第278話 幕間(メイド)

「資材の手配や復興支援の増員は我の方から帝国及び、近隣のベトレイアル王国に要請した。外界の者たちの介入に最初は戸惑うと思うが……」


「ありがたく支援を受けたいと思う。感謝する……外界の姫よ……」


「水臭い。アースとサディスが三ヶ月も世話になったのだ。それに、鎖国を続けていた貴方たちがこの度我々を迎え入れてくれたこと、心より感謝する、マチョウ殿。引き続き、カクレテール国のまとめ役として、よろしく頼む」



 フィアンセイ姫の指示、及び旦那様が近場で待機させていた帝国の調査団の助けもあり、このカクレテールの復興が続いています。

 無論、この国が負ったダメージは計り知れず、何よりもクロンさんとヤミディレという心の拠り所を失ったことへの喪失感や不安は大きいでしょう。

 しかし、この国は私たち外の人間が思っている以上に逞しい。

 前を、そして上を向いて進もうと頑張っています。

 その証拠に……


「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」


 復興作業で大人たちが忙しい中で、あまり子供たちに構って上げられない状況の中、アマエは黙々と縄跳びを飛んでいます。

 道場で大人たちがトレーニングに使っているものですが、子供にも遊び道具として使うことができるのでおかしいことではありません。

 ですが、跳んでいるアマエはとても真剣な顔です。


「アマエ~、なんか真剣すぎね?」

「どうしちゃったのかな? なんか、帰ってきてから……」


 カルイとツクシも苦笑しています。

 そう、数日前に天空王子よりカクレテールに送り届けられたアマエ。

 すでに天空世界へ帰還した天空王子から何があったのか大よそのことは聞きました。

 坊ちゃまたちが、旦那様と奥様を出し抜いたということ。

 その話を聞いたとき、私は不謹慎ですが思わず笑ってしまいました。

 戦えば今でも世界最強クラスの旦那様と奥様を、坊ちゃまが出し抜いた。

 むろん、そこには王子やクロン様、何よりもあの憎き大魔王の助言もあったのでしょうけど、それでも坊ちゃまが足さばきで旦那様と奥様を翻弄して尻餅つかせたと聞いたときは、思わず拳を握ってしまいました。

 胸が高鳴ってしまいました。

 そして、今の坊ちゃまの実力ならば、条件さえ揃っていればそれも可能なことなのだと納得してしまいました。

 そう、それが数日前のこと……そして帰ってきたアマエには……


「つよくなるって約束した。おにーちゃん、女神さま、大神官さま、ブロも、アマエがつよくなったら、たよるっていってた。だからつよくなるの、おねーちゃんもカルイも、じゃまは、や! これをピョンピョン跳んで、おにーちゃんみたいにつよくなるもん!」


 坊ちゃまたちを追いかけたアマエを説得させるための言葉……ですが、その話を聞いたとき、自分にも当てはまる言葉だと思いました。


「ああ、アマエの言うとおりだ」

「おじさん!」

「自分も復興作業の合間に、筋トレの量を増やす。アースに負けないようにな」

「ん! おじさんもつよくなろ!」


 いえ、自分だけではなく、数日前の戦いで己の無力さを痛感した……今、この国にいる全ての者たちにとっても、のようですね。

 マチョウさんがアマエの頭を撫でて大きく頷かれます。


「ちょ、抜け駆けは禁止かな、マチョウさん!」

「そ、そうっすよ!」

「おっと、それなら僕たちだってそうですよ! 今度こそ、アースくんと共に戦えるぐらいになるんですから!」

「オラァ、筋トレ、ランニング、スパーリングはいつだって大歓迎だ!」

「もっと食べて強くなるんだな!」

「もう足は引っ張りたくないんで……」


 もちろん、ツクシやモトリアージュくんたちも瓦礫の撤去をしながら笑顔で声を上げています。

 それに呼応するように、道場の人たちも、そして他の方たちも一斉に……


「本当に良い国だな……悔しいぐらいに……」

「姫様……」

「我も……そして帝国の民も……これでは……アースに見放されるわけだ……」


 姫様が眩しそうに、そしてどこか複雑そうにしながらこの光景を眺めて呟かれました。

 その気持ちを私も痛いほど分かります。

 

「それに強くなる……か……。本当にそれだ……」

「「ッ!?」」


 そのとき、後ろからかけられた声に私と姫様が振り返ると、そこには大量の汗を流して体から蒸気を溢れさせている、リヴァルさまが居ました。



「リヴァル、お前は昨日ずっと瓦礫の撤去作業をしていたから、今日は休養を命じたはずだぞ? ……無茶な特訓でもしていたのか?」


「…………」


「少しは体を労われ。お前もパリピにやられた怪我はひどかったのだからな」


「労われ? あの戦いで、俺たちが何も働けなかったことは、お前だって分かっているはずだ、フィアンセイ……」

 

「リヴァル……」



 これは、神童と呼ばれた七勇者たちの子が初めて直面する壁なのかもしれませんね。

 ある意味で、坊ちゃまよりも順風満帆に成長していた、姫様、リヴァルさま、フーさまにとっては……



「昨日、道場とやらで使われていたトレーニング用の器具を瓦礫の下から見つけ、青空の下で筋力トレーニングなどができるようになったようなので、俺も朝からやってみた。初めて見る道具ばかりで興味深く、尚且つ各々の力に合わせて数値が出るようになっているみたいだ」


「数値?」


「ああ。そして一通り俺も全力でやってみて…………そして、道場の者たちに聞いてみたところ、俺が出した全ての数値がアースよりも遥かに下回っていたようだ」


「ッ!?」


「パワーも、スピードも、目の力も、あらゆる数値がな……」


 

 そういえば、道場のトレーニング器具は、そういうマジックアイテムのようになってましたね。

 マチョウさんのパワー、カルイのスピード、ヤミディレの目、などの一つの分野に特化した人の数値には坊ちゃまも敵いませんでしたが、その分の総合力とバランス力は非常に秀でていたとのことでしたね。



「まぁ、数値で出なくても、あの御前試合……そして、パリピとの戦いでとてつもないほどの力の差を知ったので、今更という気もするが……しかし……」


「リヴァル……」


「足りないものは分かっているのに……それをどう伸ばしていけばいいのか……地道に伸ばすにしても、あれほどの成長速度で強くなるアースに追いつけるのか……」


 

 おそらくは、誰もが初めて聞いたことでしょう。リヴァルさまの弱音を。

 

「あ~、だめだ~……べんちぷれすって、何あれ? ぜんぜん数値でないよ~」

「あっ……フー……」

「姫様もあとで試してみてくださいよ。ほんとうに……アースの数値がどれだけすごいものか、やってみればすぐに分かりますから」


 そのとき、疲れきった表情でフーさまも戻ってこられました。

 そしてリヴァルさま同様に、その表情は浮かない様子。


「姫様……僕たち……どうやったらもっと強くなれるのでしょうか……」

「それは……」

「パパたちに稽古をつけてもらうしかないのでしょうけど……忙しそうですしね……」

「……そうだろうな……我も父上から槍の稽古をつけてもらったのは、もうずいぶん昔のことだ……」

「だからと言って、アカデミーの先生とか……帝国戦士の教官から指導を受けても……こういう言い方は生意気でしょうけども……でも……」


 フーさまの言葉を誰も否定できません。誰もが思っていることだからです。

 当然、私もそう思っています。


「地道の努力は当たり前ですが……地道にコツコツ進んでも、今からでは僕たちは今のアースには……ましてや、六覇なんてとんでもないレベルに辿り着けると思えなくて……」


 一応、資格としては上級戦士の力を持っている私でも、あのパリピには手も足も出ませんでした。


「我も考えていた。アレに追いつくには、やはりどうしても我々も誰かの指導が必要。父上、ヒイロ殿、マアム殿、ライバール殿、ベンリナーフ殿……ミカド殿……しかし、誰もが今は多忙であろう……」


 私とて今よりもっと強くならねばと思います。

 しかし、困ったことに強くなるために何をすればいいのかが、私たちには分からないのです。

 


「とりあえず、近いうちにヒイロ殿とマアム殿もまたここに戻ってこられるだろう。そのときに、色々と相談しようではないか」


「でも、ヒイロさんが一番忙しいじゃないですか……いや、今はアース捜索のために色々とサボられてますけど……」


「しかし、七勇者や六覇クラスの力を持って、尚且つ我らの指導をしてくれるぐらい暇な者など、この世にそうそう居るものではあるまい」



 確かに旦那様に相談するのが一番……いえ……どうでしょうね。

 こう言っては何ですが、旦那様の感覚や才能はあまり参考にならないかと……だから坊ちゃまも……



「……ん?」



 そのときでした。


 私たちはこの瞬間まで、何も気づいていませんでした。


 坊ちゃまとクロンさんは、とんでもない忘れ物をしていたということを。


 どうやって、道を進むのかが分からずに迷っている私たちの遥か上空で……




「ふわ~あ……散飛(さんぴ)も飽きたわい。ヒルアは地上でもっと遊ぶみたいじゃし……しゃーない、ワシだけ先に帰るか」




 巨大な竜が欠伸をしていたのです。

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