第277話 二度目の出航

 エスピも俺もフードをちゃんと被る。

 これで周囲からは旅をしている親子か兄妹にしか見えないだろう。

 今回はコジロウでよかったけど、今後エスピの顔を知っている奴もいるかもしれないし、慎重にならねーとな。


「じゃあ、エスピ嬢元気で。ほれ、最後はハグでもするじゃない?」

「絶対しないもん。ベー!」

「んあ、最後までつれないじゃない!?」


 船着き場。この世界の向こうの大陸行の船。

 別れのハグを要求するコジロウだが、エスピは冷たく拒否。

 だけど……


「…………コジロウ……」

「ん?」


 エスピはトコトコとコジロウまで歩み寄り、服の裾をチョコンと摘まんで小声で……


「……あ……ありがと……死んじゃえって言ったの……うそだから……ごめんね……」

「はは」


 ハグをしたり、甘えたりはしないまでも、照れくさそうにしながら礼と、さっきのことを謝罪するエスピ。

 コジロウもその言葉に嬉しそうにしながら、エスピの頭を撫でた。


「これでオイラももっと頑張れるじゃない。達者で」

「ん」


 親父や母さんには心を開いていない……いや、「まだ」開いていないと思われていたエスピだけど、コジロウには少しだけ柔らかくなったのかもな。


「お兄さんも」

「ああ……」


 そう言って、俺にも笑みを向けてくるコジロウに対して、俺も頷き返した。

 その力の底は見せることは無く、正直こいつが本気を出したらどれぐらい強いのかは分からない。

 でも今回、こいつが柔らかく、そしてデカい器だってことは分かった。

 トレイナや六覇のように親父と戦った人たち……一方で、親父と共に戦った人……


「また……『会いに行く』」

「ああ、待っているじゃないの!」


 あんたのことを知った俺が……俺の方から会いに行く……そう心に決めた。


『たしかに、未来でこやつは童のことを……『知って』いるのか……気になるところではあるな』

『トレイナ……ところで、コジロウってトレイナのこと視えてたりするか?』

『いや、それはないだろう……まぁ、童には『何かある』ぐらいまでは感づいているのだろうがな……』

『そっか……』

『それにしても………………』

『ん? トレイナ?』 

 

 そのとき、トレイナが……どこか複雑そうな表情でコジロウをジッと見ていた。

 それが気になって声をかけてみるが、トレイナはすぐ踵を返した。


『ああ……『何でもない』……『何も気にする必要はない』……童』

『?』


 そう告げるトレイナの言葉に込められた想いを、俺は何も分からなかった。


「じゃあ、行くか。エスピ」

「うん」


 小さく俯いて俺と一緒に船に乗るエスピ。

 そのとき、一度だけエスピが手で目元を拭っていた。


「さみしーなら――――」

「お兄ちゃんと一緒にいるから寂しくない。帰れって言ったら、お兄ちゃんでもぶっとばす」

「……わ、分かりました……ごめんなさい……」


 冗談交じりで野暮なことを聞いたが、冗談ではすまない感じで、エスピがギューっと俺の手を強く握りしめて抗議してきたので、俺はもう言わないようにした。

 ってか、道具屋で俺に妹……アマエのことを漏らしたことで、ちょっと未だに不機嫌のようだな。


「出航だ――――!!」


 威勢のいい船乗りたちの声が甲板に響き渡り、船が帆を張り出航する。

 空は快晴。旅立ちには良い日だ。

 だというのに、こっちのチビッ子の表情はムスッとしている。


「エスピ~、ほら、コジロウにバイバイでもしろよ」

「もうしたもん」

「ったく、な~に怒ってんだよ。機嫌直せよ」

「怒ってないもん」


 そんな拗ねることでも……


『やれやれ、手こずっているようだな、童』

『う~む……ここまで懐かれると、これからドンドン大変になるな。ヴイアール世界以外での修行もしにくくなるし……まっ、どっちにしろ船の上じゃなにも……』

『修行か……まぁ、それならできなくもないぞ? 未来で船に乗った時を忘れたか?』

『え? ……あ……』

  

 しばらくはムスッとされてるエスピにベッタリされるだろうし、何もできないかと思っていた時、トレイナの言葉を聞いて俺もハッとした。

 

『未来でのあの数日の船旅では、修行と言ってもただの瞑想や気分転換のようなもので、大した効果は得られなかったが……今ならどうだ?』


 そうだ。あのときは、マジカルレーダー習得のための一環として、同時にちょっとした遊び感覚でやった。

 結果は恥ずかしいもので、船乗りのオッサンたちに笑われたが、今なら……


『それに、エスピともそれならば……多少の……』

『ちょっと遊びみたいな感覚で一緒にできるしな……』


 確かにいい案だなと思い、俺はエスピに……


「なぁ、エスピ」

「なぁに?」

「釣りでもやらないか?」

「…………え?」


 そう、釣りだ。


「釣りって……お魚を獲ったりするやつ?」

「そうだ。やったことあるか?」

「ん~……川でピュッて私の力で獲ったことある」

「そうじゃなくて、釣り竿で釣るんだよ」


 エスピの話を聞いてちょっと苦笑いしてしまった。

 たしかにエスピの力なら、釣らずに能力で獲ったほうが早いしな。

 でも、これの目的は別に魚を獲ることじゃねぇ。


「竿で? めんどくさい」

「そっか……できねーのか……残念だな。もしお兄ちゃんと勝負してお前が勝てば、また何でも言うこと聞いてやったんだけどな」

「……え?」

「じゃあ、お兄ちゃんは一人で釣りを……」

「で、できるもん! お魚ぐらい、私、簡単に獲れるもん!」

「ちゃんと竿使わないと駄目なんだぞ?」

「できるもん! 簡単だよ、そんなの!」


 アッサリと俺の挑発に乗ってプンスカしているエスピ。

 何でも言うこと聞く……って言っちまったけど、エスピも初心者ならレーダーを覚えた俺なら勝てるだろ。


 こうして俺とエスピは、ノンビリした修行を兼ねた釣りを楽しみながら、大海原へ出て異大陸を目指した。

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