第269話 リボン
なんか……変なことになっちまったな……
本当ならある程度の介抱を終えたら、エスピを早く連合に帰してお別れということにしたかった。
だが、泣きじゃくったエスピは、昨日はもう俺から離れることはなかった。
俺の背中に両手と両足を巻き付かせて密着したまま眠るエスピ。
仕方なく野宿をすることになり、二人で一つのマントにくるまって俺たちは森の中で寝ていた。
「ふあ~あ……ん~……」
「しゅぴ~……ん……くぅ~……むにゃ……」
「……あらら、大爆睡だな……」
目を覚ました瞬間、俺の胸の上に乗っかって爆睡しているエスピ。
その目は泣き腫らしているが、疲れもあって、その表情は穏やかだ。
そして……ちょっとまだ暗いな……早く起きすぎたかな?
『目覚めたか? 重りをのせて寝にくかったか?』
「ん? おお……まぁ、こういうのはアマエで慣れたけどな」
『そうか』
朝起きて、トレイナと互いに苦笑し合う俺。
今、こうして俺にしがみついて寝ている子供が、俺の親父の戦友で、トレイナたちかつての魔王軍の天敵だった七勇者だなんて、誰が想像できる?
『七勇者とはいえ、まだ子供も子供……まぁ、それは……この時代のヒイロたちも同じようなものだがな』
トレイナの言葉に俺も頷いた。
正直、俺はエスピの過去はそこまで詳しく知らない。
ただ、エスピの周りに居た大人たちが何を言っていたかを大まかに聞いただけ。
しかし、それだけでこいつを、見て見ぬ振りができねーと思っちまった……
『それより、童。体を起こして深呼吸してみろ』
「ん? 昨日のレーダーのおさらいか?」
『いや、単純に……この大自然の中、少し冷たくなった空気を吸いながら、ちょっと森の外へ出てみろ。今は周囲に連合軍も魔王軍もいないしな』
「?」
何だか少し企み顔のトレイナ。
何を考えてるか分からないけど、トレイナが言うならと、俺はエスピを起こさないように、体に巻き付いたエスピの手足をそっと解こうとしたら……
「よっ、こうして……こうして、抜け―――――」
「ッ!? ひうっ!?」
「おわっ!?」
「……あ……」
急に体をビクッとさせたエスピが目を開けて、パチパチと大きく瞬きして俺を見た。
流石は七勇者。
僅かな気配にも察知したか。
「……よ、よう、おはよう」
「……おはよう」
「寝れたか?」
「……うん、寝た」
「そっか……」
「……うん……」
「…………」
「……………」
あれ? なんか途中まで解きかけた手足をまた改めてこいつ俺の体に巻き付けてきてねーか?
「……起きようぜ?」
「……うん……」
いや、なんかちょっとムスッとした顔されても……こいつ、一晩でどれだけ俺に心を許してんだ?
あんなことで簡単に甘えてきて……いや、そうじゃねーか……
逆だ。『あの程度のことで心が揺さぶられちまうぐらい、人から情をもらい慣れていない』ってことだ。
俺は両親へのコンプレックスはありつつも、何だかんだで恵まれて、サディスには甘やかされていたからな。
昨日はちょっとだけ語っちまったけど……何だかちょっと恥ずかしいな……
『やれやれ、仕方ない。もうそろそろ時間だ、二人でちょっと外へ出てみろ』
と、そんな俺たちに溜息吐きながら、トレイナが再び言ってきた。
何のことか分からないが、とりあえず……
「ほら、ちょっと散歩しようぜ」
「ん? うん……べつにいーけど……」
ちょっとムスッとしたエスピだが、ちゃんと誘うと素直に隣に並んでついてきた。
「……………」
「あ~………」
「……………」
「その………」
いかんな。どういう会話をすればいいのか分からない。
それにあんまり深入りしすぎるのもな~……えらそうにこれ以上説教するのもアレだし、そもそもこいつの怪我も大丈夫なら俺もさっさと時計で元居た時代に帰るんだしな。
そして、それはそれとしてエスピの方も、さっきから俺をチラチラチラチラ見てくる……
「ん? あっ……」
「……あ……」
そのとき、森から抜けた俺たちの眼前には谷があり、眼下にはまた大きな森が広がっており、その先には山も見える。
だが、その山の向こうからは……
「すっげ……」
「わぁ……」
眩い陽の光……日の出だ……
少し冷たいが、この自然の澄んだ空気を吸い込むと、体の奥底から浄化されていっているかのような新鮮さを感じる。
寝ぼけていた体もすぐに目が覚める。
過去に来てしまったこと、戦争のこと、エスピの過去、そして何よりも親父と母さんは何をやってんだよと思ったりして、ちょっと複雑だった気分までもが落ち着いて来る。
「なぁ、エスピ。どーだ?」
「……べつに、戦場で野営していればよく見るし……」
「そ、そうか……」
「うん。いつもよく見てるのに……」
「ん?」
「今日はいつもより……すごくいい……と思う」
ぷいっとソッポ向き、素直じゃないが悪くなさそうな反応を見せるエスピ。
そして……
「ねぇ。名前……」
「ん?」
「名前は何ていうの? 教えてよ」
名前……そういえば、昨日は色々とはぐらかしたままだったな。
とはいえ、「アース・ラガン」なんて名乗るわけにはいかないし……
『そうだ、童』
『ん? なんだよ、トレイナ』
『名前といえば……パリピが貴様に渡した偽造の身分証明書があっただろう?』
『……あ!』
そうだった。
マスターキーと一緒にもらったやつ。
あれって、小箱に入れたままポケットに……
「えっと……」
「?」
ポケットの中を漁る。
小さな小箱を開けると、中には箱に結ばれていたリボンと折りたたまれていた身分証明書。
そこには……
――タピル・バエル
かっこ悪い……却下だ。なんか嫌だ。俺は身分証を箱に入れなおした。
「?」
エスピが不思議そうに首をかしげているが、勘弁しろ。
つか、もっとカッコイイ名前にしろよ!
なんなんだ、この名前は。
もっとこ~……シュナイダーとか、グランドクロスとか……
「ねえ、名前は?」
「あ~……教えられないというか……まっ、好きなように呼べよ」
「……なにそれ、意味分かんない」
「つか、ま~いいじゃねえか、名前なんて」
そう、どうでもいいか。
エスピは大丈夫そうだし、もう俺も未来に帰るしな。
すると、ちょっと朝の冷たい風が吹いた瞬間、エスピの長い髪が乱れて顔にかかった。
俺は話をはぐらかすかのように、髪の毛が乱れたエスピに……
「わっぷ……」
「あーあ、髪が長ぇから……ほら、これやるからちょっと束ねとけよ」
「……え?」
パリピから送られた小箱を結んでいた白いリボン。
別に箱にもう一度巻き付ける意味もないし、捨ててもいいものだしな。
「え? こ、こんなの……こんなの私に渡してどうするの?」
「は?」
「助けてくれて、ごはんくれて……一緒に寝てくれて……これまで……」
「大げさだよ! そんな大したもんじゃねーし、俺が持ってても仕方ねーから、ただあげるだけだよ。プレゼントだよプレゼント」
「……プレゼント……」
「ほら」
たかが安っぽいリボン一つでここまでの反応を見せるとはな。
よっぽど、こういう経験がなかったんだな。
すると、エスピは小刻みに震えながら俺からリボンを受け取って、おいおい目が潤んでねぇか?
「プレゼント……初めて……」
「そ、そっか?」
「うん。リボンも初めて……」
「そうか……あっ、でも俺は結び方知らねーぞ?」
「やったことないけど……マアムがいつも髪結んでる……こーやって、こーやって……」
そのとき、俺は「アッ」と思った。
『トレイナ……未来のエスピ、やけにボロボロのリボンだったけど……』
『そういうことか……』
でも、こんなパリピが小箱を結ぶ用につけていたリボンだ。別に純粋に髪の毛を束ねる用のリボンじゃない。
だけど、まさかこいつはそれをずっと……
「……ど、どう? マアムみたいにかわいいかな?」
「くはははは、マアムよりかわいいんじゃねーのか?」
ちょっと頬を染めてクルっとその場で回るエスピ。
ほんの少しだけだが、俺は初めてエスピの口元に笑みが零れているのを見た。
そして……
「……り……がと……お……に……ちゃん……」
「……ん?」
「あ……ありがとう……お兄ちゃん……」
「ッ、くははは! おう!」
そう呼んできたか……ただ、少しだけあの未来のエスピの笑顔に近づいたかな?
そして、もう大丈夫だろう。
「さて、お前も大丈夫そうだし……ここから連合軍の所へちゃんと帰れるか? 俺ももう行かなくちゃいけないしな」
「えっ!?」
って、アレ!? 急にエスピが絶望に染まったかのような表情を俺に向けてきた。
「い、いくの……ど、どこへ?」
「あ。いや、俺もそのな、帰らなくちゃいけないというか……」
「……一緒に……連合軍に行こうよ」
「……は?」
「お、お兄ちゃん強いし……一緒に……いっ、しょに……」
「いや、それ絶対無理!」
やばい、エスピが泣きそうになりながら俺の服の裾を指で摘まんできた。
いや、そんな勧誘されたって、連合軍に俺が行けるわけねーだろうが。
もう色んな意味で。
「……じゃあ……私が一緒にいく……」
「……はぁ?」
「私、任務失敗したし……もう帰りたくない……」
いやいやいやいや、それはもっとダメだろ。
『ぬ、ぬぅ……』
トレイナも流石に頭を抱えている。
ってか、俺は未来に帰るんだって。
「わ、私、任務失敗しちゃったけど、でも頑張って役に立つから……もっと強くなるし……」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「言うこときくから、もっともっとイイ子になるから……だから……いっしょにつれてってよぉ……」
まさか、ここ最近で二度目の展開。
幼女にここまでお願いされるとは……アマエでもうこういうのは……
「エスピ、あのな―――」
でも、さすがにこれはダメだ。
エスピは七勇者の一人として、今後の大戦でも活躍する英雄。
ここで居なくなると、歴史にどんな影響があるか分からねえしな。
なんとしても、連合軍の……親父たちの所へ帰さねえと……
『……ん? おい、童! 反対のポケット……時計が入っている方!』
ん? そのとき、トレイナが何かに気付いたようで声を上げた。ポケット? 時計?
言われて俺はポケットの懐中時計を取り出すと……
「ん? な、なんだこれ? 時計が点滅してる?」
「?」
時計の文字盤がチカチカと点滅している。俺は何もしていないのに、こんな反応は見たことない。
まさか、また何か変なことが起こるのか?
ちょっと待て、過去に行ったり、未来に行けたりするアイテムで、何が起こるって――――
―――ピーーーーーーーーーー
「は?」
「……なに?」
急に耳鳴りのような音が時計から鳴って……
【充電シテクダサイ】
「は? ジ、ジューデン?」
「え? 時計が、しゃべったの……?」
【充電シテクダサイ】
『ぬ、ぬう?』
時計が何か意味分からないことを告げた。
だが、それが結局何か分からないまま、時計は同じ言葉を繰り返した後、やがてウンともスンとも言わなくなった。
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