第273話 伝説遭遇率
街中で七勇者が人をぶっとばす。
相手は只者ではないということもあるが、この無闇にエスピが力を使うことを今後どうにかしないとな。
「お兄ちゃん、こっち!」
「お、おう……」
『またややこしいことを……』
エスピはとにかく一刻も早く逃げたいと思っているようだが、傍らのトレイナは頭を押さえて呆れた様子。
「なぁ、エスピ……あいつ誰だったんだ?」
「しらない!」
「いや、そんなわけねーだろ!」
「お兄ちゃんは気にしないの! お兄ちゃんは私と一緒にあっちこっちいくからいいの!」
どうやら、よほど連れ戻されるのが嫌というか、連合やかつての仲間に拒否感を抱いているようだな。
『にしても、童……貴様はアレか? 伝説の住人たちを惹きつける何かがあるのか?』
『?』
『まさか、予想もしていなかった。偶然とはいえ、あの男がこの地に……』
そういえば、エスピがぶっとばしたことでウヤムヤになっちまったが、トレイナもあの男が誰か気づいていた様子だったな。
一体……
「まったく、めっさ困るじゃないの!」
「「ッッ!!??」」
「人が見逃すかどうかを考えているときに逃げられると、体が自然と追いかけちゃうから勘弁してほしいじゃない!」
そのとき、俺たちの真横を風が通り抜け、街のど真ん中でその男は俺たちの行く手を遮るように回り込んだ。
「うぅ……う~」
「こいつ……」
速いな。やっぱ只者じゃねえ。
結構広い街で人通りも多い中で逃げたのに、もう見つかるとは。
それに……
「アッサリ追いつかれるとはな……つか、あんた大丈夫なのかい?」
「ん? お気になさらず。かわいいお嬢ちゃんの癇癪だ。あえて笑って受けてあげるのも、大人の務めじゃないの」
頭にかぶってるものや、着ていた服が少し破けてしまっているが、あれだけ激しくぶっとばされたのに大してダメージが無さそうだ。
「とはいえ、こんな簡単に追いつかれるとは、ちょっと驚いたぜ」
「どーも。エスピ嬢はもとより、お兄さんの足音も筋肉の流れも覚えちゃったじゃない。だからこの街程度の大きさならば……どこへ逃げても、分かっちゃうじゃない?」
「……なに?」
「オイラぁ、そういうのは敏感なのよ」
足音? 流れ? 覚えた? それがどういう意味かは気になるが、どこへ逃げても分かる?
「けっ、言ってくれるな。だが、分かったところで捕まえられるかな? ほれ、エスピ!」
「おにいちゃ……わっぷ」
どこに居るか分かっても、捕まらなきゃいい。
余裕で言われたことがちょっとムッときたので……
「いくぜ!」
「おろ?」
俺はこの間の魔王軍を突破したときのように、エスピを抱きかかえてダッシュ。
「……ほう、カッコイイこと言うじゃな~い」
抜き去ってやる。俺のフェイントで。
「大魔キラークロスオーバー!」
相手の反応や僅かな動きから、右へ行くのか左へ行くのか、切り返しのフェイントを使って相手を逆に反応させてから抜き去るためのステップワーク。
「………………」
「?」
あれ? なんだ? ステップに釣られない?
真正面にボーっと突っ立ったままだ。
『頭、目線、両腕両肘両足両膝……相手の全身から次の動きを予測する。しかし、フェイントをかける相手が一流であればあるほどそれに引っかかることもある。だが、この男は最初からそんなもの見ていない……見えていないのだから、惑わされぬ』
そのとき、トレイナの呟きが耳に入り……
「な~んか、色々とやってるけど……フェイントかい? 最初から抜く気のない筋肉の音……全部偽物……抜きに来ると見せかけて、先にこっちが動くのを待っている……気配でバレバレじゃな~い?」
「ッ!?」
そして俺はその瞬間全身で感じ取った。
――抜けない
と。
「……ちぃ……」
「あっ……お兄ちゃん……」
親父と母さんすら抜き去ったというのに、こいつは釣られなかった。
俺は思わず諦めて、そのままバックステップで男から距離を取ってしまった。
「おぉ……事前に察知して、突っ込まずに距離を取ったか……いい判断じゃないの」
「……あんた……」
「なるほど。ただの優しいお兄さんではないようじゃない?」
面の下で機嫌よさそうに笑う男。
何もしていない。
ただそこに立っていただけ。
それなのに俺が「抜けない」と感じ取れるほどの何かを感じる。
そしてここまで来ると、俺もこの男の正体が何となく……
「まっ、お兄さん、エスピ嬢、……とりあえず一旦……」
「ッ!?」
「話し合い――――」
次の瞬間、目の前にいた男が急に消え……いや、後ろに回り込もうと―――
「大魔ジャブッ!」
「おろっ!?」
「あっ…………」
反射的に左を出してしまった。
男が高速で俺とエスピの背後に回り込み、エスピに手を伸ばして引きはがそうとしたように思えるが、その手を俺は咄嗟に弾いて、そのままエスピを抱きかかえたまま再びバックステップで男から距離を取った。
「……ほぅ……見切ったかい」
それは、ほんの一瞬の攻防。
だけどそれだけで、向こうも俺に対しての意識を変えたと分かった。
「やーれやれ……これは困ったじゃないの。サボりでとんでもないのと遭遇したじゃない……お兄さん……やるじゃないの!」
空気が変わった。
明らかにビシビシと圧が伝わってくる。
『まったく……しかし……これはこれで少々面白いかもしれぬな』
あら? なんかトレイナがちょっと面白そうにニヤニヤしている。
「何だかちょいとお兄さんにも興味持っちゃったじゃないの……」
そう言って、男は前傾姿勢になりながら腰元の布の紐をほどく。すると中に剣が見えた。
しかし、その剣を抜くわけではなく、柄に手を添えたまま静かに構えるだけ。
「なら、この距離での話し合いをするじゃない? でも、次にお兄さんがオイラを抜きに来るなら……オイラもコレを抜くかもしれないじゃないの。それはお兄さんも、嫌じゃない?」
「ははは、何言ってんだ。挑発してるようにしか見えないぜ? もっと来てみろってな」
「おやおや、何のことかオイラは分からないじゃなーい」
男は明らかに俺に向かって「かかってこい」と誘ってやがる。
「お兄ちゃん、相手しちゃダメ! お兄ちゃ――――」
『少し遊んでみろ。童。ただし、気を抜くな』
すると、エスピの言葉を遮るようにトレイナがそう囁いてきた。
『トレイナ……』
『偶然ではあるものの……今の貴様が掲げるトレーニングのテーマの……極地とも呼べる存在だ』
『ッ!?』
『マジカルレーダーとは違うが……目に見えないものを感知し、周囲の世界を把握する感覚……この男はそれを持っている』
それは、予想外の言葉だった。
男が只者ではないというのは分かるが、トレイナにここまで言わせるほどの存在。
そのレベルになるとそうはいない。
魔族だと六覇。
人間だったらそれこそ……しかも……ジャポーネの侍……
「なるほど……確かに俺も、とんでもない伝説遭遇率だな……でも……いいぜ、試すぐらい」
「ほう」
「ついでに、テメエの度肝も抜いてやるよ」
「おっほー、めっさカッコイイじゃないの!」
もし「そう」なのだとしたら、あまりにも運が悪すぎる。
なぜこうも俺は伝説とポンポン遭遇してしまうのかと。
だが一方で、トレイナがそこまで言うのなら、俺としても少しは試してみたいという気持ちも芽生えてしまった。
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