあるか?」

「父さんみたいな、強くてカッコいいおとな!」

「おとーさんの、およめさん! それと、お花屋さん!」


 私としては、やはり将来つぶしが利くように、子供達には帝国の戦士アカデミーに進んでほしいと思っているわ。

 私自身、ジャポーネの忍者アカデミーをトップで卒業したというのに、忍者戦士は職業難だった苦い経験があるから。もっとも、それで国を飛び出して愛するハニーに出会えたのだから、それは運が良かったのだけれど……とにかく、世界のどこに行っても、どの道に進もうと役に立つ帝国戦士アカデミー卒業という肩書は子供たちに持たせてあげたいと思っている。


「な? 今はまだアカデミーみたいな競争ばかりのことは考えなくていいんじゃねぇか?」


 一方でハニーはそういうことにはこだわらない。子供たちは普通の道に進んでも構わない。ただ元気に、そして人に優しくすることができ、その上で努力する根性を持った子に育ってくれさえすればと。

 もちろん、私もそれには賛成よ。

 でも、それ以外のことも……


「それはそうだけど……でも、お隣さんは既に塾に通わせたりと受験戦争に備えているのよ? 戦争の準備は早いに越したことがないわ。そうでなければ、いざ戦おうとしても準備不足だったりして戦えないわ」


 という私の考えとハニーの考えはぶつかることになる……





 ……と思うわ。



「……こんな感じになるのかしらね。ハニーは何だかんだで物凄く子供を甘やかしそうだし……」



 と、幸せばかりではなく、共に子供の将来について夫婦で意見をぶつけ合う妄想……じゃなくて、夢……いいえ、幸せ家族計画のシミュレーションね。

 冥獄竜王バサラが伝授してくれた幻想魔法・ヴイアール。本当に素晴らしいわ。

 魔法も忍法もルーツは同じだからか、魔法を学んだことのなかった私でもこうして発動することが出来た。

 これにより、私は将来起こりうるであろう夫婦間の問題も対策を立てることができるというもの。

 もちろん、まだ私がクロンさんやサディスさんを差し置いて、ハニーに選んでもらえたり、好きになってもらえるとは限らない。

 でも、私の野望は二人よりハニーに好きになってもらうことではない。だって、それはあくまで仮定の話。

 私の野望は幸せな家庭を築くこと。そしてハニーと生まれてくる子供たちにも幸せを感じてもらうこと。

 その幸せを築くうえで、途中で何かぶつかることもあるため、その時のためのイメージトレーニングを私は行っている。


 そう、夫婦とは、ただイチャイチャするだけのカップルではないわ。


 仕事から帰ってきたハニーを裸エプロンでお出迎えして、台所に向かおうと背を向けた私をハニーが後ろから……あん♡ ……とか、夜通し耐久子づくり祭りとか、そういうことばかりしているだけが夫婦ではないわ。もちろんそれはそれでドンと来いだけれど……

 とにかく、時には遠慮なく互いの意見をぶつけ合うことも夫婦には必要になるのよ。

 

「ただ……今の時点でどうしても予想がつかないもの……それは、ハニー自身が将来どのような職に就くか……ハニーの過去の話を聞く限り、家出した帝国に戻ることも、帝国戦士になることももうないのかもしれないわね……」


 そうなると、私がいかに帝国アカデミー卒業をした方が子供のためになると思っていても、ハニーはやはり気が進まないだろうし、そもそも将来私たちが住む場所は帝国ではないかもしれないわね。


「ハニーとジャポーネに住むというのも悪くはないわね……ただ、抜け忍の私がどう見られるか……コジロウ様は笑って迎えてくれるかもしれないけれど……」


 これまで頭の中だけで考えていたことを、こうして夢の中で再現することができるため、その結果より一層将来のことで思い悩むことになってしまった。

 これが、マリッジブルーというものなのかしら?


「いっそのこと、家族で冒険者とかハンターになって、世界中を旅しながら子育てというのも悪くないのかもしれないわね……ん? あら? ……ふむ……」


 私は考えがまとまらなくなり、不意に開き直って思いついたことを口にしてみた……でもそれは……


「いい……かもしれないわね!」


 意外とそれはそれで悪くないのではないかと思ってしまったわ。


「実際、ハニーはまだしばらく一つの場所に根を下ろすようなことはせず、世界を回るだろうし……でも、旅をしながら子育てって……ううん、逆に色々な経験をさせてあげることができるわ。それに、下手にアカデミーに通わせるより、私とハニーが勉強とか戦い方とか知識を与えた方が余程タメになるかもしれないわね。ハニーも人にモノを教えるのは得意みたいだしね……モトリアージュくんたちの話を聞く限り……」


 ちょっと危険かもしれないし、収入は安定しないかもしれないという不安はあるけれど、でもそういうのも将来の選択肢としてはアリだわ。



「旅をしながら幼い子供たちを育てる……なんだろう……すごい幸せかもしれないわ。ハニーは、私のこの考えをどう思ってくれるかしら? 気に入ってくれるかしら?」



 よし、では早速そのシミュレーションをしなければ……と、そうではなくて!


「もしそういう生活を送ることになるとしたら……その生活で私が足を引っ張るわけにもいかないし……やはり、私自身のレベルアップがどうしても必要ね。先の先の先のことばかりではなく、今の私自身のレベルアップ……」


 そう、いつまでもシミュレーションばかりではなく、ちゃんと私も場数を踏んで、来るべき将来に備えてレベルアップしなければいけないわね。

 幸せな悩みの時間は一旦置いておき……


「まずフィアンセイ姫……兄さん……そして、初めて森で出会った頃に私を倒したハニー……戦おうではないの! それを経て、今のハニーやパリピやコジロウ様辺りともイメージトレーニングで戦わないとね!」


 将来のため、私も必ずハニーの隣に立てるように精進するわ。

 待っていてね、ハニー……ううん、あなた。そして、私の愛する子供たち。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る