第270話 旅のルート

 懐中時計のボタンを押すだけで、時計は光って色々と動かすことができた。

 しかし今、俺がいくらボタンを押しても、試しに上下に振ったり、軽く叩いたりしても、何も変化はない。


「ま、まさか……」

「?」


 エスピが不思議そうに小首をかしげている。それだけ今の俺は動揺しまくっている。

 どういうわけか、ここは俺が生まれる前の時代。

 原理は分からないがこの時計で俺はこの時代まで来た。

 しかし、その時計が今はウンともスンとも言わない。


「こ、壊れた……?」


 これがただの時計ならまだいい。

 しかしこれはただの時計じゃない。

 もしこの時計が壊れてしまったとしたら……


「お、俺、帰れないじゃねーかよーーーーー!!??」

「お兄ちゃん?」


 ちょ、待て! 俺、帰れなくなった?! じゃあ、どうする、どうなる?

 このまま一生帰れなくなる?

 ちょっと待て、それってヤバいとかそういうレベルじゃ……



『なるほど……そういうことか……だから、未来のエスピは貴様に『シソノータミの遺跡』を目指せと言ったのだろう』


「……は?」



 そのとき、慌てる俺の傍らで、トレイナはどこか納得したかのように冷静な表情をしていた。


『恐らくこの時計……魔力ではなく、何かのエネルギーを動力にしているのだろう。それは、古代人たちの技術に関するものだろう』

『……そ、そうなのか……?』

『だからこそ、エスピが言った『シソノータミの遺跡』を目指せというのは、この時代のシソノータミを示しているのだ』

『ッ!?』

『ゴウダが帝国の辺境に乗り込んで小競り合いをしていた時期……その頃にはもう既に余は魔導都市を滅ぼしていた』

『な……なるほど……つまり……』

『未来のエスピはこうなることを予期していた。その時計を動かすには、シソノータミの遺跡にある技術を使うしかない。そしてその旅に……この時代のエスピを同行させろということだ』

『……な、なに!?』


 そう言われて、俺は未来エスピとの会話を思い返す。

 確かに、そういう話をしていた。



――それを持って……『私』と『スレイヤくん』と一緒に、シソノータミを目指して欲しいの。勝手なことを言ってるのは分かっている。でもね、それが私たちの願いなの


――お兄さん、あなたと出会い、一緒にシソノータミを目指す旅をする……それが僕たちの願い。何も知らない僕たちを……どうか導いて欲しい



 なるほど……つまりそういう……って!


「って、スレイヤいねーじゃん!」

「すれ? ねぇ、お兄ちゃんどうしたの?」


 それに何よりまずいのは、エスピを連れて行く?

 バカを言うな。エスピは七勇者の一人だぞ?

 連合軍の最高戦力の一人だぞ?

 今まさに戦争の最中だっていうのに……


『しかし、エスピ本人は帰りたくない……一緒に行くと言っている……つまりそういうことなのだろう。ある期間だけ、貴様はエスピと行動を共にしていた歴史があるのだろう……』

『で、でも、七勇者の一人が勝手にそんなこと……』

『正直、エスピが戦時中いなくなっていたという情報を余は知らない……が……人類にも魔王軍にもそのような情報を出したくない連合軍がしばらく情報を隠蔽していたのであれば……』


 つまり、俺はこれからこのエスピを連れて、再び海を渡ってシソノータミを目指さなければならない。

 しかも、まだ出会ってないスレイヤと一緒に……


「ねえってば、無視しないでよ……ねぇ……私……何かしちゃった? ……きらい……になっちゃった?」

「え?! あ、いや……」

「ごめん、なさい……ごめんなさい……だめなのなおすから……なおすからぁ……」


 あっ、ずっと放置していたエスピが涙をポロポロ流して俺の服を引っ張ってた。

 ったく……


「あ~、わり……色々と考えてて……まぁ、あれだ」

「?」

「じゃぁ……ちょっとだけ一緒に行くか?」

「ッ!?」


 これで連合軍側が実際にどれほど動揺や衝撃が走るのか、ひょっとしたら俺は連合軍から追いかけられるとかないか? という不安を抱えつつも、とりあえず今は未来のエスピの言葉通りに、一緒に行動するしかなさそうだ。


「うん!!!!」


 そして、俺の言葉にエスピは俺に飛びついてきた。

 

「お兄ちゃん、私、お手伝いいっぱいする……肩とかももんであげるから!」

「おぉ、そうか……」

「うん!」


 昨日の人形みてーな様子と打って変わって、ニコニコニコニコと、今まで溜め込んだり我慢していた感情が一気に溢れているような感じだな。

 

「さて、エスピ。これから俺たちは異大陸を目指す……だから、ここの戦争にももう……」

「うん、どーでもいい! 戦争どうでもいい! お兄ちゃんと一緒に行くから、もう知らない!」

「そ、そうか……」


 もうどうでもいいか……まぁ、まだ年齢一桁だっていうのなら、むしろこれでいいんだよな。

 俺もこれぐらいのときはサディスに甘えてたし……


『さて、トレイナ。とりあえずまた海の向こうを目指すんだけど……ここの戦争はどうなるんだ? 確か、六覇のゴウダってのがいるんだろ?』

『ん? ああ、それは問題ない。過去の歴史では、帝国領土の一部をゴウダが掠め取るも、すぐに七勇者のソルジャたちの軍と交戦して撤退したはずだ』

『陛下と? あ、そうなの?』

『うむ、あくまで牽制のようなものでもあったので、余もあまり深く進攻の指示を出さなかった』

『そっか……しかし、七勇者と六覇が交戦したのに、そんな軽い感じなのか……』

『別に珍しくもない。魔族と人類の戦争は領土を取られたり取ったりの繰り返しだ。六覇も七勇者も互いに何度も戦い合ったのだからな。ベトレイアルの連中は、随分と早まったことをやろうとしたみたいだがな……』


 とりあえず出発前に、『エスピがいなかったから歴史が変わってしまった』ということは無さそうだと分かり、ホッとした。


「さて……となると船で行くわけだが……」

「うんうん!」

「…………ん?」


 あれ? 船で行くわけだけど……俺……今、いくら持ってるんだ?

 ってか、通貨は変わってるか?


『通貨は変わっていないが……道具屋でほぼ所持金は使い果たしている……』

「げっ!?」

『そうか……渡航費用が……』


 しばらくサバイバルで生きていく予定だったからな……。

 で、改めてポケットの中を漁ると、僅かな金だけ……これじゃあ、船は乗れねえな。


「お兄ちゃん、お金ないの?」

「え? あ、えっと……」

「私も持ってない……私がもっと強ければ、お兄ちゃんも運んでピューって飛べるのに……私……やっぱり役立たず……ぐすっ……」

「い、いやいや、子供が金のことなんか気にすんな!」


 慌てて金をポケットにしまいなおす。流石にエスピに金で申し訳なさそうにされるわけにはいかねえ。

 どうにかしねーとな。

 こうなったら……また、働くか?


『ん? 待てよ……確かこの時期は……それに……この土地は……』


 すると、その時だった。


『あっ! そうか……つまり、そういう……あぁ、なるほど……そういうことか……そういうことだったのか! 『アレ』は戦時中でも予定通り開催されていたしな……』

 

 トレイナは何かに気づいたようにハッとした表情で何かをブツブツ呟いた。


『おい、童。未来とは違うルートで海を渡ろう』

『え?』

『ここから南へ真っすぐ進むと、大きな街がある。だいたい貴様らの足で三日ほどだな。『ウィーンズ』という街で、そこは戦火に巻き込まれていないので、平穏だ』

『ウィーンズ? ああ、そこならガキの頃に行ったことがあるけど……そうなのか? でも、そこに行っても金が無いから船には……』

『大丈夫だ。そこには、金のアテがある』

『えっ!?』


 思いもよらないトレイナの提案。

 まさかの金のアテ?


「あっ、そうか……」


 そこで俺はあることに気づいた。

 俺は今、偽造とはいえ身分証明書を持っている。

 つまり、今まで俺ができなかったことができるようになる。


『ハンターとして』

『ん? ああ、そっちじゃない』

『えっ……?』


 てっきり、ハンターにでもなってモンスター退治とかそういうのやるんだと思ってたけど……



『ふふふ、それなりの規模の大きな街に行けば、アレがあるだろうからな……』


『アレ?』


『なぁ、童よ……『場外馬券発売所』というものを知っているか?』



 すると、ドヤ顔のトレイナからものすごく予想外な言葉が飛び出した。

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