第266話 全部、真勇者の所為にしておけ

 闇夜に紛れて飛んでくる攻撃。

 四方に配置されて、少しずつ包囲網を狭めてくる兵士たち。

 それに……


「ッ、また弓が! くそ……」

『左から……礫だ! 伏せろ』

「うおっ、く、くそ……マジでウザってーな……」


 エスピを庇うように体を動かすが、僅かに反応が遅れた。

 足の腿の皮、頬の皮を掠って薄っすらと血がにじみ出るほどの熱を傷口から感じる。

 

「こっちはあんま見えないってのに、あいつら……こっちの位置がバレバレじゃねえか?」


 敵が明らかに俺の位置を把握したうえで攻撃してくる。それがこの上なく厄介だった。



『相手は歴戦の軍人だ。こういった夜戦も慣れているので、夜目も利く。素人の貴様では、連中からすれば格好の的だ』


「ぬぅ……」


『それに、かなりの数が居るのだが、今は静かで敵の指示も聞こえてこぬだろう? 自分たちの位置を悟らせぬため、弓も打った直後に狙撃手は移動している。本格的に狩りにきている』



 なるほど。まさに、シノブの時と同じだな。

 

『向こうも、先ほどのフットワークで貴様が只者ではないと判断したのだ。無暗に襲い掛かってどさくさに紛れて包囲網を突破されぬよう、徐々に輪を狭めようというところだ』

 

 そう、これが本物の軍人の……戦闘じゃなく、戦争の一つって所か。


『トレイナ。つまりあいつらは、マジカルレーダーみたく俺の位置とか動きとか把握してるってことか?』

『マジカルレーダーほどではない。単純に夜目が利くのと、あとはなによりも経験の積み重ねによる勘だ。それにより、向こうもある程度の感知を身に着けている』

『経験か……それは……』

『その通り。貴様にはその経験が足りない。百戦錬磨の軍人と比べて、実戦経験の数が圧倒的に不足している』


 戦争経験もない俺なんて、奴らからすれば格好の的。

 手玉にするには十分な素人ってことだ。

 そして、実戦経験の不足ばかりはどうしようもない。

 だけど……


『しかし、数は不足していても、濃さで言えば貴様は過去においても未来においてもトップクラスだ。剣聖の息子、シノブ、アカ、トウロウ、ブロ、マチョウ、ヤミディレ、バサラ、パリピ、そして何よりも……貴様が毎日スパーリングしていたのは余だ。そのときの、追い込まれたときの集中力を思い出せ』


 そう。たとえ囲まれていても、慌てず、落ち着き、その上で意識を「入れる」。

 極限の集中。ゾーンの状態に……


『そうだ。その上で、魔呼吸で大気中の魔力を吸い込んでいる感覚……それとは逆に、自身の魔力を少しずつ吐きだし、大気にしみ込ませ……大地を……宙を覆うような……半円球のドームのように……もしくは、花の花粉や蝶の鱗粉を飛ばすかのように……自分がしやすいイメージで構わぬ。魔力を自分の周囲に張るイメージを浮かべろ』

 

 自分の魔力を大気から吸い込むんじゃなく、大気に染み渡らせ、自分と感覚を共有させる。


『魔力量によってレーダーの範囲も制限があるが、その範囲内にある全ての物が大気中にしみ込んだ貴様の魔力を通じて、貴様に教えてくれる……貴様の魔力に触れたり干渉したものの情報を……』


 これは、自分自身の身体を魔力で強化するブレイクスルーや、一か所に全魔力を放出して維持する大魔螺旋とは、また違った技術だ。

 これまで俺自身や、右腕一か所のみに集中させていた魔力を広範囲に広げるってことだから。

 更にはそれを維持する。それにはかなり神経をすり減らす。

 その感覚を、今マスターしろってことだ。

 しかし……


「ッ、うおっ!? いって……くそ……」


 俺がチンタラ集中しているのを向こうだっていつまでも待ってはいない。

 こっちが動きを止めようもんなら、容赦なく四方から飛び道具が襲い掛かる。

 そしてちょっと困ったのは、このマジカルレーダーをやろうとしたら、かなりの神経を使うので、逆に言えば他に意識がいかない。

 レーダーが発動しなければ、俺がただジッと唸っているだけなので、そこにただでさえ見えない闇からの攻撃が来たら、余計に避けられない。

 常に動き回り、集中したうえで発動……これ……これ、かなり難しい!


「ッ!? また、飛んで……ぐっ、……いつまでもくらうか!」


 また矢が飛んできた。

 今度は「多分飛んでくるだろうな」と思って意識を少しそっちに集中させてたから、何とか回避できた。

 しかし、俺の傍らのトレイナは……


『それではダメだ。それはただ、ギリギリ見えるようになった弓矢を、寸前で目で回避しているだけだ』


 俺が恐怖心で、レーダーではなく、単純に見てから回避するということをした。

 それをトレイナも見逃さない。


『恐れるな。貴様はもっと強い攻撃を掻い潜ってきた。多少の怪我を恐れるな』

『分かってるよ……でも、体が勝手に……』

『いつも言っているだろう? 最後に必要なのは……』

『……ハートだ、だろ?』


 俺だって分かっている。しかし、身体が自分の意思とは関係なくそういう動作をしちまう。

 正直、アカさんたちのパンチの方が強いし、そういうものに俺はダメージを恐れずに飛び込んでカウンターしたりした。

 だが、目に見える攻撃は「覚悟」を決めて堪えたが、目に見えない攻撃はどうしても覚悟を決めきれず、身体がこわばっちまう。

 マジカルレーダー習得に集中ばかりしている間に、敵の攻撃が当たったら? 頭に、目に、心臓に当たれば?

 ましてや今は小さいガキを抱きかかえて……


「ねぇ……あなただれなの?」

「あ?」

「……国の人でも……連合軍の人でもない……よね?」


 そのとき、俺に抱きかかえられていたエスピが、小さな手で俺の襟を引っ張って尋ねてきた。


「ああ、そうだけど……悪いけど質問は後にしろ。今、集中するから話しかけるな」

「……あなた一人なら……逃げられると思う……」

「……は?」

「さっき、すごい動きしてた……私を置いていけば……あいつらは私に来るから、その隙に……」


 えっと……このガキは何を言ってるんだ?

 今にも死にそうなガキが、力も抑揚もない声で、俺に何を言った?

 どういう意味だ?

 直訳すると、自分を見捨てて囮にして、俺は逃げろって言いたいのか?


「もう、私はいいの……私はここまで……任務は失敗……そんな私の存在理由が―――」

「だから、身の上話や不貞腐れの愚痴とか、そっちの事情は後にしろって言ってんだよ!」

「ひぅ……」


 ったく、思わず怒鳴っちまったよ。

 怯えさせちまったじゃねえかよ。

 こんなガキに……いや……



「ど……どうして? あなたが私を助ける理由がない。だからいいのに……もう……」


「うるせえ、勝手に決めんな! 俺にお前を見捨てる理由がねーから、いいんだよ!」



 こんなガキだからこそだ!

 俺は声を張り上げずにはいられなかった。



「いいか、テメエがこうなっている理由はなんでだと思う?」


「……え? 私が失敗した……ゴウダに負けて……」


「違う! 勇者ヒイロとマアムの所為だよ! あの二人が仲間のメンタルケアをしてねーから! そう、全部勇者の所為にしとけ! お前が任務失敗した理由? そんなもん、勇者ヒイロが正面から敵をボカーンとぶっ飛ばす力がないのが悪い! そう全部勇者が悪い! そういうことにしておけ! お前がどれだけの命を奪っていたとしても、そもそもお前にそういうことをやらせなきゃいけねーぐらい弱っちい、勇者ヒイロが全部悪い! そう思っとけ!」



 親父ぃ~……母さん~……二人から逃げた俺に、こんな形で……尻拭いさせるような形で関わってきやがって……



『こらこら、童……あまりにも暴論過ぎるぞ? 当時の世界の事情や情勢、背景も色々と複雑で……』


『複雑なことに子供を巻き込むな! 巻き込んだ以上、やっぱりバカ親父が悪い! そう思っときゃいいんだよ! たとえ、これが戦争で、こういうことが当たり前の世界と時代だったとしても、これが正しいことだなんて、俺は思いたくねえんだよ!』


『……ふはは……まったく……』



 事情? 知るか。何でもできるはずの勇者が何でもじゃできねーから、こんなガキがこんな目にあってんだよ。

 でもな、だからこそ……



「でもな、安心しろ。俺は、いずれその勇者を超える偉業を成し遂げる男。つまりだ、勇者ができねーことを俺はあえてやる! だから、テメエを絶対に助けるんだよ! エスピ!」


「……ヒイロを……超える?」



 そして、そう宣言した瞬間、俺の中からある一つのことが消えた。

 マジカルレーダーの習得に集中している間に、魔王軍の攻撃が飛んでくることに対する恐怖心。

 その恐怖心により、最後の最後まで意識を集中しきれず、結果的にレーダーを発動することは出来なかった。

 でも、不思議だ。

 このガキを、絶対に助けると口にした瞬間、恐怖心が消えた。


『……そうだな……貴様が生まれる前の事情など持ち出しても、貴様には迷惑だったな……』


 そうトレイナの苦笑が聞こえたと同時に、俺は気付けば……



「ッ!? ……飛んでくる」



 トレイナの指示を聞くまでもなく、それどころか何も見えていないのに、その場から半歩後ろに下がった。

 その直後、俺の眼前を弓矢が通り過ぎた。

 更に……


「石礫、多数。左から……」


 間髪入れずに魔王軍の兵士、三人だな……俺に向かって石を投げてきたが、それも難なく回避した。

 そう、全てが分かる。

 分かるようになった。

 感知できるようになった。


『ふははは、良くも悪くも……レーダーで捉えられたな。今この瞬間、この場は童、貴様の世界だ!』


 その言葉と共に、俺も自然と口元に笑みが浮かんだ。

 あっ、俺が急に攻撃をアッサリ回避していることに、魔王軍もちょっと驚いている様子。

 徐々に接近していた足を一旦止めてる。

 何する気だ?

 ん? 今度は二十人ほどが足元の石を拾って……なになに? 『合図を送って一斉に投げる』って言ってるのか? 

 さらに、二十人の後ろに、更に二十人が石と矢を持って控えさせている。

 つまり、時間差攻撃もするってわけだ。



『奴らが足を止めようと、既に童のレーダーの索敵範囲内。その範囲内なら、小声の会話すらも感知できる。すなわち……』


「今だ! 一斉投擲ッ!」


「「「「応ッッッ!!!!」」」」



 石は俺が前後左右に避けることも想定して、少しコントロールをバラつかせて投げている。

 拳大ぐらいの石が一斉に……



『これまで、相手の攻撃を見てから回避できていた童だ。事前にどこからどこへ攻撃するかを分かっていれば……もう、誰も貴様を捉えきれまい!』


「マジカルステップッ!」


「ひゃ、わ、あ……え?」


「「「「ッッッ!!??」」」」



 もう、当たる気がしねえ。

 突如として動きが変わった俺にエスピが、そして顔や姿は見えなくても、魔王軍の連中全員が口開けて驚いているのも、今の俺は全部分かるぜ。


『よし。だが、あまり調子に乗るな! この技術の奥深さはこの程度のものではない。貴様が身に着けたのはまだ基礎中の基礎だ! それに、マジカルレーダーは維持し続けるのに、発動以上に神経を削る。貴様ではまだ長時間は無理だ。この数秒で、全てを出し抜け!』


 そして、俺に調子に乗るなと釘を刺し、その上でこの力には「まだ先がある」と示唆しながら、トレイナは俺の背中を押し出した。

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